明愛とあなたとひみつの時間
高梨蒼
自称超能力少女とリラックスのリズム
意識の遠くから声が聞こえる。声の主が少しずつ近づいてくる。
「もしもし。もしもーし……もしもぉし」
背後から声がはっきりと聞こえる。少女が傍に立っている。
「やれやれ。ようやく気付かれましたか。せっかく可愛い私が傍にいるというのに」
「それでなくても、いけませんよ、そんなに画面にばかり集中しては。眼も姿勢も、なかなかに不健全です」
「あぁ、変な意味ではありませんよ? フツーの意味で、健全ではない……という念押しも、フツーじゃなく聞こえますか? なんて」
くすくすと笑うような声色から、真面目な声色に切り替わる。
「それより、あなたです。肩は強張って、腰は曲がって。目も疲れているのに無理やり開けているような状態で」
「この時代、仕事も遊びも勉強も、だいたい画面の中とはいえ……やれやれ、です」
「ほら、一回深呼吸しましょうか? 換気もします。エアコンはかけたままでいいですから、とにかく換気です」
からからと窓を開ける音。風が入り込んでくる。
「はい、深呼吸。すー、はー。すー、はー。もうひとつおまけに、すー……はぁ……」
「どうでしょう。少しは楽になりました?」
「ほら、今度は軽くストレッチですよ。肩を後ろから前に、ぐる、ぐる、ぐる、ぐる。前から後ろへ、ぐる、ぐる、ぐるぐるー」
「今度は、右は後ろから前へ。左は反対に。互い違いにぐる、ぐる、ぐる、ぐる……ふふっ、こんがらがっちゃいますか?」
「はい反対、右を後ろへ、左は前へ、ぐる、ぐる……うんうん、上手です」
「今度は腰を、ぐいっと反らして。後ろに向かって、転ばない程度に、ぐーっと。……おや、変な音でも聞こえましたか? それが嫌なら、これからはもう少し休憩をはさむことですよ」
「次は前です。可愛い可愛い私の方に倒れ込まないように、気を付けて。いち、にぃ、さん……」
「最後は、上に背伸びです。指先をピンと伸ばして、天井を触るみたいに、いち、に……」
カウントを止め、沈黙。それから、照れて緩んだ声色。
「……いえ。その、いざ背伸びされると、体格差があるなぁと、再確認しただけです。えへへ」
「ほっ、ほら。ちゃんと背筋を伸ばしてください。腰を丸めちゃったらもったいないです」
「はい、もう一回。ぐー……っと!」
「……さ、こんなところでいいでしょうか? 窓、閉めますね」
からからと窓を閉める音。かちりと施錠。
ぼふ、と柔らかい音。彼女がベッドに座ったらしい。
「さて、いいですか? そちらも大事なご用事かもしれませんが、あなた自身が健康を損なっては……」
やたらと芝居がかった口調の少女のお叱り。しかし、ぴたりと止まる。
「……はい? 私が、誰か、ですか」
「それに……なんで、部屋にいるのか?」
「あは、ふふっ……あははっ」
ぼふ、と小さな音。笑った拍子に崩れた姿勢を直した音。
真面目だが、厳しさのない優しい声色。
「ふぅ、失礼しました。そうでしたねぇ、名乗っていませんでしたか。ふふっ……あまりにも、あなたがこの状況を受け入れていたので……もう、自分でもとっくに名乗っていたものかと。うっかり、うっかりです」
小さく咳払いして、少女が名乗る。
「改めまして、私は
「あなたのことを、ずっと見ていました。ずっと、ずぅっと……です」
「最初は、見守ることが出来れば十分だったんですが……最近は特に、お身体も、メンタルも、具合がよろしくなさそうなので、つい口を挟んじゃいました」
「突然話しかけたのは、すみません。だけど、あなたも悪いんですよ。あんまり心配、かけないでください。ね?」
「……それでどうやってここにいるか、ですか?」
きょとん、と「なぜそんな当たり前の質問を?」と言わんばかりの聞き返し。それから、そういえばこれも話していなかった、と納得して丁寧に答える。
「実は私、超能力者なんですよ。遠くから見守ったり、部屋に忍び込んだり、基本的なコトはお手の物です」
「あとは……テレパシー、テレキネシス、発火、発電、発破に発光、その他諸々、大体なんでも。超能力者、と言われて連想できることは――ふふ、今あなたが連想したこと、一通りできます。ふふふ」
「ダメですよ? 証明とかって軽々しくお見せするのは、安っぽいです。だめだめ、ひみつ、ひみつです」
「女の子はミステリアスでこそ、です。あんまり女の子に、こうやって無理やり迫っちゃいけませんよ?」
「まま、私の話は置いときましょう。よっこいしょ、っと」
「そんなことより、あなたですよ。さっきも言いましたけど……えぇ、本当に、最近はお疲れさまです」
優しく労わる声色に戻る明愛。どこか悲しそうでもある。
「自覚、してましたか? してませんでしたか? ……どちらにせよ、はたから見ている私には……あんまり、大丈夫には思えませんでした」
「いつもあれこれ気を揉んで、お家に帰ってからは、ずーっとモニター見て。そんなんじゃ、そのうち限界来ちゃいますよ? それは、メ、です」
「お優しいのも、真面目なのも……ふふ、そうやって謙遜されるのも。立派は立派ですけれど。度が過ぎれば、あなた自身に毒なんです。自分を大事に、甘やかしてあげてくださいね」
「というわけで、僭越ながら。まずは私が、お助けに来たという次第です」
「……と、こんな感じで、明愛の自己紹介でしたが……すみません、長かったですか? 途中、少し口喧しくなってしまいましたし……つい、あなたと話せるからと舞い上がってしまいました」
「えと……いかが、でしたか?」
おずおずと『あなた』の返答を伺う明愛。緊張に耐え切れず、小さくボケを挟む。
「……どきどき、ちらちら……」
『あなた』の肯定的な返事に、安堵した明愛の口調がまた和らぐ。
「……ふふ。ありがとうございます。えぇ、今回だけ、お邪魔させていただきます、ね」
「では、明愛ちゃんぷれぜんつ、あなたを癒したいむ、です。ぱちぱち~」
ちょっとした拍手。
芝居がかった導入を止め、真剣で優しい口調で『あなた』に案内をする明愛。
「っと……さて。とりあえず、楽な姿勢になりましょうか。座ったままにしますか? ベッド、空けましょうか? クッションとか枕とか、使います?」
「えぇ、ではそのように……そうしたら、次は目を閉じて……眩しいですか? 明かり、消しましょうか?」
※『あなた』が座っていても寝ていても、部屋の明かりを点けても消しても対応できるように、「どちらにしたか」は明言しません。
「では、深呼吸です。もう一度、今度はさっきよりもゆっくり大きく吸ってみましょうか。吸って、吸ってー……吐いて、吐いてー……。いーち、にー、……さーん、しー……」
「……身体の力を抜いて。先っぽから、少しずつ、力を抜いていきましょう。手足の指先から、力を抜いて……足先は、投げ出して……掌は開いてしまって……」
「ゆっくり、ゆっくり……力を抜いて……だらーん、です。ここには私しかいませんから……大丈夫、大丈夫ですよー……」
「緊張することもない、取り繕うこともない。だらーん、だらーん……」
「……吸って、吸って、吐いて、吐いてー……。いーち、にーい、さーん、しー……」
「ふふ。肩の力も抜けてきましたか? 首の力も、口元の力も、抜いちゃっていいんですよー……身体はそのまま、投げ出しちゃって……ゆら、ゆら……」
「もっと深く呼吸、してみましょうか。……深ーく、吸って、吸って、吸って……ゆっくり、吐いて、吐いて、吐いてー……」
小さく手拍子の音。遅い8拍を1セットに、2セット。
「うん、上手です。……ひとは集中しちゃうと、たまに息を止めちゃいますからねー……いけませんよ、ほんと」
「だんだん、身体も楽になってきましたか? 身体の輪郭が、段々ぼやけていく……椅子に座ってるのか、ベッドに寝ているのか、私のパワーで浮いてるのか、わからないくらい……」
「ゆっくり、ゆっくりあなたは宙に浮く。息をするたび、溶けていく……」
小さく手拍子の音。遅い8拍を1セットに、1セット。
「気分、いかがですか? 楽になってるといいんですけど。気持ちよくなったら、そのまま寝ちゃってもいいですからねー……後始末は、私、しておきますし」
少しの沈黙。その後、若干気まずそうに、明愛の弁明が始まる。
「……もしかして『超能力者なら今の気分くらいわかるだろ』とか思いました? ……思ってませんか?」
「さっきも言いましたけど、あんまり濫用するもんじゃないんです。テレポートも、テレキネシスも。まして、人の心を覗き込むなんて、ねぇ?」
「こんな強い力は、よっぽどのことじゃないと使っちゃいけません。そう思いませんか? そう思うでしょ?」
後ろめたそうな口調から、また真剣で優しい口調に変わる。少し『あなた』の耳元へ近づき、優しく囁く形。明愛の本心の言葉であることがわかる。
「……あなたを見守ったり、お部屋にお邪魔したりは……ええ、よっぽどのこと、です。あなたが大事、なので」
「私がお邪魔するのは、今日だけですが。というか、お会いするのも今回だけかもしれませんが……」
「……あなたを大事に思っている人がいる……少なくとも私がいることは、忘れないでくださいね」
「ふふ。『自分のため』を忘れるあなたには、『私がいる』が一番効くんじゃないですか?」
「……私がいます。私が見守っています。私が心配しています。私が助けに来ます。だから、自分を大事にしてくださいね?」
「なぜ、私がここまでするのか……? ……まぁ、それはいいじゃないですか。些細なことですよ」
「さ、細かいことは置いといて……ゆら、ゆら、ゆら、ゆら……緊張も、疑問も、不安も、疲労も、溶けていく、抜けていく……」
小さく手拍子の音。遅い8拍を1セットに、1セット。
囁き声がまた少し小さくなる。
「このテンポだけ、覚えてください。私がいたこと、あなたを大切に思う誰かがいることと、このテンポ。おやすみの時間をちゃんと取って、体と心を大切に……」
「大丈夫、大丈夫ですからねー……ゆっくり、休んでくださいね。私、いつもそばにいますからね……」
小さく手拍子の音。遅い8拍を1セットにした手拍子と明愛の呼吸音が続き、フェードアウト。
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