第14話 ついに始まった体育祭!


「急きょ生徒会に入ってくれてありがとう。本当に助かった。お礼と言ってはなんだが、これを」

「え……おかし調理部への入部届!しかも二枚!?」


お昼休み。遊馬先輩に言われた通り、生徒会室へやってきた私と葵くん。「会議お疲れ様です」と挨拶した後、淀橋先輩から驚きの物を渡された。


「葵くんから、君が困っていると聞いてな。僕は甘い物が好きなんだ。もう一人、フユ校の知り合いも入部したいと言っていてな。君に渡してほしいと頼まれた。

これから受験勉強が本格的に始まるから毎週は難しいかもしれないが、時間がある時に顔を出そう」

「淀橋先輩、ありがとうございます!受験勉強が大変な時は言ってください、お菓子を作ってお届けします!ちなみに、どんなおかしが好きですか?」


リサーチを始めると、いつも仏頂面の淀橋先輩が「ふっ」と笑った。先輩って、こんなに優しく笑うんだなぁ。だけど先輩の表情筋が働いたのは、わずか三秒。いつもの顔に戻り、端の机で寝ている葵くんを見た。


「四条はずっと寝てるな」

「あ~……」


お昼休みに入る前。葵くんに「無理しなくてもいいよ?」と言ったけど、葵くんは引かなかった。最初は頑張って起きてたんだけど……睡魔に勝てなかったみたい。そりゃ疲れるよね。作文を書いたり、部活で追加メニュー出されたりしてるんだもん。


「葵くん、大丈夫かなぁ」

「葵クンって体力あるのが取り柄だから、心配しなくても大丈夫だよ。それよりひなちゃん~。いつになったら俺を名前で呼んでくれるの?」



私にジュースを渡しながら、遊馬先輩が尋ねる。あまりに寂しそうな顔だったから、試しに「七海先輩」と呼んでみた。


「うん!なに?ひなちゃん!」

(すっごく嬉しそうな顔!)


アイドルのように、先輩の周りにキラキラしたものが浮かんでいる。オーラがすごい!七海先輩が女子に人気な理由が、やっと分かった気がする。


(でも葵くんも、モテるんだよね……)


うつ伏せで寝る葵くん。大きい体を丸めて、気持ちよさそうに寝息を立てている。だけど時計を見ると、そろそろ予鈴が鳴る時間。かわいそうだけど、起こすしかないよね。上下する広い背中に、ゆっくり手を添えた。


「葵くん、起きて?」

「スー」

「ねぇ葵くん、葵くんってばー!」


起きないと遅刻しちゃうよ!?焦っていると、七海先輩が笑いながら葵くんに近づく。


「ひなちゃんに起こしてもらえるなんて羨ましい~」

「冗談言ってないで、七海先輩も手伝って……って、何を持っているんですか?」

「ふふ、内緒~」


スヤスヤ寝る葵くんの口へ、何かを持って行く七海先輩。その正体が「ワサビ味のせんべい」だと知ったのは、葵くんが涙目で飛び起きた後のことだった。




その日の放課後。教室に残った私は、ファイルの中にある入部届の数を数えていた。


「私、翼くん、葵くん、アキラちゃん、淀橋先輩、淀橋先輩と知り合いのフユ校の人……計六人。あと四人、足りないよ」


残り時間は今日と明日。十人集まらなければ、おかし調理部は作れない。間に合うのかな……。


「ん?」


よく見ると、入部届が重なっている。指を滑らせると、なんと二枚の入部届が、ファイルの中に新たに入っていた。


「えぇ!?二枚!?」


淀橋先輩の時といい、そんなラッキーなことがあっていいの!?興奮で震える手をおさえ、入部届を見る。すると名前の欄に、遊馬七海・氷上紫温と書かれてあった。先輩たち、いつの間に!すると七海先輩の入部届に、私宛と思われるふせんが貼られている。


【俺と紫温くんも入ろうって、前から話していたんだ。寮の皆でおかし作るの、楽しそうだもん!っていうことで、これからよろしくね。ひなちゃん!】


「七海先輩……」


生徒会で忙しいのに、入ってくれるんだ。ううん、先輩たちだけじゃない。翼くんだって、葵くんだって、やるべきことがあるのにおかし調理部へ入ってくれた。


「やっぱり私……何がなんでも、おかし調理部を作りたい」


弱音を吐いてる暇はない。こんなに私を応援してくれる皆に、精一杯応えたい。残り時間は少ないけど、絶対あきらめない!

――ギュ

胸の前で、拳を握る。同時に「あの」と、小さな声が聞こえた。周りを見ても、誰もいない。空耳かな?と思っていると、



「あの、おかし調理部の事ですが……」

「わぁビックリした!真後ろにいたんだね、気づかなかった!」


私が座る椅子の後ろに立つ女の子。ボブの髪に、メガネ姿の、大人しい印象の子だ。


「1年2組の東(あずま)ことりと言います。

私も、お菓子を作るのが好きなんです。でもナツ校にもフユ校にも部活がなく困っていて……。そんな時、掲示板に貼ってあるポスターを見ました。私も入部していいですか?」

「ありがとう、嬉しい!」


ことりちゃんから入部届を渡された時、緊張で手が震えた。だって残りは、あと一人。あと一人入部してくれたら、お菓子調理部が作れる!


「ことりちゃんって呼んでいい?私のこともひなるって呼んでね!あと同級生だし、タメ語で話そう!」

「はい……じゃなくて。わかった、ひなるちゃん」


恥ずかしそうにメガネをかけ直すことりちゃん。お友達が出来ちゃった、嬉しいな!


「ねぇねぇ、ことりちゃん!他におかし作りが好きな人しらない?」

「私の兄も、おかし作り好きだよ?でも最近は生徒会にも顔を出していなくて……あ。私の兄、ナツ校の生徒会長をしてるの」

「え!?」


絶賛ボイコット中の生徒会長が、まさかのおかし好きなんて!思わぬところで生徒会長の話を聞き、衝撃が走る。そんな私をよそに「そういえば」と。ことりちゃんは私の隣で、何やら書き始めた。



「兄に代わって、ひなるちゃんが合同会議にでてくれたんだよね?兄が感謝してた。だから……これどうぞ」

「これは!」


見ると、新たな入部届。名前の欄に「東(あずま)とおる」と書かれている。この人が遊馬先輩を困らせている生徒会長。三年生ってことは、淀橋先輩や紫温先輩と同じだ。


「でも勝手に入部届を出したら、お兄さんビックリしないかな?」

「じゃあメールで聞いてみるね。ちょっと待ってて」


言うやいなや、ことりちゃんはスマホを操作した。シュポッと音がした数秒後、メールの受信音が聞こえる。


「兄からOKの確認がとれたよ。むしろ〝ひなるさんの頼みならぜひ入部させてほしい〟って言ってる」

(なんで!?)


混乱する私をよそに、ことりちゃんは深々お辞儀をした。


「ということで。兄妹そろってよろしくお願いします、ひなるちゃん」

「よ、よろしくお願いします……?」


急に十人の部員がそろい、放心状態。だけどことりちゃんはシッカリしていて「さっそく職員室に行こう」と。おかし調理部誕生の瞬間を見届けるようと、瞳を輝かせていた。

善は急げというし、二人で職員室を目指す。その道すがら、ことりちゃんは全員分の入部届を眺めた。


「にしても、すごいメンツだね。……妄想がはがどりそう」

「妄想?」

「私、恋愛小説を書いてるの。それで日々ネタを……って、言っちゃった。な、内緒にしてね」


頬を赤くし、照れることりちゃん。かわいいなぁと思っていると、なぜかことりちゃんからお礼を言われる。



「ひなるちゃんが部活を作ってくれて良かった。私は〝部活を作る勇気〟がなかったから。おかし部が無いなら無いで、仕方ないって諦めてたと思う。だから……頑張ってくれてありがとう」

「ことりちゃん……そう言ってくれて嬉しい。でも、私一人の力じゃないの。皆に励まされて、やっとここまで来れたんだ」


入部届けを書いてくれた皆を思い出す。この一週間で、たくさんの人から、たくさんの優しさをもらった。まだ入学して間もないけど、この学校に入学できて本当に良かった。


「あ、ひなるちゃん。職員室に着いたよ」

「よし、行こっか!」


ガラッ


そして部活設立申請から、六日後。

念願の「おかし調理部」が誕生した――



おかし調理部が誕生して、みんな喜んでくれた。私も舞い上がって「記念すべき初回はいつにしようかな〜」ってウキウキしていたけど……。

二週間後に体育祭が迫っていたことを、すっかり忘れていた。


体育祭の準備に追われ、部活どころではなくなった。初めての体育祭に、右も左も分からなくなってきた時。二週間は光の速さで過ぎ、さっそく当日がやってきた。


そう。ついに今日は、体育祭!

見事な晴天の中、二校の生徒が切磋琢磨する声が運動場に響き渡る。その中で一際大きな声が響いたのは……



「そろそろチーム対抗リレーよ!」

「各チームのアンカー見た⁉」

「むしろソコしか見てないわ!」


女子が鼻息荒く話すのは、最終種目にあるチーム対抗リレーのこと。各チームのアンカーはこの通り。


【赤チーム】葵くん

【青チーム】翼くん

【黄チーム】七海先輩

【紫チーム】紫温先輩


アンカーが全員イケメンなため、女子は大興奮!「目が足りない!」と叫ぶ声が、そこかしこで響いている。


「で、ひなるは誰を応援するの?」


応援テントでお茶を飲んでいると、百メートル走を終えたアキラちゃんが帰って来た。結果は、見事一位。まぶしい金メダルを、堂々と首にかけている。


「一位おめでとう、アキラちゃん!」

「ありがとうー」


アキラちゃんの水筒を渡し、二人並んで応援テントに座る。


「応援したいのは全員!なんだけど、やっぱり葵くんかな。同じチームだしね」

「同じチームってだけが理由?」

(う……)


痛いところを突かれ、思わず黙る。この前から、気づけば葵くんを目で追うようになっちゃって……たまに視線があったら嬉しくなるし、話しが出来たら幸せな気持ちになる。



「私ね、最近ずっとソワソワしてるの」

「うん。見てれば分かる」

「え、分かっちゃう!?」


私って、そんなに分かりやすかったんだ!気をつけないと……!

赤面した顔を隠す、その指の間から。現在、障害物競走に出ている葵くんを見る。一位を独走する姿に、より胸が騒がしくなった。

だけど、開会式以降テントに戻れないほど、たくさんの種目に出ている葵くん。ここ数日は、部活にプラスして、体育祭の練習にも積極的に参加していた。


「葵くん、倒れないといいけど……」

「あの葵が、そんな事でやられるかよ」


アキラちゃんにしては低い声……って、


「翼くん⁉」


振り向くと、体操服姿の翼くん。青いハチマキを大きな輪っかにし、だらんと首にかけていた。


「この人が白石翼くん⁉めっちゃイケメン……!」


私の隣で興奮するアキラちゃんを、翼くんに紹介する。すると、いつもとは違う丁寧な口調が返ってきた。


「いつもひなるが世話になってます。ひなる、初日はあんなに緊張してたけど友達できたのか。良かったな」

「うん!」


へへと笑うと、翼くんが私の頭をポンと叩く。


「水、ちゃんと飲めよ。今日は暑いぞ」

「うん、翼くんもね!リレーがんばろうね!」

「お、おう!」


去って行く翼くんに、アキラちゃんは「ツンデレやば」と息を荒くした。もう一度お茶を飲むよう勧めた時、「本部」の腕章をつけた人が、背後にぬっと現れた。



「こんにちは、ひなるちゃん」

「あ、紫温先輩!」

「この人が氷上先輩⁉めっちゃイケメン……!」


お茶を飲むどころじゃなくなったのか、アキラちゃんは水筒そっちのけで紫温先輩を見た。紫のハチマキを、キチッと頭に巻いている。手にはバインダーを持っていて、なんだか忙しそう。


「本部って大変そうですね。何か手伝えることありますか?」

「とんでもない。初めての体育祭、いっぱい楽しんでね」


頭をポンポンとなでられる。と同時に、遠くから賑やかな声が近づいて来た。見ると、すごい数の女子に囲まれた七海先輩。目があったから話し掛けようと思ったけど、周りの女子に阻まれ断念。お話し出来なかったな……。遠ざかる七海先輩が、申し訳なさそうに私に両手を合わせた 。


「七海先輩、大変ですね」

「今までプレイボーイだったからね。本命が出来たって言っても、信じてもらえないみたいだよ」

「本命?」


聞くと、紫温先輩は少しだけ焦った表情を浮かべる。


「そろそろ本部に戻らなきゃ。じゃあねひなるちゃん、お友達も」

「「はいッ」」


立て続けに三人を見たアキラちゃんは、空気が抜けた風船みたく地面に座り込む。


「むり、顔面偏差値高すぎ。むり」

「アキラちゃん、しっかり……!」



すると競技が終わって、やっとテントに戻って来た葵くん。暑さもあってか、まるで熱が出たみたいに顔が真っ赤。急いで冷やさないと!


「これ葵くんの水筒、しっかり飲んでね!あと首の後ろに、氷のう置いてもいいかな?」

「……お願いしていい?」


にこりと笑った顔に、元気がない。いつもの葵くんじゃない、やっぱり疲れてるんだ。


「これスプレーなんだけど、冷たい霧が出るの。まずは背中にかけるね」

「ねぇ。俺って、そんなに重病人なの?」


クスクス笑う葵くんに、思わずドキッ。顔が赤いからか、いつもと違う雰囲気に見える……ってダメダメ。葵くんがしんどい時に、何を考えてるの!


「チーム対抗リレーできそう?」

「大丈夫、走れるよ。っていうか……

あのメンバーで、真剣勝負がしたいんだ」


葵くんの顔から笑顔が消え、真剣な表情が浮かぶ。あのメンバーって、寮の皆だよね?

すると葵くんが「ひなる」と。私の手の上に、自分の手を重ねた。


「俺を応援してくれる?っていうか……

ひなるには、俺だけを応援してもらいたい」

「……っ、お、応援してる。がんばってね、葵くん」


すると葵くんは安心したように「よかった」と笑った。すごく嬉しそうな顔に釘付けになっていると、チーム対抗リレーのアナウンスがかかる。



「行かなきゃ。ひなるのおかげで元気でた、ありがとう」

「うん、いってらっしゃい!」


手を挙げて、集合場所へ向かう葵くん。すごくカッコよく見えるのは、今日が体育祭だからかな。いつもカッコいいんだけど、今日はいつにも増して……。

ポーッと葵くんの後ろ姿を見つめていると、たくさんの視線がささっていることに気づく。アキラちゃんを初めとする、クラスの女子たちだ。


(人気者の葵くんを独占しちゃったから、みんな怒ってるよね⁉)


皆ごめんね――と謝る直前。なぜかテントの中から拍手が起こる。筆頭はアキラちゃんで「これがアオハル」と涙ぐんでいた。女子達も同じく「尊い」と手を合わせている。


「アキラちゃん、これは……」

「二人の仲は引き裂けないって、みんな分かったのよ。認めてもらえてよかったね」

「えぇ?」


不思議に思っていると、響き渡る女子の歓声。見ると、アンカーの四人がほぼ同時にバトンパスされていた。葵くん、翼くん、七海先輩、紫温先輩。みんな真剣な表情。


「ひなる、ここで一位になったチームが優勝だからね!」

「うん……!」


奇跡的に、四チームのスコアは同点。そしてバトンパスされた順番も、ほぼ横並び。


「いけー!!」

「抜かせー!」


みんな一斉に声を出し、各テントから応援が飛び交っている。各チームの応援団、吹奏楽、そして大太鼓の登場により、運動場の熱は一気に上がった。


「ひなる!誰が勝ってもおかしくないよ!」

「うん!」


拮抗が崩れたのは、カーブを曲がった時。先輩たちが前に出て、一年生組との差を開いていく。体が大きい分、手足が長い!七海先輩も紫温先輩も、いつ練習したんだろうっていうくらいキレイなフォーム!



「こんの……、待て!」


やすやすと負ける気はない翼くんが、怒号を飛ばす。全力ダッシュしているのに、どこから声が出るんだろう。でも自分の声で気合が入ったのか、翼くんはグングン速度を上げ、光の速さで一位におどり出た。瞬間、青チームのテントから拍手が沸き起こる。反対に、赤チームのテントは皆の手が止まりつつあった。


「ありゃ〜四条くん最下位だよ」

「葵くん……」


あまり差は開いてないものの、残り半周。このままだと負けちゃう?――そんな心配が頭をめぐる。でも葵くんは朝から競技に出ずっぱりで、毎日部活も頑張ってるし、お疲れ気味。だから例え負けても、それは仕方のないこと。


(……でも)


『あのメンバーで、真剣勝負したいんだ』

『俺を応援してくれる?』


葵くんは、応援してほしいって言った。私に応援してもらいたいって。今、葵くんは必死に走ってる。戦ってる。それなのに、私が応援しないでどうするの!


「葵くんー!!がんばって、一位になってー!!」

「!」


葵くんが、こっちを見た。だから私はとびきりの笑顔で、もう一度「がんばって!」とエールを送る。すると葵くんは地面を蹴る足に力を入れ、どんどん加速し、ついに先頭集団に追いついた。



「葵く-ん!」

「四条ー、がんばれー!」

「赤チーム優勝するぞー!!」


葵くんの頑張りにより、静かだったテントは、再び盛り上がりを見せる。たくさんの声が、葵くんの背中を後押しする。その期待に応えるよう、葵くんは速度を上げ、紫温先輩と七海先輩を抜いた。そしてついに一位の翼くんと並ぶ!ゴールまで、あと数メートル!


「がんばれ、がんばれ葵くん……っ」


『ひなるには、俺だけを応援してもらいたい』


「葵くん!がんばれー!!」


――パァン

一位を知らせるピストルが、青い空にこだまする。全てのチームが、息を呑んで走者の行方を見守った。

実行委員により、一位の旗が手渡される。

受け取ったのは、葵くんだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る