第13話 本気を出し始めたイケメンたち


二校の合同会議が終わり、やっとホッとしたのもつかの間。


「ひなる!今日、学校まで、その……」

「翼くん、おはよう。一緒に学校行く?」

「お、おう!」


前は「どうせ校門までだろ」と言っていた翼くんが、一緒に登校しようと誘ってくれたり。


「ひなるちゃん、朝ごはんにフレンチトースト作ったんだけど食べる?」

「わぁ、いただきます!でも紫温先輩の分がありませんよ?」

「かなり失敗しちゃって……その一枚が、唯一おいしく出来たんだ。良ければ、ひなるちゃんに食べてほしいな」


いつも穏やかな紫温先輩が、たまに焦ったり照れたりして。


「ひなちゃん!今日の昼休み、会議お疲れパーティしよう!」

「遊馬先輩、近いです!それにパーティーなんて。淀橋先輩が許さないですよ」

「生徒会の皆がボイコットをやめて、今日から復帰してくれるんだって!だから淀橋くんも機嫌がいいんだ。ってわけで昼休み、生徒会室で待ってるね~!」


前から軽いスキンシップがあったものの、最近は一段と遊馬先輩との(物理的な)距離が近くなったり。


「俺も昼休み行く。七海さんとひなるだけじゃ心配だし」

「でも葵くん、パーティするだけだよ?」

「ダメ。俺と二人でいくこと。いいね?」

(最近は毎日お昼休み寝てるのに、大丈夫かな?)


もともと優しかった葵くんが、前よりもっと優しくなったり。いっそ優しいを通り越して、過保護だったり。

そんな皆の変化にソワソワしちゃって、なんだか寮で落ち着かない日々。体育祭の話を振ると、皆そろって対抗心をむき出しにしてるし。



(私がいない間に、何かあったのかな)


不思議に思いながら、身支度を済ませ玄関に行く。そこには既に、翼くんが立っていた。


「ごめん翼くん、待たせちゃった」

「全然。それより荷物かせよ、持つ」

「鞄くらい自分で持つよ~」


だけど私の手から離れ、鞄は翼くんの手の中へ。不思議に思って首をかしげると、私を見た翼くんは、なぜか耳を赤くそめた。


「も、持っててやるから、今の内に靴はけって」

「そういう事だったんだね、ありがとうっ」

「べ、別に!」


だけど靴をはき終わり、通学路を歩いてる時も。翼くんは、私に鞄を渡さなかった。周りから見ると、イケメンの翼くんに一般人の私が荷物を持たせているという、ビックリな図になっている。


「翼くん、そんなにナツ校のカバンが気に入ったの?」

「ちげーよ!俺はただ」


翼くんは、目の前に建つナツ校をあおぎ見る。


「ただ……俺もナツ校のカバンを持って、お前と一緒の教室に入りてぇなって思っただけだ。葵みたいにな」

「翼くん、」

「フッ、なんてな。じゃーな」


私のオデコを軽く叩いた後。やっと鞄を返した翼くんは、フユ校の門をくぐった。いつものように女子に囲まれる翼くんに、さっきまでの笑顔はない。私が覚えている限り、さっきの翼くんの笑顔は……今までで、一番優しかった。


「翼くんと私、それに葵くん。三人が同じ教室にいたら、絶対楽しいだろうなぁ」


高校で一緒になれたらいいな――すると後ろから足音が聞こえた。振り向くと、爽やかだけど、ちょっと眠そうな葵くんの姿。



「葵くん、今日は朝練じゃないの?」

「朝練の代わりに、顧問に課題を提出してくる」

「課題?」


すると葵くんは、「はぁ」と深いため息をついた。


「〝今どれほどサッカーが好きか作文にして来い〟って言われてさ。どうやら顧問は、俺がサッカーに飽きたから生徒会に入ったって思ったみたい。期間限定のヘルプだって、何回も言ったのに」

「大変だね……それで今も眠そうなの?」

「それもだけど、勝手に生徒会に入ったペナルティとして、俺だけキツイ練習メニューを組まされてるんだ」

「え!」


それで葵くん、最近いつも眠そうなんだ。朝起きても授業中も、帰って来てからも、隙あらば寝てるもん!


「ごめんね!葵くんに頼った私の責任だよ!」

「俺がひなるの力になりたくてした事だから、謝らないで。それに俺も顧問からの無茶ブリに〝受けて立つ〟って姿勢だし。顧問と俺の、我慢比べみたいなもんだよ」

「しんどくないの?」

「全然」


ニッと口角を上げた葵くんの笑顔は、すごく爽やかでカッコイイ。だからか葵くんと教室を目指す間中、女子からの視線が絶えなかった。翼くんの時もそうだったけど、二人はイケメンで目立つから、隣にいずらいよ……。

すると私がだんだん遅れてることに気付いた葵くん。「ひなる」と、私の手を掴んだ。


「わ、わぁ!」

「おっと」


思った以上の力強さに、足がふらつく。葵くんは、そんな私をしっかり抱き留めた。

――ギュッ



「あ、あああ、葵くん⁉これは皆に誤解されちゃうから、一秒でも早く離れないとマズイよ⁉」

「……むぅ」


必死な顔の私を見て、葵くんはしぶしぶ私を離す。そして何事もなかったように、すたこらさっさと歩きだした。すごいマイペース!

だけど、一部始終を見ていた女子の悲鳴は続く。


「ちょっと!あなた葵くんの、」

「すみません、誤解なので!」


広まりそうになった誤解を、ペコペコ謝りながら解いていく。小走りで葵くんへ追いつくと、彼の顔はどんより曇っていた。


「そんな必死に否定しなくてもいいのに……」

「でも、女子から誤解されたままだとマズイからさ」

「俺は平気だけど?」

「え?」


予想しない言葉に、思わず足が止まる。廊下は生徒で賑わっているのに、耳に入ってくるのは葵くんの声だけ。葵くんの、真っすぐな声だけ。


「俺はひなると噂されてもいいよ。さっき抱きしめたのも半分わざとだし」

「わ、わざと?」

「ひなるは?俺と〝付き合ってる〟って噂になるのは嫌?」

「嫌、っていうか……えっと」


どうして葵くんは、真剣な顔でこんな事を言うんだろう。

まさか葵くん、私のことを――


「……ごめん、困らせた。教室に行こ」


私を数秒見つめ、教室に入った葵くん。だけど、私は足が動かなくて。さっき葵くんから言われた言葉が、頭の中で回り続けている。



私と噂されてもいいって、どういうことなんだろう。まるで私のことを好き、みたいな言い方……。でも以前、葵くんは、


『よく分からないよね。俺、なんか変なんだ』


って言ってたし。私を好きと思ってるわけじゃ、ないみたいだし。


「そっか、好きってわけじゃないんだ」


――ツキン

(あ、まただ……)


葵くんの事を考えると、たまに胸が痛む。これって、もしかして――


「ひーなる!廊下に突っ立ってどうしたの?教室に入ろー」

「アキラちゃん……あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「もちろんっ」


さっきの葵くんの発言といい、私の胸の痛みといい。考えれば考えるほど、頭がパンパンになってきた。だから一時間目の自習の間、アキラちゃんに全部を話し相談している。

全てを聞いたアキラちゃんはというと……今、全力で机に突っ伏している。


「なんでそんな(面白い)ことになってるの!心臓がムズムズしすぎて無理!こっちが照れちゃう!」

「あ、アキラちゃん?」


机から顔を上げて、頬をピンクに染めるアキラちゃん。離れた席にいる葵くんを、興奮気味に見た。


「クールな四条くんが、まさかそこまで積極的だなんて!とんでもないギャップだよ!」

「教えてほしいんだけど、葵くんって何に積極的なの?」

(あんたによ、ひなる!って言えたら、どれだけいいか~!)


奥歯に物が挟まったように、アキラちゃんはモゴモゴ喋るばかり。私には何も教えてくれない。


「アキラちゃん、答えを教えてよ~。私のモヤモヤを晴らしてよ~」


すると半泣きの私に、アキラちゃんは大きな瞳をパチクリとさせた。



「むしろ、ひなるは何に対してモヤモヤしてるわけ?」

「え?」

「寮の人達がいつもと違うのが気になる?それとも、四条くんがひなるの事をどう思ってるのかが気になる?」

「葵くんが、私のことをどう思うか……?」


そっか。葵くんが言った事が気になるって、イコール、葵くんが私の事をどう思ってるか気になるってことなんだ。


「それにひなる自身は、四条くんをどう思ってるの?」

「葵くんを……?」


葵くんは、寮で最初に会った男の子。初めは「冷たそうだし、苦手だな」って思ってた。でも寮の案内をしてくれたり、遊馬先輩に冗談で髪につけられた花を見て「似合ってる」って褒めてくれたり。


「あ、お菓子をたくさん買ってくれたことあったし、部屋で一緒に食べようって言ってくれたこともあったなぁ。あとは生徒会でピンチになった時に助けてくれたり、おかし調理部に入ってくれたり」

「生徒会に入ったって顧問に知られて、ペナルティを課されたんでしょ?」

「うん。でも〝私の力になりたくてした事だから謝らないで〟って。優しいよね、葵くんって」


思い返せば、葵くんには色んな事で助けてもらってる。いつも私が喜ぶことをしてくれてる。私も、何か返したいな。葵くんが喜んでくれることや、嬉しいことを、少しずつでも恩返しできたらいいのに。

すると突然、アキラちゃんから一枚の紙を渡される。それは「入部届」。



「アキラちゃん、あんなに興味なさそうだったのに、おかし調理部に入ってくれるの⁉」

「だって四条くんに、フユ校の白石くんて子も入部してるんでしょ?おかし以外の事でひなるが悩んだ時、そばにいてあげたいからさ。それに、あたしもおかし作るの好きなんだー!みんなで美味しいおかし作って、わいわい賑やかに楽しもうよ!きっとおばあちゃんも見てくれるよ!」

「うん!」


机から、皆の入部届が入ったファイルを取り出す。まるで宝物が一つ増えたみたいに、大事に閉まった。そうこうしていると、一時間目終了のチャイムが鳴る。次は移動教室だから、みんな次々に席を立った。

その人ごみの中に、背筋がピンとのびた葵くんの姿。サッカーをやっているからか、葵くんの姿勢はいつも良い。どれだけ大勢の中にいても、一目で「葵くん」って分かる。

すると急に葵くんがこちらを向いて、目が合った。そして、ふわりと柔らかい表情で笑ってくれる。


(かっこいい……ん?でも)


私が葵くんを見てたって、バレたよね?恥ずかしい……!すると一部始終を見ていたアキラちゃんが、なぜか感心した。


「四条くんさ。皆が行き交ってる中、よく背の低いひなるを見つけたよね」

「え……」


そう、だよね。葵くんは背も高いし、姿勢がイイから見つけやすい。反対に、私はどこにでもいる普通の女の子。葵くんは、どうやって私を見つけたんだろう。


「ねぇアキラちゃん、私って背筋ピンとしてる?」

「むしろ、もう少し伸ばした方がいいかも?」

「だよね……」


じゃあどうして?なんで葵くんは私を?なんて。胸の奥をさわがせる、むずがゆい謎は謎のまま。葵くんが教室を後にする姿を見送って、私とアキラちゃんも移動を始めた。

私の数歩先を行く葵くん。その背筋は、やっぱりピンと伸びていて……。いつも見ているはずなのに、なんだかとっても、キラキラしていた。


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