第9話 内緒の二人きり


「印刷できたー!」


二十部のコピーを終え、コンビニから出る。カラーコピーって高い!もう少し安くならないかなぁ。でもお金が少ない時に限って、期間限定のおかしが見えてしまう……ゴクリ。さっき和菓子をもらったんだから、我慢がまん!


「あれ、ひなる?」

「四条くん!いま帰りなの?」


コンビニの前で、四条くんと出くわした。今日も部活があったのか、肩にスポーツバッグを掛けている。


「こんな時間にどうしたの?」

「ふふ~。これ見て!」


ポスターを見せると、あまりの完成度の高さに四条くんはビックリ。「すごいね」と、拍手つきで褒めてくれた。


「これ翼くんが作ってくれたんだよ!明日さっそく掲示板に貼りだすんだ~」

「あの翼が、ひなるのために?」

「すごいスピードだったよ!タタターって!」

「そう……」


それきり四条くんは口を閉ざした。部活で疲れてるのかな?だったら早く休まなきゃ!


「聞いてくれてありがとう四条くん。帰ろっか」

「……ダメ」


寮がある方角へ、足を向けた瞬間。

私の前に四条くんが立ちふさがり、近い距離で目が合った。恥ずかしくなって視線をそらすと、四条くんの骨ばった首筋や筋肉にたどり着く。改めて見ると、四条くんの体ってスゴク引き締まってるなぁ。


(って、なにジロジロ見てるの私!)

「ひなる、まだ時間ある?」

「え?うん、あるよ!」

「じゃあ……来て」


スルリと手を握られ、再びコンビニの中へ。え、四条くんが私の手を?いったい何が起こっているの⁉



驚く私とは反対に、クールな表情のまま歩く四条くん。彼がピタリと歩みを止めたのは、期間限定のおかしが並んでいる棚。さっき私が、泣く泣く購入を諦めた場所だ。


「どれが食べたい?」

「え?」

「コンビニから出る時、ココに目が釘付けだったから。あんな物欲しそうな顔を見たら、さすがにスルーできないよ」

(どんな顔してたんだろう、恥ずかしい!)


穴があったら入りたいよ……!でも四条くんはクスリと笑うだけで、決して私をからかわなかった。ばかりか、頭をポンポンなでる。


「ひなる、がんばって友達を作っていたし。そのご褒美ってことで」

「見ててくれたんだね、ありがとう四条くん!あ……でも今日ね、氷上先輩からご褒美もらったんだ」

「紫温さん?」


首を傾げる四条くんに、和菓子のことを伝える。すると眉間にシワが寄り、明らかに四条くんの気分が下がっていた。


「また出遅れた……」

「なにに遅れたの?」

「……なんでもない」


今度は、すねた顔。そんな顔だってカッコいいんだから、四条くんって本当にイケメンだ。


「コレと、コレと……」

(ん?)


まるで玉入れの手つきで、おかしをカゴに入れていく四条くん。大量のおかしが投入された後、スムーズに会計を済ませ退店した。

「ありがとうございましたー」の声で、ハッと我に返る。どうやらさっきの光景は夢じゃなかったようで、四条くんの右手は大きなビニール袋を握っている。しかも、それだけじゃなく。驚くことに四条くんの左手は、私の手を握っていた!



「え?えっと、あのさ!」


なんで手を繋いでいるんだろう?とか、手汗がすごくてごめんなさい!とか。色んな気持ちがグルグル回る。だけど沈黙にも耐えられなくて、しどろもどろに話していると、

――ギュッ

繋がった手に、力が込められた。


「落ち着いて、ひなる」

「……っ」


この手を離せば落ち着くって、自分でも分かってる。分かってるハズなのに……なぜか「手を離して」って言えなかった。二人で寮を目指す間、繋いだ手は熱くなっていくばかり。


「コンビニのカゴって、こういう時に必要なんだね。俺、初めて使った」

「初めて?」

「普段はスーパーで買うから」


確かに学生にとって、お金の問題はきってもきれない。少しでも安く済ませたいなら、スーパーに限る。でも、だったらどうして、さっきたくさんのおかしを買ったんだろう。


「俺さ、いつもサッカーしか頭にないんだ。逆にそれ以外に関心がないから、周りが見えてないってよく言われる」

「そうなんだ」


驚きの事実。いつも気が利くから、すごく周りを見る人かと思ってた。真逆なんだ。


「サッカーさえ出来ればいいと思っていたし、サッカー以外の事で人より遅れて行動するのも苦じゃなかった。それでもいいやって思ってたし。

だけど……ひなるは別なんだ」

「私?」


四条くんが、足を止めて私を見る。


「誰にも渡したくないって思う。ひなるの事で、誰かに遅れをとるのは嫌なんだ」

「え……?」



それって、それって……!

ドキドキする心臓を、服の上から押さえる。こうすれば落ち着くかと思ったけど、心拍数は上がるばかり。しかも四条くんの話が止まらないから、更にゆでだこ状態になった。


「翼を呼ぶより先に、俺のことを名前で呼んでほしかった。ご褒美だって、俺が最初にあげたかった……って、ごめん。よく分からないよね。俺、なんか変なんだ。ひなるが〝翼〟って呼ぶのを聞くと、モヤモヤしちゃって」


困ったように、葵くんは自分の首に手を当てた。てっきり告白かと思ったけど……私の勘違い、って事だよね?己惚れちゃって恥ずかしい!


「みんな一緒じゃないとムズムズするよね、ごめんね!これからは四条くんのことも〝葵くん〟って呼んでいい?」

「!もちろん」


顔に刻まれた眉間のシワが、キレイになくなった時。私の心臓が、やっと落ち着いた。いつの間にか繋いだ手も離れていて、ドキドキが遠のいていく。良かった、顔の熱さも引いてきた。


(もし告白だったら、心臓が爆発してたよ。葵くんが私のことを好きなんて、そんなことあるわけないのに。早とちりしちゃった)

――ツキン


まるで小さなトゲが刺さった痛みが、胸をおそう。その正体をつかめないでいると、葵くんが「そう言えば」と。持っている袋を揺らした。


「これ俺の部屋で食べない?皆には内緒で」

「それって……」


部屋の中、葵くんと二人きりってこと⁉さすがにダメな気がする!って思っているのに……あの袋に入ってるのは〝期間限定〟のおかしたち。


「ご一緒させてください!お願いします!」



その後――

帰宅し寮へ入ると、遊馬先輩がリビングでスマホをいじっていた。


「葵の大きい荷物なに~?」

「……内緒」


クールな葵くんが「実はこの後おかしパーティする」って言ったら、遊馬先輩はどんな反応するんだろう。ちょっと見てみたいかも。


「にしても、二人で帰ってくるなんて怪しいなぁ。もしかして……おっと電話だ」


その場で通話を始めた先輩。だけど長ーいため息をついて、自室に戻った。私と葵くんは、廊下を歩きながら小声で話す。


「ひなる、俺の部屋に集合ね」

「うん」


荷物を置くため、自室に入る前に。翼くんにお礼が言いたくて、隣のドアをノックした。少し遅れて出て来た翼くんの顔に、メガネが乗っている。しまった、お仕事中だったかな。


「邪魔してごめんね。どうしてもお礼が言いたくて」

「別に邪魔じゃねーよ。印刷できて良かったな。あとこれ、リビングに転がってたぞ」


渡されたのは、部活動登録申請書。印刷することに必死で、片付けもせず出ちゃったんだ。


「拾ってくれてありがとう!」

「別に。じゃあな」

(……ん?)


渡された申請書を見ると、今までなかった文字を見つける。まさか、これって!

――バタンッ


「な、お前!ノックしろってあれほど、」

「そんな事より翼くん!これ、これ!!」


私が指さすのは〝部員名簿欄〟。「千里ひなる」の下に、新たな名前が書き加えられていた。



「白石翼って書いてある!翼くん、部員になってくれるの⁉」

「な、大きい声で言うんじゃねぇ!皆に聞こえるだろうが!」

「ご、ごめんッ。でも、どうして?」


視線を逸らしながら、翼くんは私に、新たな紙を渡す。それは翼くんが記入した、おかし調理部への入部届だった。


「えぇ!?」

「ポスター作りがアレじゃ、おかし作りも俺の手助けがいるんじゃねーかなって思っただけだ。つっても俺は初心者だからな!期待するなよ!?」


幽霊部員じゃなくて、本当にお菓子を作ってくれる気なんだ。2人目の部員が翼くんだなんて嬉しい!


「これからよろしくね、翼くん!」

「……おぅ。フユ校の掲示板にもポスター張っとくぞ」

「ありがとう!じゃあ印刷したポスター渡すね」

「真面目か。こっちでやるから気にすんな」


そしてドアは閉められた。つまり翼くんは、自分のプリンタを使って、ポスターを印刷してくれるって事だよね?インク代だってかかるのに……。


「ありがとう翼くん」


扉の前でお礼を言った後、自分の部屋に戻る。

これから葵くんのお部屋に行くわけだけど、制服のままでいいよね?わざわざ着替えるのも変だし。

――コンコン

ドアを開けたのは〝静かに〟のポーズをした葵くん。そっか「お邪魔します」なんて言ったら、皆にバレちゃうもんね。そぉっと中へ入る。



「部屋の中なら小声で話せるかな……ひなる?」

「あ、ごめん。つい」


ジロジロ見るのはよくないって分かってるんだけど、男子の部屋に入ったことないから新鮮。葵くんの部屋はグレーが多くて、なんだか落ち着く。


「葵くんの部屋って感じだなぁ」

「そうかな」


葵くんはいくつかおかしを開け、取りやすいようお皿に広げた。キッチンから借りたのかな?本当にパーティみたい!

ウキウキする私の前で「そう言えばさ」と。手を動かしながら、葵くんが尋ねる。


「さっき翼と話してた?」

「うん。ポスターのお礼を言っていたの。それに、おかし調理部に入ってくれるって言うから、ついはしゃいじゃった!」

「おかし調理部って、さっきのポスターの?」


ポカンとした顔の葵くん。そういえば、葵くんには部活のことを話してなかった。

おばあちゃんとの思い出を含め、今までの経緯を説明する。その間、葵くんはおかしに手を付けず、真剣に聞いてくれた。


「――というわけで。あと五日の間に、八人の部員が必要なの」

「ポスターは勧誘のためだったんだ。てっきり誰かの手伝いをしてるのかと思った」

「私って、誰かを手伝う人に見える?」

「うん。だって優しいから」

「!」


性懲りもなく、心臓がドキドキする。葵くんの目には、そんな風に私が写ってるんだ……嬉しいな。

照れ隠しでおかしを口に入れると、想像以上のおいしさに、つい顔がほころぶ。その後も夢中になって食べていたから「また翼に先をこされちゃったな」と言った葵くんの声は、私に届かなかった。



「葵くん、これ食べてみて。美味しいよッ」

「あ、本当。好きかも」


教室で見ない、リラックスした表情。初めて見る葵くんの顔だ。


(もっともっと、色んな顔を見てみたいな)


だけど平和な時間は、迫り来る足音によって終わりを告げる。

――ダダダ!


「まずい、ひなる隠れて」

「う、うん!」


私を布団に入れた後、ベッドに腰かける葵くん。その瞬間に扉は開かれ、息を切らせた遊馬先輩が立っていた。


「ひなちゃんは!?」

「知らない」

「ひなちゃーん!!どこー!?」


早、もう出て行ったよ!呆然としていると、布団をめくった葵くんが「もう大丈夫」と。私に筋肉質な手を伸ばす。


「遊馬先輩、何の用だったんだろう」

「ひなるを探してるみたいだったから、今のうちに出ていった方がいいかも」

「そうだね……」


パーティは始まったばかりだけど、仕方ないよね。落ち込んでいると、葵くんが頭をなでる。


「そんな顔しないで。またすればいいんだから」

「また、していいの?」

「っていうか、俺がしたい」

「ふふ、私も!」


私たちは内緒の指切りをして、解散した。美味しいおかしを食べられたし、部屋を出る前に葵くんに「おやすみ」って言えたし。すごくぜいたくな時間を過ごした気分。


(秘密のパーティー楽しかったなぁ~……ん!?)

「ぐす、ぐすっ」

「あ、遊馬先輩……?」


私の部屋の前で体育座りをする人物。半泣きの遊馬先輩が「ひなちゃ~ん」と、子犬の目で私を見つめた。

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