第8話 皆で協力⁉ポスター作り


今日も今日とて、四条くんはモテモテだった。


「四条くん~」

「葵くんー!」


昼休み。学食に行こうと席を立った四条くんの後を、何人もの女子が追いかけていく。クールだから表情は読み取れない。だけど……女の子にちやほやされて、嬉しくない男子はいないよね?


「はぁ~」

「どうした、ひなる?」

「ううん……何でもない」

「はは~ん、さては部活のことだな?」


二ッと笑ったアキラちゃんは、パクッとウィンナーを頬張った。

私とアキラちゃんはお弁当派だから、いつも教室で食べる。だけど今日はあまりにも天気が良いから、外で食べようってことになった。中庭にあるベンチは太陽の光を浴び、ポカポカと温かい。


「部員は集まりそう?」

「それが全然なの……」


箸でつまんだ卵焼きを、お弁当箱へ戻す。

昨日もらった申請書に、必要事項は記入できた。だけど部員の欄がガラ空きの状態。


「幽霊部員でいいなら、あたし入部するよ?」

「それは何だか不誠実だし……」


おばあちゃんが大事にしていたおかしを作る部活だから。真面目に、正面から向き合いたい。


「せっかく言ってくれたのに……ごめんね」

「よしよし」


アキラちゃんが、私の頭を撫でてくれる。


「ひなるの頑張り、絶対おばあちゃんが見てくれてるよ」

「ありがとう、アキラちゃん。元気出た!実はね、掲示板に張るポスターの下書きが出来たんだ。じゃーん!」

「お!…………おぉ?」


拍手しかけたアキラちゃんの眉間に、だんだんシワが寄っていく。



「下手なのはおかし作りだけじゃなく、ポスター作りも?」

「う、おっしゃる通りです」


おかしの絵はもちろんのこと。配色から文字の配置まで、何もかも微妙なポスター。


「でもスゴク味のある、良いポスターだよ!さっそく顧問に掲示の許可を……って、そういや顧問は誰に頼むの?」

「顧問は、日野ちゃんがなってくれるみたい。朝のHR後に〝私がやるわね!〟って言ってくれたんだ。日野ちゃん、おかし食べるの大好きなんだって〜」

「日野ちゃんらしいや」


さっき戻した卵焼きを、もう一度つまむ。すると私に覆いかぶさるように、大きな影が現れた。


「卵焼き、美味しそうだね~!」

「わぁ、遊馬先輩!学校で会うのは初めてですね」

「本当~。お友達もこんにちはー。名前はなんて言うの?」


さすが遊馬先輩。さっそくアキラちゃんに話かけてる!でもアキラちゃんが自己紹介したタイミングで、ポスターの下書きが風に飛ばされてしまった。

――パシッ。

幸運にも遊馬先輩が掴んでくれた。だけど……。


「これ……ぷっ、かわいいね。ひなちゃんが作ったの?」

(やっぱり笑われた!)


下手だから笑われると思ったけど……出来ないなりに、一生懸命に作ったんですよ!シュンと落ち込む私を見て、アキラちゃんが遊馬先輩に詰め寄った。



「笑った責任をとって、遊馬先輩がポスターを作るっていうのはどうですか?」

「でも俺って副生徒会長だし、会長の仕事もあるし、忙しいんだよね~。ひなちゃんに協力してあげたいのは山々なんだけど。力になれなくてごめんね!」

「だ、大丈夫ですっ」


先輩が忙しそうなのは、一緒に生活していたら何となく分かる。だって遊馬先輩は、いつも……――ん?思い出そうとしても、寮にいる先輩はスマホを見たり、誰かと電話したり。忙しそうな雰囲気は一切なく、むしろ全力で青春を楽しんでいるように見える。


(遊馬先輩って、実は暇人なのでは?)


すると予鈴を知らせるチャイムが、中庭に響く。「じゃあね」と言った先輩の姿が小さくなった後。急いでお弁当を食べ、教室に戻った。その間ずっと、なぜかアキラちゃんは口を尖らせている。


「アキラちゃん、珍しく怒った顔してどうしたの?」

「遊馬先輩が気に食わないだけー。なんか軽いっていうかさぁ」


確かに。私も出会ってすぐ手を握られたし。遊馬先輩って、プレイボーイなのかな。


「一生懸命作ったひなるのポスターを見て笑うのも、あたしは嫌だな」

「ありがとうアキラちゃん。でも遊馬先輩って、根は悪い人じゃないんだよ」

「なんで知ってるの?」

「だってスーパーで……あ」


スーパーで助けてくれたから――ゴクン。出かかった言葉を、急いで飲み込む。危ない、同居していることは内緒だった!

だけどアキラちゃんは、まるで探偵のように。キラリと目を光らせる。



「さっきの言葉を聞いて思ったんだけどさ」


『遊馬先輩!学校で会うのは初めてですね』


「遊馬先輩とひなる、学校以外で会ったことがあるの?」

「え!?」


アキラちゃん、すごく勘がいい!しかも「絶対に白状してもらう」って雰囲気だし!


「ひ〜な〜る〜?」

(ひぃぃ!)


四条くん、約束守れなくてごめんなさい……!


「じ、実はね」

「うんうん……はあ!?」


私が四人のイケメンと同居していると知り、ビックリしたアキラちゃん。その衝撃はかなりのものだったようで……午後の授業は、全く身が入らなかったらしい。



「ただいま~」


放課後。アキラちゃんから「どういう事!?」と問い詰められるも、そんなの私が聞きたいよーの状態で。私を心配したアキラちゃんが「ひなるがいいなら、いいけど」と言ってくれ、放課後はお開きとなった。


「アキラちゃんって意外に心配性なんだなぁ。いや、普通は心配するか」


男子4人と一緒に住んでるって、ありえない事だもんね。


「ちょっと休憩したら、ポスターを作り直そうかな」


脱力し、机に身をゆだねる。

――コトン。

すると私の前に、桜の絵が描かれた湯飲みと、ウサギの形をした和菓子がでてきた。


「氷上先輩!今日はお早いんですねっ」

「たまにはね」


生徒会長+受験生なだけあって、氷上先輩はいつも遅い時間に帰って来る。だから寮であまり会わない。でも今日はゆっくり話せそうだから、嬉しいな。



「疲れた時には甘い物だよ。これ、どうぞ」

「私が食べていいんですか?」

「もちろん。この前のカレーのお礼。それと今朝、千里さんが落ち込んでいるように見えたから。食べて元気だしてね」

「わぁ~!ありがとうございます、元気でます!でも……可愛くて食べられないなぁ」

「ふふ、それは困った」


――ブスリ。

(ん?ブスリ?)


見ると、和菓子を切る木の棒が、見事にウサギにささっていた。棒を持つ氷上先輩は、遠慮なく片耳をすくう。すると案の定というか。バランスを崩したウザギは、ぐにゃりと崩れていった。


「わー先輩!何てことするんですか~!」

「食べやすいサイズにしようと思って。ダメだったかな」

「まだ写真を撮ってなかったんです!!」

「あらら」


先輩は眉を下げて、くしゃりと笑う。しまいには「ごめんね」って頭をなでて……これが年上の貫禄なのかな。半泣きの私を前にしても、全く動じていない。氷上先輩って余裕のある、大人っぽい人だ。


「また買って来るからさ。今はたくさん食べて、早く元気になってね。その方が俺も嬉しいから。あと、力になれるか分からないけど、悩みがあるなら聞くよ?」

「じ、実は……」


一部始終を話すと、氷上先輩は「それなら」と手を叩く。



「ポスター作りなら、寮に適任者がいるよ」

「えぇ!誰ですか?」

「翼くん。彼、パソコン関係に強いから。学校から特別に許可を貰って、パソコンで出来るバイトをしてるらしい。確かウェブデザイナーって言ってたかな」

「ば、バイト⁉」


あ。だから私が来た日に、あんなこと言ったんだ。


『この部屋では、絶対にうるさくするなよ』

『うるさいのは一番〝こたえる〟から、静かにしてくれ』


あの時、部屋でバイトしてたんだ。そりゃあ静かじゃないと集中できないよね。


「何も知らないのに騒いだりして……翼くんに悪かったな」

「俺がなんだって?」

「わぁ!?」


氷上先輩の隣に立つ、翼くんの姿。しかも片手にパソコンを持っている。


「いつ部屋から出てきたの!?」

「引っ張り出されたんだっつーの」


どうやら不機嫌らしい翼くんは、鋭い目を尖らせた。私なら震えあがるところだけど、さすがは氷上先輩。「君に助けてほしいんだって」と、私が作ったポスターを翼くんに渡した。

また笑われる‼……身構えるも、翼くんは吹き出さない。どころか真剣な顔で、私のポスターを観察していた。



「10分待ってろ」

「え、作ってくれるの?」

「……助けてほしいんだろ?」

「翼くん、ありがとう!」


ちょっと照れたらしい翼くんは、「ん」と短く返事をした後。机上にパソコンを置き、珍しい形のマウスを使って作業を始める。すごい、翼くんって天才だ。

作業の邪魔にならないよう、椅子に掛けて静かに待つ。そして、約束の10分後。


「こんな感じでどうだ?」

「わぁ、すごい!」

「女子感満載でかわいいね」


部屋にあるプリンターから、完成したポスターを持ってきた翼くん。おかしのイラストが美味しそうだし、丸みのある文字も可愛い!背景のパステルカラーも、余白の取り方も、全てにおいてプロ並み!すごすぎるよ!

――ぎゅっ。


「翼くん、ありがとう!本当にありがとう!」

「わ、分かったから手を離せ!暑苦しい!」


握った手は、秒で離された。だけど、めげてる暇はない。アプリへアップロードをお願いし、データを印刷するためコンビニへ急ぐ。


「俺の部屋で印刷すればいいだろ」

「でも、それは翼くんの私物だし。お仕事道具でもあるんでしょ?なら、私が気軽に使っちゃダメだよ。だから行って来る!氷上先輩、お茶とお菓子ご馳走様でした。美味しかったですっ」


バタンと勢いよく閉められたドア。その内側で翼くんと氷上先輩は、空になった私の席を見つめる。



「ったく。アイツは不器用なくせに真面目すぎんだよ」

「でもそこが好きなんだから、惚れた弱みだよね」

「はぁ⁉」


真っ赤になった翼くんを見て、氷上先輩はクスリと笑った。同時に、机上に部活登録申請書が置かれたままになっているのを見つける。


「千里さん、大事なものを片付け忘れているね。翼くん、渡してあげてくれる?」

「……わかった」


文句の一つでも飛んでくるかと思いきや、素直に頷く翼くん。意外な反応に、氷上先輩は肩を揺らして笑った。


「書類を渡すって言う、会う口実が出来るもんね。さすが新入生代表の挨拶をするだけある。頭がいい」

「ちげーよ!ったく、おちょくるんなら部屋に戻る。役目は果たしたからな」

「うん、ありがとうね」


去って行く翼くんに、片手を上げ挨拶する氷上先輩。そうして、リビングは一瞬にして静かになった。


「あれ?千里さん、いつ全部食べたんだろう」


ウサギが乗っていたお皿が空になっているのを見て、氷上先輩は不思議がる。だけど出かける前に満面の笑みだった私を思い出し「元気になってくれて良かった」と。嬉しそうにほほ笑んだ。

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