第7話 初めて知る君の弱み*翼*


*翼side*


「よし。がんばるぞ!」

(この声……千里か?)


目を開けると、窓から差し込む夕日が見えた。しまった……お昼前に帰って来たのに、だいぶ寝ちまった。

さすが勉強を重んじるフユ校というべきか。一年生から七時間授業、模試の連続。フユ校で部活に入る人は、ほとんどいないと聞いていたが納得だ。部活してる時間がねぇ。今日だって入学式が終わったばかりだってのに、結構な量の課題が出てる。早々に取り掛からねぇとマズイ……って思ってるのに動けねぇ。千里が真剣な顔で、何やら作っているからだ。


(部活の名前がどうのって言ってたな。何してんだ?)


声をかけるのも悪い、と思うほど真剣な横顔。こんな顔もするんだな。ってか朝は緊張してたけど、友達はできたのかよ。


(あ、船こぎはじめた)


限界を超え眠気がきたのか、千里の頭が不安定に揺れる。ユラユラして、今にもテーブルにぶつかりそうだ。すると案の定。千里の頭が、スゴイ勢いでテーブルに落ちていく。


「あぶね!」


――グイッ!


千里とテーブルの間に、なんとか腕を差し込んだ。千里は変わらず寝ている。のんきな奴め。さっきクッションになった俺の腕は、今や枕になっている。頭をスライドさせ、そっと机に置いた。寝てる奴の頭って重てぇ。


「おい、制服着たままだとシワになるぞ」

「スー、スー」

「……このまま寝かせるか」


冷蔵庫に向かおうとした時。あるものを視界に入り、足が止まる。それは一枚の紙。



「部活動登録申請書?部活作るのか。でも、おかし調理部って……」


思わず笑った。だけど申請理由を読んで、なんとも言えない気持ちになった。コイツ、おばあちゃん子だったんだな。ずっと家に一人じゃ、そりゃ寂しいよな。


「ってか千里っておかし作るの下手なのかよ。カレーは上手に作れるのに。変な奴だな」


昨日会ったばかりの千里ひなる。いきなり女子が来て迷惑だったが、なぜか放っておけない奴で。いきなり晩ご飯は作るし、食べろと催促されるし(?)、めちゃくちゃな奴だ。だからか、気になる。朝なんて「制服似合ってる」って言いそうになっちまったし。絶対に俺のキャラじゃねーだろ。


「はぁ……課題やるか」


すると玄関の扉が開き、葵が帰って来た。手には珍しく、スーパーの袋がぶら下がっている。


「今日から部活じゃねーのかよ。ってか何で大荷物?」

「一年だけ早く帰らされた。これは……晩ご飯」

「葵が晩メシ?」


いつも食わねぇくせに、どういう心境の変化だよ。でも、ちょうどいい。葵にも書類を見せてやろう。千里のことを知るには良い機会だしな――って思ったけど。

葵がキッチンに入り、袋から取り出したのは……ベーコン、パスタ、それに卵とチーズ。更には黒いエプロン。ちょっと待てよ、まさか!


「お前が晩メシ作るのかよ、マジ?」

「……作ってもらうだけじゃダメだし」


その時、千里を目で追う葵。ってことは、千里へのお返しで晩メシを作るってことか?あの葵が?



「お前の興味って、サッカーだけだと思ってたわ」

「ひなるに昨日のお礼をしようと思っただけ」

(ひなるって呼んでんのかよ)


俺は名字で、葵は名前で呼んでる――その差が妙に気に食わなくて。葵に見せようと思った書類を伏せ、机上に戻した。


「ひなる寝てるんだ。ってか、それ何?」


俺が伏せた紙と、もう一枚の白い紙。そっちには、何か所にも消しゴムで消されたあとが残っている。


「知らね。〝お絵描き〟でもしてたんじゃねーの?」

「……普通にありそう」


フッと笑みを浮かべる葵に、思わずビックリする。そんな優しい顔も出来たのかよ。人って分かんねぇな。

買った物を入れるため冷蔵庫を開けた葵は、「あ」と。悪びれることなく俺に尋ねた。


「牛乳を買い忘れたから借りる。翼の牛乳、ちょうど満タンに入ってるし」

「やめろ、これから飲もうとしたとこだっての」


葵の手から、牛乳を取り戻す。でも、もしパスタが出来てたら千里は喜ぶだろうな。〝葵の手作り〟ってのが気に入らねーけど。


「牛乳……やる」

「本当?くれないと思った」

「その代わり、出来たら俺にも食わせろよ」

「ふっ。腹痛くなっても知らないから」


スマホを持ち、涼しい顔でレシピを眺める葵。「ふぅん」と呟き、さっそく作り始めた。その手つきには一切の無駄がなく、短時間で美味そうなカルボナーラが出来上がる。


「ひなる、起きて」

「ん、いい匂い……パスタ!?」


「俺が作ったから味の保証はないけど」

「四条くんが作ってくれたの!?嬉しいっ」


起きた千里の目は、これでもかと言わんばかりに輝いている。「葵が作った」と知って、その輝きはいっそう増したように見えた。気のせい、だよな。


(いや、俺が気のせいであってほしいと思ってるのか)


もしかして俺は千里の事が好きなのか――と自分の気持ちに向き合い始めた時。千里の頬に、カルボナーラがついているのを発見する。教えると、千里は目に見えない速さでふきとった。赤面して「ごめんね」と照れる姿に、また心がザワつく。


「千里……俺のこと、翼って呼べよ」

「でも」

「こ、ここでは皆そう呼んでるしな!」

「わかった、ありがとう翼くん!じゃあ私のことも、ひなるって呼んでねっ」

「!おぅ」


思いがけない返しに、心がはずむ。あぁ、ちくしょう。俺って、こんなキャラじゃなかったのにな。なんで千里――いや、ひなるの前だと、おかしくなっちまうんだ。


「顔が赤いよ。翼くん、大丈夫?」

「な、何でもねーよ!」


明らかに「何でもなくない俺」に気付かないひなるは、ニッコリ笑った。だけど、コイツは違う。


「……」

「なんだよ、葵」

「……別に」


まるで俺の気持ちを探るように、ジッと見つめてくる葵。悟られたくなくて、まだ知られたくなくて。俺はパスタを食べた後、すばやくリビングを後にした。


*翼side終*


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