第5話 モテるルームメイト


翌日。ついに入学式の日!

二年と三年は休校日って聞いたけど、キッチンに行くと遊馬先輩が制服を着て牛乳を飲んでいた。その向かいには、遊馬先輩とは違う制服を着て、ご飯を食べる氷上先輩の姿。ご飯の上には、私が作ったカレーが乗っている。


「おはよう、千里さん。カレーいただいてるよ。昨日は生徒会の仕事で夜遅くに帰ったから、食べ損ねちゃった。とっても美味しいよ」


どうりで昨日、先輩の姿を見なかったわけだ。でも氷上先輩は生徒会長だもんね。そりゃ忙しいよ。


「お口にあって良かったです!お二人共、今日は休校のはずですよね?」


まだ眠いのか、半目で遊馬先輩が答える。


「その通り~。本来なら休校なんだけど、俺って副会長だから。案内係とかさ、色々な雑用があっちゃうわけ~」

「俺は生徒会長だから、入学式に出席しないといけないんだ。せっかくだから翼くんの晴れ姿を見てくるね」

「晴れ姿?」


すると廊下から、何やらブツブツ呟く声が聞こえる。白石くんだ。


「おはよう、白石くん。何を読んでいるの?」

「新入生代表の挨拶」

「えぇ⁉」


新入生代表って、試験で首位突破しないと与えられない、名誉な地位だよね⁉


「し、ししし……!?」

「まさか俺が?って思ったのか。失礼な奴」

「だって!」


すると、またもや廊下からバタンと音がする。やって来たのは、白石くんと同じようにブツブツ呟く四条くん。この流れって、まさか⁉



「今日はお願いね~、ナツ校の新入生代表・四条葵クン♡」

「……はぁ」

(やっぱりそうなんだー!)


二人共すごすぎない⁉私なんて繰り上げ合格だよ⁉ギリギリのギリギリで入学できたのに、二人はトップで合格⁉一緒の部屋に住んでいるのに、一気に距離が開いた気がする。ウカウカしている暇はない、勉強を頑張らないと!


(でも勉強よりも〝やりたい事〟があるんだよ~っ)


「うぅ」と唸っていると、挨拶の原稿用紙から目を離した四条くんと目が合った。初めて見る制服姿に、思わず見とれる。キッチリ着こなしているブレザーが、眩しいほど輝いてるよ。


「俺に何かついてる?」

「な、なにも!」

「ふーん。じゃあ、いただきます」


ふっと口角を上げた四条くんは、冷蔵庫から昨日のカレーを取り出す。そして電子レンジに放り込んだ。


「朝からカレー?信じらんねぇ。葵って緊張しねーの?俺、何も喉とおらねぇわ」

「原稿を覚えるのは面倒だけど、緊張はしない」


しれっと答えた後、お皿にご飯をモリモリ盛る。カレーが温もるまで、四条くんは自分の席に座った。そして、なぜか私をじーっと見る。


「どうしたの?」

「制服、似合ってるなって思っただけ」

「本当⁉」


白いブラウスの上に、落ち着いたブラウンのワンピース。生地が厚くてチェック柄で、とにかく可愛い!さすが制服がかわいいと有名なだけある……って思ったけど。実際に着たら、制服の可愛さが際立った。あぁ、制服に着られてるなぁって落ち込んだもん。



「褒めてくれてありがとう。安心したっ」

「……ん」


少し視線が泳いだ後。レンジが鳴る音を聞き、席を立つ四条くん。氷上先輩のカレーも相まって、部屋の中はみるみるうちにカレーのにおいで充満した。


「カレーの匂いがつかねーうちに行くわ」

「あと5分まってくれたら俺も一緒に行けるよ。生徒会長と一緒の方が、翼くんも心強いでしょ」

「ぬかせ。お先」


さっさと出て行った白石くんに「可愛くない新入生だなぁ」と氷上先輩が笑った。ナツ校は茶色のブレザーだけど、フユ校は青みがかった学ラン。どっちもカッコいい!


「あ、私も早く行こうって決めてたんだ。白石くん、待ってー!」


ナツ校とフユ校は隣同士に建っているから、校門の前までは一緒に登校できる。早く行って友達作りたいけど、一人で学校に行く勇気はない……。だから校門まで、白石くんと一緒に行けたら心強いな!


玄関にある鏡で、急いで全身をチェックする。そして先を歩く白石くんを追いかけた。ピカピカの鞄を持ち、真新しいローファーをはく。すると、本当に中学生になれたんだって実感がわいた。憧れのナツ校、嬉しいなぁ!


「白石くん、待って~!」

「他校なんだから一緒に行く意味ねーだろ」

「そう言わず、校門まで一緒にいさせて!お願い!」


小学校で一緒だった子はいないし、心細さマックスなの!

あまりにも必死な私を拒否できなかったのか、若干引いた白石くんは「勝手にしろ」と再び歩き始める。私たちが住む特別寮は、本来の寮館とは少し離れている。だから寮生と会うことなく、しれっと登校する人たちに紛れることが出来るの。

でも……。


(白石くんがめっちゃイケメンってこと忘れてたー!)



女子という女子が、白石くんを見ている。フユ校の女子たちは「制服が同じだから、あの人もフユ校だ!」と喜び、ナツ校の女子たちは、ガックリ肩を落としていた。だけど、彼女たちに言いたい。


(白石くんと同じくらいカッコいいイケメンが、ナツ校にもいるよ!新入生代表の挨拶するよ!)


まるで身内を自慢するみたいな心境だ。でも四条くんは本当にカッコいいから。それは本当に、本当だから!

――チクッ。


(ん?チクッ?)


新入生代表の挨拶をする四条くんを、たくさんの女子が目をハートにして見る――その光景を想像すると、胸が痛くなったような。気のせいかな?


「……おい」

「ん?」

「なんで何も喋らねーんだよ」


まだ原稿を片手に持った白石くんが、吊り上がった目を私に向ける。


「原稿を覚えたいかなって。邪魔したくないし」

「お前、心細いんだろ?だから一緒に来たんだろ?なら話でもすりゃ、少しは気がまぎれるんじゃねーの?」

「ううん。白石くんが隣にいてくれるだけで充分だよっ」

「!あっそ」


鳩が豆鉄砲を食らった顔の白石くん。ちょっとレアだ!隠れて笑っていると、いつの間にか校門に到着した。

ついに来ちゃった……!ここから先は一人だと思ったら、急に足が震え始める。周りを見ると、もう仲良く登校している女子たちがいた。早くない?もう友達できちゃったの?教室で私だけ一人だったらどうしよう!

すると「おい」と。白石くんのデコピンが、私のオデコを直撃する。



「いたッ」

「何ボーッとしてんだよ。前みろ、ぶつかるぞ」

「わ、本当だ」


見ると、目の前にそびえ立つ大きな石像。プレートに「初代理事長」って書いてある。つまり氷上先輩のご先祖様。ちょっと似ている気がする。まじまじ眺めていると、再びデコピンが飛んで来た。もう、さすがに2回はいたいよ!


「白石くん~!」

「……あのさ、お前の制服」

「制服?」

「に、似合って…………やっぱ何でもねぇ!」

「へ?」


何か言いたいことがあったのかな?でも聞き返す前に、白石くんが私の頭をワシャワシャなでた。せっかくセットしたのに‼って文句を言いたかったけど。白石くんが珍しく優しい顔をするから、何も言えなくなった。


「俺も新入生代表の挨拶がんばるから、お前も友達の100人や200人くらい作ってこい。あれだけ美味いカレー作れるお前なら、友達だって難なく出来るだろ」

「ふふ白石くん、カレーは関係ないよ。でもありがとう、がんばるっ」

「フン、じゃあな」


鼻息あらく校門をくぐる白石くん。私から離れフリーになった途端、フユ校の女子たちから「カッコイイですねぇ!」と囲まれていた。ひぇ、さすがイケメン。さっそくモテてる!


「……よし。私もがんばるぞ!」


ガッツポーズをすると、後ろで「はは」と聞こえる笑い声。振り向くと、あのボリューミーなカレーが本当に体に入ってるの?と聞きたくなるような。スラッとした四条くんの姿があった。



「カレー美味しかった、ありがとう」

「どういたしまして!」


会話をしてると……感じる。感じるよ。女子からの、たくさんの視線を!


(私が隣を歩いていいの?いや、絶対よくないよね!)


女子の視線でわかる!「あなた四条くんとどういう関係?」って、目で訴えている!幸い、さっきのカレーの会話は聞かれてなかったけど……もし一緒に住んでるってバレたら、大変なことになるよ!

それなのに、四条くんときたら。


「今から選手交代」

「え?」

「翼じゃない。こっからは、俺がひなると登校する番」

「っ!」


まるで勝ち誇ったかのように、嬉しそうに笑う四条くん。……その顔、反則!さっきの言葉も、ドキドキするからやめてほしいっ。

――パタパタ。

赤くなった顔に、手で風を送る。赤くなった顔を見られたくないよ!それなのに四条くんは背中を丸め、なんと私の顔を覗きこんだ。


「これから3年間よろしく、ひなる」

「は、はい……っ」

「なんで敬語?それより、いつものひなるに戻ったね。さっきは顔が強張ってたから」

「え……」


本当だ。いつの間にか緊張がとけてる。四条くんからの不意打ち効果ってすごい。ドキドキって、緊張に勝つんだ。



「ありがとう、四条くん。私の緊張を紛らわせようとしてくれてたんだね!実はさっきね、白石くんからも励まされたんだ。帰ったら、改めてお礼を言わなきゃ」

「……ふーん。翼にも、ね」

「うん?」


小さな声だから聞き取れなかった。聞き返しても、四条くんは「何でもない」の一点張り。そうこうしている内に、下駄箱から廊下、階段を移動し……ついに教室へ到着した。


――ガラッ。


ためらいなくドア開けた四条くん。私も「よし!」と気合を入れ、大きな背中を追いかける。でも四条くんが少しだけ振り向いてくれたから、「こっちだよ」って導いてくれた気がしたから。


再び生まれたドキドキと一緒に。賑やかな教室へと、足を進めることができた。



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