第4話 ドキドキの晩ごはん!
カレーを作り始めて、ちょうど一時間。ホコリ被った炊飯器を見た時はどうしようかと思ったけど、無事に作れた!いつも通り甘口を買ったけど良かったかな。お腹を空かせて帰って来るだろう四条くんは、甘口が好きかな?
まずは、ずっとリビングで私の調理風景を見守ってくれた遊馬先輩にカレーを渡す。「待ってました〜」と言った笑顔があどけない。年上なのに、なんだかかわいいな。
「ん〜美味しい!ひなちゃん料理上手だねぇ〜」
「料理〝は〟得意なんです!」
「その言い方だと、何か不得意なものがあるの?」
「え~っと……あ、サラダどうぞ!」
不思議そうな顔を浮かべた遊馬先輩が、サラダに手をつける。よし!今のうちに後片付けしよう――スポンジに洗剤をたらした、その時だった。
「ひなちゃん、おかわり〜」
「え?」
再び遊馬先輩を見ると、既に空になったお皿。キレイに食べてくれてる。嬉しい!だけど……。
「食べるの早くないですか⁉私けっこう盛りましたよ⁉」
「男の子ならこれくらい普通だよ~。ね、翼クンもそう思うよね?」
見ると、物陰からこちらを覗く目が二つ。なんと白石くんが、物欲しそうにカレーを見つめていた。あ、メガネかけてる。勉強していたのかな?
「白石くんの分もあるよ!食べる?」
「……おぅ。いる」
男子は大食いって分かったから、ご飯もカレーも多めに盛る。すると片手でお皿を支えきれない量になった。よし、これなら!
「いただきます」
(一口が大きい!)
カレーをこんもり乗せたスプーンを、大きな口に運ぶ白石くん。そのペースの速さったら!もう半分なくなっちゃった!
「美味しかった~。ひなちゃん、ごちそうさま!さて、食後の牛乳牛乳っと」
「あ、俺も」
二人は冷蔵庫を目指し、互いの名前が書いてある牛乳パックを取り出す。急いで二人にコップを渡す……必要はなくて。二人とも豪快にラッパ飲みした。
「ちょ、お下品ですよ二人共!」
すると白石くんは面倒くさそうに、パックから口を離した。眉間には深く刻まれたシワ。
「牛乳一パックが何日で無くなるか、知ってんのか?」
「五日とか?」
「あめぇな」
どうやら空になった牛乳パックを、左右に振る白石くん。
「俺がこれを開けたのは、今日の朝だ」
「……へ?」
「中学生男子くらいになるとな、こんくらいすぐ飲んじまうんだよ。いちいちコップなんか使ってられるか」
「むしろ足りないよねぇ~」
にこやかな顔で相づちを打つ遊馬先輩を見て、カルチャーショックを受けた。だって、だって!牛乳一パックが、一日で無くなるなんて!男子の胃袋って、一体どうなっているんだろう。
「でも牛乳はカロリーがあるんですよ?そんなに飲んで太らないんですか?」
「「ないな/ねぇ」」
口をそろえて否定する二人がうらやましい。私なんて、ちょっと多くお菓子を食べただけで、すぐ体重に影響するっていうのに。
「男子の体がうらやましいです……」
「そう~? 俺は女子の柔らかいボディが、」
好きだけど?――と言い切る前に、遊馬先輩は鉄槌を食らう。犯人は白石くん。遊馬先輩がテーブルに伏せて静かになってるのを見て「やっと黙ったか」と悪態をついた。
「遊馬先輩は大丈夫かな……?」
「心配ねーよ。ただで転ばないのが七海さんだろ」
(そうなんだ)
白石くんはパクパクカレーを食べて「ん」とおかわり。男子の生態には驚かされるばかりだけど、キレイになくなったカレー皿を見て、思わず顔がほころぶ。
すると玄関で音がした。廊下から顔を出したのは、四条くん。
「四条くん。おかえりなさいっ
はい。おかわりどうぞ、白石くん。」
「なんだ葵、また走ってたのかよ」
「……何してるの?」
私たちのやりとりを見て、四条くんはポカン顔。確かに、この状況って訳が分からないよね。
「カレーを作ったの。四条くんの分もあるよ!」
「意外にイケるぞ?」
「白石くん、意外って言わないで!」
「……」
四条くんは何も言わず、冷蔵庫から水のペットボトルを取りだす。近づくと、すごい量の汗が、顔や首から流れていた。本当にずっと走ってたんだ。すごい体力。
「お腹すいてるよね?一緒に食べようっ」
「……いらない。俺はいつも晩ごはん食べないから」
「あ、そうなんだ……。じゃあ仕方ないね」
元はと言えば「四条くんが食べるかも!」と思って、作り始めたカレーだったから……本人に拒否されると、少し悲しい。でも事情を知らなかった私が悪いし……。余計なことをしちゃったな。疲れてるだろうに、四条くんに気を遣わせちゃった。
「ごめんね、今度から気をつけるね!あ、先にお風呂はいる?すごい汗だよ」
「……いい」
「でも、」
「本当にいいから」
水を冷蔵庫に戻した四条くんは、スッと私の横を通り過ぎる。今……避けられた?冷蔵庫の冷気とあいまって、私の心が一気に冷え込む。
――パタン。
四条くんが部屋に戻った。その音が聞こえた途端。体から力が抜けて、床に座り込む。すると、やっと満腹になったらしい白石くんが、怪訝な顔で私を見下ろした。
「疲れたのか?」
「……うん。そんなところ」
へらっと笑う。すると座り込む私の横で、なんと白石くんが皿洗いを始めた。え、洗ってくれるんだ!
「ありがとう白石くん」
「俺の方こそ。美味かった、さんきゅ」
「うんっ」
さっきは四条くんとの間に変な空気が生まれたけど……白石くんとの距離は縮まったって。そう思っていいかな。
「なぁ。さっきの、気にすんなよ」
「うん?」
「……何でもねぇ」
チラリと私を横目で見たあと、再び手を動かす白石くん。ただ座ってるのも申し訳ないから、キレイになった食器を受け取り拭いていく。そして数分の内に、シンクの中はスッキリした。白石くんは部屋に戻ったから、私だけがキッチンに残っている。
「静かだなぁ」
私の他に、男子四人がいるとは思えない静けさ。皆いったい何をしてるんだろう。四条くんは「晩ご飯は食べない」と言った通り、全く部屋から出て来ないし。そういえば、氷上先輩も食べてないよね?
「〝冷蔵庫の中にカレーがあります〟ってメモしておこう」
たまたまあった黄色のふせんに、ボールペンで書いていく。横幅のあるふせんって、何でも書けるから助かるなぁ。
「よし。これを冷蔵庫に……わあ⁉」
先輩たちは背が高いから、冷蔵庫の高い位置にふせんを張ろう――だけどスリッパが椅子の足にひっかっかり、後ろにこけそうになった!
「こけちゃうー!って、あれ?」
「……何やってるの」
見上げると、四条くんの顔がすぐ近くにある。私のお腹や背中には、四条くんのたくましい腕が回されていた。
「ごめん!重かったよね!?」
「むしろ、もっと食べたら?軽すぎだよ」
「それは四条くんの運が良かったんだよ。私の体重を聞くと、きっとビックリするよ?」
ヒヒヒと笑う私を見て、四条くんは動かなくなった。「おーい」と、四条くんが着ているオーバーサイズの白服をツンツン引っ張る。上は長袖、下は半ズボン。よく似合ってるなぁ。
「四条くん、さっきはごめんね」
「さっき?なんか謝ることあった?」
「カレーを食べることを強要しました……」
すると四条くんは「あぁ」と相槌を打ったあと、自分の頭へ手をやった。
「千里じゃなくて、謝らないといけないのは俺。晩飯は体づくりのために、軽いものしか食べてないんだ」
「それってサッカーのため?」
「うん」
すごく優しい笑みを浮かべる四条くん。うわぁ、イケメンのほほ笑みを、間近で見ちゃった!トクトク鳴る心臓が、不意打ちを食らってドキッとはじける。
「夏に大きな大会があってさ。どうしてもレギュラーに選ばれたいんだ」
「それで今から体づくりを?」
「うん。こればかりは、すぐに出来るものじゃないからね。日々の積み重ねを大切にしてるんだ」
「そうなんだね」
四条くんって、本当にサッカーのことが好きなんだ。そりゃそうか。入学式を前日に控えてるのに、一時間も走っちゃう人だもん。
「かっこいいね!応援してるっ」
「……あのさ、これって」
コンコンと四条くんがノックしたのは、私が冷蔵庫に貼ったふせん。けっこう高い所に貼ったけど、四条くんの肩の位置なんだ。何センチあるんだろう。背が高いな。
「ふせん……カレーのこと?」
「うん。朝ご飯に食べたい。夜を控えめにする分、朝はガッツリ食べるんだ」
「もちろんあるよ!」
そっか、良かった。私のカレーを食べたくない訳じゃ、なかったんだ。全てはサッカーのため。それなのに「避けられた?」なんて思って悪かったな。ゴメンの気持ちをこめ、食べやすいようカレーを二つに分ける。「四条くん用」・「氷上先輩用」と、ラップの上に新たな付箋をつけた。
「これでOK!じゃあ朝はしっかり食べてね、四条くん!」
「ふ、はいはい」
くしゃりと笑う四条くんに、また心臓がはじける。うぅ、イケメンの破壊力たるや。だけど私が赤面している間に、四条くんは口をへの字に曲げた。
「気になってたんだけど……翼とは、いつ仲良くなったの?」
「仲良く、かは分からないけど。白石くんとは、晩ご飯の時にたくさん話したよ」
「〝たくさん〟……」
言いながら、椅子を引いて大きな体を納める四条くん。ちょっと不機嫌になったのは、気のせい?
「ランニングから帰った時、白石くんに用があった?すごい顔で白石くんを見てたからさ」
「すごい顔?」
「うん。しかめっ面だった」
クイッと指で目じりを上げると、四条くんの口元がゆるむ。よかった、不機嫌な顔じゃなくなった!
「あの時は用があったわけじゃなくて……嫌だっただけ」
「嫌?」
「うん。仲良さそうに話す二人を見るのが、なんか嫌だった」
「え」と呟いて、言葉に詰まる。だって、さっきの言葉を言い換えると……!
「新参者がなれなれしくするなって事だよね⁉私って厚かましいよね、ごめんね!」
「いや、そうじゃなくて」
「大丈夫。この部屋で私が邪魔者なのは知ってるから、皆とつかず離れずの関係を築いていくよ!」
「だから違うって。とりあえず暴走止めよう?千里。
いや……――ひなる」
――ドキン。
自分の名前のくせに、四条くんから呼ばれたら、なぜだか特別感がして。私の体も口も、まるで四条くんが操ってるみたいにピクリとも動かなかった。固まった私の頭を、ポンポンとなでるのは四条くん。
「ご飯だ風呂だって気を遣ってくれるのは嬉しいけどさ。ひなるは寮母じゃない、俺たちのルームメイトでしょ。だから世話やかなくて良い。自分の好きなような過ごしなよ」
「あ……」
四条くん、そんなことを考えていてくれたんだ。そうか、私……邪魔者じゃなくて、この部屋の一員なんだ。ルームメイトなんだ。
「まぁ、男子ばかりで落ち着かないってのは分かるけど」
「楽しいよ。最初はどうなる事かと思ったけど、皆と一緒にいられて嬉しい」
「……そっか。それなら良かった。今日は疲れただろうし、早く寝て」
「うん。四条くんも!」
自分の部屋に戻る前に、四条くんに「おやすみなさい」とあいさつする。すると恥ずかしそうな顔で、手をフリフリ~って返してくれた。ふふ、なんだか可愛いな。
「にしても四条くんってば、急に名前で呼ぶんだから……っ」
顔色一つ変えずに「ひなる」って呼んだ。名前呼びは嬉しい、嬉しいけど!男子に名前で呼ばれたことないから、ドキドキしちゃう。
「誰にでも、あんな感じなのかな。なんか四条くんって、天然そうだし。だとしたら、きっと教室でもモテモテだ」
はぁ――と。ため息がこぼれた。
「ん?なんで私、ため息ついちゃったの?」
心臓に手をやると、ドキドキ・ドクドクって。いつもより速く鼓動が動いている。……疲れかな?明日は入学式だし、今日は早く寝よう!
「たくさんお友達が出来るといいなぁ」
さっきまで四条くんが座っていた椅子を見る。それだけのことなのに、ドキドキして頭がシャッキリしちゃった。部屋に戻っても、浮かぶのは四条くんのことばかり――そんなこんなで。早く寝ようと焦ったからか、なんなのか。ソワソワと落ち着かない夜を過ごした。
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