第3話 一緒にお買い物


お昼ご飯を食べてないから、スーパーの中を歩いている時もグーグーと鳴るお腹。惣菜に菓子パン、お弁当が美味しそうだよ。


「全部買えたらいいのに……」

「じゃあ、いっそ全部買っちゃう~?紫温くんのコネを使ってさ」

「ほう。その手がありましたか……って。遊馬先輩⁉」


ガヤガヤしたスーパーの中。思い切り振り返ると、高く積んであった商品の段ボールにぶつかってしまう。目をつむる直前、段ボールがグラリと不気味に揺れた。


「――っ!」

「危ない!」


痛みを覚悟したけど、いつまで経ってもやってこなくて。不思議に思い目を開けると、私とは違う骨ばった腕が、目の前に伸びていた。


「ふ~、カップ麺の段ボールで良かった。もしペットボトルなら、俺もひなるちゃんも潰れてたよー」

「あ、ありがとうございます……私も支えます!」


とは言ったものの。段ボールが高くて、手が届かない。それなら、段ボールを支えている遊馬先輩を支えよう!


「えーと、ひなるちゃん?」

「なんでしょう!」」

「何してるの?」

「遊馬先輩の背中を支えています!」


まさか自分が支えられると思わなかったのか。遊馬先輩は「ぶはっ」と吹き出し、クツクツ笑う。


「ありがとうね。でも店員さん呼んできてくれると助かるな~」

「ハッ! その方がいいですよね、すみません。すぐに呼んできます!」


だけど私が動く前に、店員さんが気づいてくれた。悪いのは私なのに、段ボールを直しながら何度も謝ってくれる。でも限られた通路で急に動いた私が悪いもん。だから店員さんの倍、ペコペコお辞儀をした。うぅ、遊馬先輩にも迷惑かけちゃったな。



そんなこんなで。無事に買い物を終えた、スーパーから帰り道――


「いっぱい買ったねぇ~」

「もうお腹ペコペコです」


私と遊馬先輩は、二人並んで寮を目指していた。学校の裏側にスーパーがあるから、生徒は全く通らない。だからカッコいい遊馬先輩が歩いていても、近所のマダムたちが目を奪われるだけ。これがもしウチの生徒だったら、今ごろ大騒ぎだよ。


「そうだ、先輩。さっきスーパーで迷惑かけちゃって、すみませんでした」

「なんで? 俺が急に声をかけたのが悪かったんだし。ひなるちゃんは何も悪くないよ~」


空いている片方の手で、私の頭をなでる遊馬先輩。本当に気にしてないんだって、今の先輩の顔を見たら分かる。段ボールに潰されそうになったのに、優しい人だなぁ。


「それに荷物まで持ってもらっちゃって」

「俺の買い物も入ってるから。気にしない、気にしない」


遊馬先輩の手には、地面に向かってのびるエコバッグが握られている。念のため大きなエコバッグを持って行って良かった。朝ごはん用に買った食パンを、手で持って帰らずに済んだ。


「にしても、ひなるちゃん。すごい量の荷物だね」

「今日の晩ご飯、カレーはどうかと思いまして」

「まるまる一パック、ルーを買ってなかった?」

「皆さんに食べてもらいたいんです!」


家で家事をしていたから、大体のものなら作れる。味にも自信があるよ!


「家で料理してたんだ。えらいね~」

「えらいというか。そうするしかなかったので」

「それって……。わ、危ない!」



グイと肩を引き寄せられ、遊馬先輩の胸の中におさまる。その瞬間、ベルを鳴らしながら自転車が通った。


「あ、ひなるちゃん見て。あの人もすごい荷物だよ、仲間だね」

「ふふ、本当ですね」


遊馬先輩の心臓の音が、耳元で聞こえる。やっぱり遊馬先輩って背が高いなぁ。

先輩から離れ、また二人並んで歩く。


「あ、そうだ。スーパーの中で先輩、あぁ言ったじゃないですか」


『全部買えたらいいのに』

『いっそ全部買っちゃう?紫温くんのコネを使ってさ』


「あれって、どういう意味なんですか?」


言うと、遊馬先輩はキョトンとする。珍しい表情に釘付けになっていると「ひなるちゃんは知らないのか」と先輩は呟いた。


「ナツ校とフユ校。元々は一つの中学校だったのは知ってるよね?」

「冬夏中学校ですよね」

「そうそう。初代理事長がね、紫温くんのご先祖なんだ。で、それ以来ずっと紫温くんのお家が理事長を務めてる。そして今のナツ校とフユ校、理事長は同じ人。なんと紫音くんのお父さんだよ~」

「えぇ⁉」


ってことは氷上先輩は、理事長の息子さん⁉

あ、だからあの時――


『理事長がOK出したということは〝一緒に住んで大丈夫〟と判断したって事でしょうね。なら……責任とって、この五人で部屋を使います』


なんの責任だろう、って思っていたけど。なるほど。自分の父親がOKした責任をとって、私を受け入れ一緒に住みますよって事だったんだ。



「すごい人なんですね、氷上先輩って」

「凄いって言うか怖いよ。フユ校では〝氷の生徒会長〟って呼ばれてるらしいし。実際、会議とかで顔を合わせるとおっかないんだ~」

「氷⁉」


そんな異名がつくほど怖そうには見えなかったけどなぁ。でも隣でブルッと身震いする遊馬先輩がウソついてるとは思えないし。うぅむ、謎は深まるばかり。


「皆さんの事を新たに知れました! 遊馬先輩、ありがとうございますっ」

「いいけど……ひなるちゃん、男がいる寮に住めるの?思春期の女の子が親元を離れて男子と生活って……普通イヤじゃない?」

「私、やりたい事があってナツ校を受験したんです。それを達成するためなら我慢できます!あ、寮に着きましたよ」


玄関を目指す途中で、地面にピンクの絨毯が出来ていることに気付いた。学校に咲く花びらが、風に乗ってここまで飛んで来たんだ!記念に何枚か花びらを集め、靴箱でスリッパに履き替える。――あ。靴に桜の花びらがついてる!可愛いなぁ。


「遊馬先輩~、これ見てくださいよッ!」


桜のついた靴を見た遊馬先輩が、ニコリと笑う。そして静かに私へ手を伸ばした。また頭を撫でられるのかな?と思っていると、先輩は一瞬だけ髪に触れた後、すぐ離れて行く。


「今、なにかしました?」

「ううん。ひなるちゃんの事を〝可愛いな〟って見てただけ」

「うすうす気づいてましたが、遊馬先輩って軽いですよね?」

「そんなことないよ~」


笑いながら、寮へ入っていく遊馬先輩。すると入れ違いで、誰かが出て来た。涼しそうな黒のスポーツウェアを身にまとうのは、四条くん。



「どこか行ってたの?」

「遊馬先輩とスーパーでお買い物してたの」


すると四条くんは「ふーん」と。私が一生履かなさそうな大きな靴を、つまらなさそうに履く。そしてトントンとつま先を地面につけ、靴と足をならした。その姿は、ちょうど太陽を背にしていて……カッコよさも相まって、神秘的にすら思える。ここまで太陽が似合う男子って、そうそういない。


「四条くんは、これからお出かけ?」

「少し走って来る。明日から部活が始まるだろうし」

「もう部活を決めてるの?」

「サッカー。小さい頃からずっと続けてる」


ボールを蹴るフリなのか、四条くんは右足を軽く前に出した。すると半ズボンからのぞく、筋肉のついた足が見える。どれだけ本気でサッカーに取り組んでるか、よく分かるなぁ。


「頑張ってね、応援してる!」

「……あのさ」


四条くんは、私へ手を伸ばす。だけど彼の腕にはめた時計が「ピピ」と鳴ったことにより、その腕は体の横へ戻った。


「スタートの合図だ。じゃあ、一時間ほど帰ってこないから」

「え、一時間⁉」


そんなに走るの⁉明日は入学式なのに⁉ストイックすぎる四条くん。だけど本人は、涼しい顔をして玄関を出た。いってらっしゃいって言った方がいいかな……ええい、言っちゃえ!


「四条くん。い、いってらっしゃい!」

「……それ、よく似合ってる」


四条くんは私の耳を指さした。次に「いってきます」と言い、滑らかな動きで走って行く。規則的に足を回転させ、ぐんぐん前に進んでいく四条くん。あの速さで一時間走り続けるの?すごいなぁ。



「にしても〝似合ってる〟って何?」


ラッキーなことに、ちょうど玄関に全身鏡があった。覗き込むと、ついていたのは桜の花。満開の桜が、まるでかんざしのように。私の耳の上に、差し込んであった。


「遊馬先輩だ……」


そう言えば、さっき私に手を伸ばしていた。あの時につけられたに違いない。もしかして四条くん……自ら私がさしたって思ってないかな?だとしたら恥ずかしい!


「でも〝似合ってる〟って言ってくれたよね?」


あの時、柔らかく笑った四条くんを思い出す。クールな人って思っていたから、まさか「似合ってる」なんて。


「優しいなぁ」


っていうか、四条くんには部屋を案内してもらったりと、優しいところしか見ていない。何かお返しが出来たらいいんだけど……あ!


「一時間も走ったら、お腹すくよね?」


よし――と気合を入れ、寮に戻り自分の部屋からエプロンを引っ張りだす。そして遊馬先輩に見守られながら、カレー作りを開始した。


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