第2話 思いがけない優しさ


リビングに移動した後。テーブルを囲んで、それぞれの椅子に座った。


幸運なことに椅子の余りがあったらしく、私も座ることが出来ている。のだけど……皆からの視線が痛すぎる。


「ったく、ただでさえ相部屋でむさくるしいのに。女子にまで気を遣うとか冗談じゃねぇ」

「口が悪いよ。この子が希望した事じゃないって、さっきのやりとりで分かったはずだよ」

「ふん」


なんかケンカが起きそうな雰囲気が漂ってる。ここは早く自己紹介してお開きにしよう!


「初めまして、千里ひなるです。好きな食べ物はおかしで、好きな事はおかしを作ることです」

「おかしの情報が多くない~?」

「好きなんです」


食いしん坊って思われたかな?カァッと顔を赤くした私に、優しい笑みを浮かべた人が質問した。


「千里さんはナツ校なんだよね?」

「〝ナツ校〟?」

「ここでは南都中学校のことをナツ校と呼び、普由中学校のことをフユ校と略して呼ぶんだよ」

「なるほど!」


そう言えば、この寮館は二校共同だった。


「私はナツ校です。一年三組です」

「……げ」

「(げ?)」


イケメンの一人が、私を見ながら顔を歪める。私が一番最初に見たイケメンだ。黒い髪に、すっきした鼻筋。薄い唇に、切れ長の瞳。袖から筋肉質な腕がのぞいている。何かスポーツをやってるのかな?


「俺は四条(しじょう)葵(あおい)。ナツ校、一年三組」

「私と一緒だねっ」

「……」

「なんで黙るの!」


「私と同じクラス」と聞き、明らかに落ち込んだ表情の四条くん。そんなあからさまな態度はショックだよ。でも……無理もないか。寮だけでなく教室まで一緒って、気を遣うよね。って、私が悪いわけじゃないけど!



すると、次に背の高い先輩が手を挙げた。何度か私をフォローしてくれた人だ。明るい髪色に加え、少したれ目で近づきやすい雰囲気。


「俺は遊馬(あすま)七海(ななみ)。ナツ校、二年一組。副生徒会長をやってるよ~」

「同じ学校なんですね。二年生で副生徒会長ってスゴイです」

「誰もやりたがらなかっただけだよ~」


皆が嫌がることを引き受けたのかな?だとしたら、スゴイ立派な人だ。さっき私も助けられたし、遊馬先輩は親切な人なんだろうな――と思っていたのに。私と隣同士であるのをいいことに、テーブルに置いた私の手を遊馬先輩が握る。


「もしも困ったことがあったら俺を頼りなね?いつでも手取り足取り教えるから!」


瞳をキラキラさせながら。まるでおにぎりを握るように、ギュッギュッと私の手を握る先輩。親切だけど軽い人だな……。


「その時があれば、お願いします」

「ちぇ~。そんな勢いよく手を振り払わなくても」


口を尖らす遊馬先輩だけど、私の心臓はバクバク!男子から手を握られるって初めてだもん。その後も遊馬先輩と攻防戦をしていると、ダンッと大きな音がする。見ると、あのつり目の男子がテーブルを叩いていた。


「……フユ校。一年C組。白石(しらいし)翼(つばさ)」

「フユ校はABCでクラス分けをしているんだね」

「チッ」

(なんで舌打ち⁉)


怖いよ、白石くんが怖いよ!銀髪?白髪?だし、黒いピアスしてるし!もしかして白石くんって不良!?


(た、助けて四条くん!)


同じクラスの四条くんに助けを求めると、さも「お前が悪い」と言わんばかりに。盛大にため息をつかれた。舌打ちされたのは私なのに!



すると冷え切った空気を、さらに凍らせる冷たい声が響く。


「この寮では絶対うるさくすんなよ。分かったか?」

(こく、こく)


白石くんの後ろに鬼が見える……!あまりの迫力に頷く事しかできなかった。すると遊馬先輩が「つれないなぁ」とヤレヤレのポーズをとる。


「翼クンってば、すぐに〝うるさい〟だの〝黙れ〟だの。そんなんじゃ女の子にモテないよ~?」


その言葉に反応したのは、白石くんではなかった。あの柔らかい笑みを浮かべる人だ。


「入学手続きで翼くんを見たけど、女子からの反応は満更でもなかったよ」

「翼クンってモテるの?うそー!意外だよ!」

「だー、もう。うっさい!紫温さんも黙って!」


「紫温さん」と呼ばれた人は、メガネをかけたら似合いそうな、スラッとした顔だちだ。先生から「フユ校の生徒会長」って言われてたっけ。遊馬先輩と同じくらい背が高い。というか、イケメン全員が高身長。ハイレベルな領域における、どんぐりの背比べだ。


「三年A組、氷上紫温。フユ校で生徒会長をやっているよ」

「ってことはフユ校の生徒会長に、ナツ校の副生徒会長が、同じ寮にいるって事ですか。なんかスゴイですね!」


拍手しながら言うと、遊馬先輩は笑った。


「副生徒会長っていってもさぁ、ナツ校の生徒会長は今ボイコット中。だから俺が生徒会長代理で〝合同会議〟に出てるんだよ~。もう最悪!」

「合同会議?」

「校舎は分かれているけど、部活を始め文化祭や体育祭は合同で行うんだよ。そういう打ち合わせを、二校揃って定期的に行ってる。それが合同会議」

「なるほど、大変そうですね」


すると遊馬先輩の顔に、影が落ちる。



「紫温くん、全く手加減してくれないんだもん。俺ってまだ二年生よ?だから次の会議は譲ってよ~。〝体育祭の予算もぎ取ってこい〟ってナツ校の奴らから言われてるんだって~!」

「そう言われても、俺はまだ本気を出してないんだけどね」

「わー!真顔で言うのやめて!えぐいから~!」


どうやら私のことは忘れてしまったらしく、二人は生徒会の話で盛り上がっていた。そんな姿を見た白石くんは、無言で席を立ちリビングを離れる。……このまま解散?まだ何の説明も聞いてないよ⁉だけど白石くんにならって、四条くんも席を立つ。待って待って。四条くんまでいなくなっちゃったら、私……!

――パシッ。


「……なに?」

「あの、その~」


急いで追いかけ、離れていく四条くんの手を握った。だけど返ってきたのは、表情一つ変わらないクールな四条くん。


「ごめん、何でもないっ」

「……」


クールな雰囲気に負けてしまい「寮を案内して」と言い出せない。そんな私を見て、四条くんは「はぁ」とため息をついた。


「おいで。中を案内するから」


私が握った手をスルリとほどき、四条くんは先を歩いた。案内してくれるんだ……。意外に優しい人なのかな。


「アパートと同じで、トイレとお風呂は備え付け。あ、お風呂に入ってる時は必ず鍵を閉めること。覗きだなんだって言われたくないし」

「言わないよ!」

「トイレは二つある、玄関入ってすぐと、廊下を進んだ一番奥。もちろん鍵を、」

「かけます!」

「ふっ、それは当たり前か」


今まで無表情だったのに、いきなり力が抜けたみたいに。目を細めて四条くんが笑った。レアな光景!



だけど「ここが翼の部屋ね」と、ノックもせず次のドアを開ける。

――ガチャ。


「入る時はノックしろっていつも言ってるだろーが!」

(ひぃ!やっぱり激怒ー!)


クッションをブオンと投げられたので、急いで扉を閉める。


「ごめんね白石くん!」

「で、隣の部屋が千里。その隣が俺」


白石くんに謝る私の姿は見えてるのか、見えていないのか。はたまた見えてもお構いなしなのか、四条くんは変わらず案内を続けた。あの白石くんを前にしても動じない鋼の精神。四条くんって、怖いもの知らずだ。


「ってことだけど。大体わかった?」

「うん。メモしたから大丈夫っ」


案内が終了する頃には、スマホに打ち込んだメモがすごい量になっていた。これ全部覚えられるかな?


「それにしても四条くんはいつ寮に来たの?」

「一週間前。小学校の卒業式が早かったから、すぐ引っ越してきた。翼もそう」


そっか。学校が違うと卒業式の日も違うもんね。県が違えば、なおさら。


「あ、そうだ。この寮だけ学食ないから。ご飯は自分で用意して」

「なんで!?」

「俺たちが行くと、食堂が混雑して迷惑になるから。でも食堂を利用できないお詫びとして、特別に学校が食費をくれてる。たっぷりじゃないけど、贅沢しなかったら普通に足りる。近くにスーパーもあるし」

「なるほど。大変だね……」


誰も悪くもないのに食堂を出禁にされ、自炊を強いられる皆……ものすごく不憫だ。けど当の本人たちは、案外気にしていないらしい。ばかりか好きな物を食べられるから、喜んでいたりして。



「みんな自炊しなさそうだよね」

「各自、自由に買って食べてる。そうだ、連絡先交換してもいい?」

「う、うんっ」


急に連絡先を交換なんて。ドキドキしながらスマホを出す。すると自分のスマホを操作しながら、四条くんが呟いた。


「ふとした時に、欲しい物って出てくるでしょ。そんな時、誰かがスーパーにいてくれたら、ついでに買って来てもらってる。千里はよくスーパーに行きそうだから」

「そんな理由で連絡先を……。でも、ちょっとした買い物って例えば?」

「……牛乳、とか」


少し間を置いて、四条くんが答えた「牛乳」。なんだか可愛くて、思わず吹き出した。


「ふふ、うん。牛乳ね、必要だよね」

「……もう案内終わり。トイレ・バスつきで洗濯機も備わってるから、基本この寮から出ることはない。洗濯は各自。各部屋は自分で掃除、共有スペースは気づいた人がやる。何か質問は?」

「ない!たくさんありがとう。四条くんのおかげで助かったよ」


こんなに親切な人だと思わなかったから嬉しい。同じクラスだし、このままどんどん仲良くなりたいな!


「ねぇ千里」

「ん?」


ルンルン気分の私に、言いそびれた事があったらしい。四条くんは、自分の部屋に入る前に止まった。


「学校では俺と一緒に住んでるって言わないこと。もしそんなこと言ったら、」

「大変なことになるね。主に私が!」

「分かってるならいいけど。千里はなんか心配。よくそそっかしいって言われない?」

(言われる!)


なんでバレたの!?って顔を一生懸命に隠していると。笑いながら、四条くんが私に握手を求めた。



「明日からよろしく、千里」

「よろしくね、四条くん!」


そして四条くんは自分の部屋へ戻った。隣同士の部屋だから、困ったことがあったら四条くんに頼ってもいいかな?いいよね、だってお隣さんだもんね!

四条くんに続き、私も部屋へ入る。すると、いつ運び込まれたか分からない私の荷物たちが、部屋の真ん中を陣取っていた。

「明日は入学式だから、今日中に荷解きを済ませよう!」って気合いを入れた。はずなのに、


「それにしても四条くん、思ったより優しい人だったな」


ついつい四条くんのことを考えちゃう――ってダメダメ。早く新しい制服を出さないと、シワになっちゃう!

慌てて手を伸ばした瞬間。

――コンコン。

部屋の扉が、勢いよくノックされる。


「おい……入るぞ」

「ど、どどうぞ!」


この声、白石くんだ!

見事正解し、不機嫌そうに顔を歪めた白石くんが現れる。私の部屋には目もくれず、ただじっと私だけを見つめていた。かと思えば、ズンズンと大股で歩き、私の前で立ち止まる。


「俺、さっき言ったよな?」

「な、何をでしょう……?」


白石くんは「チッ」と豪快に舌打ちをした後。私に思い出させるためか、もう一度ゆっくり喋る。


「この寮では、絶対うるさくすんなよ。分かったか?」

(そうだったー!)


平謝りする私を見て、白石くんは「はぁ~」と。ながーいため息をついた。


「うるさいのは一番〝こたえる〟から静かにしてくれ。あと、ここの壁は薄いから気をつけろよ」

「それってどういう……?」


すると白石くんは、ズイッと顔を近づけた。かと思えば私の耳元で、「〝四条くんが思ったよりも優しい人〟で良かったな」と。さっき私が呟いた独り言を、見事に再現した。



「ここの壁ってそんなに薄いの⁉ やだやだ、プライバシーの侵害だよ!」

「そりゃこっちのセリフだっての! いいから、こうやって怒られたくなきゃ静かにしてろ!」

「うぅ、わかりましたよー!」


頬を膨らませると、不意打ちで白石くんからデコピンを食らう。い、いたい!


「何するの……。って、あれ?」


顔を上げた時、白石くんは部屋から消えていた。もう自分の部屋に帰ったのかな?と思った後すぐ。再びドアが開き、私に向かって何かが飛んできた。


「わ!」


掴みきれず頭上に乗った「何か」。見ると、白い軍手だった。不思議に思っていると、白石くんの声がドアの隙間から聞こえる。


「段ボールで手を切ったらいけねーから。ソレしとけよ」

「ありがとう!助かるよ」

「フン。もう騒ぐなよ」


そして静かにドアが閉められ、私と軍手が部屋に残される。まさか白石くんが軍手を貸してくれるなんて。


「意外に白石くんも親切な人だったりして。って、いけない。聞こえるんだった。よーし、さっさと荷解きをやってしまおう!」


袖をグイッと引っ張り、いざ!

一度スイッチを入れると、元々荷物が少ないのもあってか、荷解きはすぐに終わった。ちょうどお昼を過ぎたくらいかぁ。よし、お昼と夜ご飯の材料を買いに行こう!


段ボールと一緒に置いてあった私の食費を財布に入れる。そして寮から徒歩三分のスーパーへ移動した。

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