第20話 幸せすぎる


 お咎めなし。

 

 それが今回の騒動について、全ての結論となった。

 元々、セルジュ様の疑惑は濡れ衣だ。形ばかりの喚問がもう一度だけあり、セルジュ様の無実は一切の瑕疵なく証明された。

 ジークフリートとマイノー家は、他国の諜報員の介入を許した、というところだが、何らかの具体的な陰謀を働いたわけではない。隙があったことを当主が認めている以上、名声は若干落ちたが、罰は不要とされた。

 それに伴い、アンディール家の娘が働いた狼藉も無かったことになった。何故かクラインを支持する若い騎士が数名いるらしい。

 三方共にお咎めなし、それで手打ちにしておけ、という高いところからの声が聞こえるような裁定。全く、政治である。


「……変ではないかしら?」

「似合ってますよー」

「ねえ、ちょっと? もう少し主人の心情に寄り添ってもいいのではなくて?」


 個人的にも、お咎めなし、である。

 私はあれだけの啖呵を切って勝手なことをしたのに、セルジュ様は快く受け入れてくださった。正確に言うなら離縁など決して許してくださらなかった。

 諸々が完全に片付いた、とある夜。

 薄く透けた白い寝衣ネグリジェを身につけて、その頼りなさをプリシラは助けてくれない。


「それでは、私は失礼しますね」

「ちょっと待ってお願いプリシラもう少しそばにいて。あの……そう……髪の結いが……」

「どうせ解けて乱れるんですから」

「プリシラ!?」


 全く不敬である。さっさといなくなってしまった薄情な侍女に文句を言って、内心の緊張を誤魔化そうとする。顔が熱い。鼓動が痛い。

 どのくらい経ったのか。数時間にも数分にも感じる時間の後、寝室の扉がノックされた。


 ――寝てしまったふりをするしかないのでは?


 一瞬の思いつきに心が揺れる。そんな弱さを飲み込んだ。

 もう、彼に嘘はつかないと決めたのだ。


「どうぞ」


 静かに開かれる扉。セルジュ様がゆっくりと入ってくる。寝巻き姿の無防備さは目に毒だ。


「……寒いのか?」

「いえ、お構いなく」


 ベッドの上で毛布を体に巻きつけ、頭だけを出した姿勢は、確かに寒さに震える姿に見えたかもしれない。実際は暑いくらいなのだが。

 彼は何やら察したように頷くと、ベッドに乗って隣に座る。毛布にくるまった私に寄り添うように座り、そっと髪を撫でてくれた。身を寄せて、頭を軽く預ける。

 ああ。


「……幸せです」

「俺も、だ。……ディーネ」

「セルジュさま、……ん」


 求められるまま、唇を捧げる。触れ合う柔らかな感触。それだけで思考がとろけそうになる。

 ……と思ったら、二度だけで離れていった。


 ――いえ、違う、違います、物足りなくなど思っておりません。


「ひとつ、いやふたつ、言っておくことがある」

「……まあ。ふふ。いつぞやを思い出しますわね……貴方とのお話は、幾つであっても幸いですわ」

「光栄だ。今の俺なら、それが世辞ではないこともわかる」


 小さく笑い合う。


「今回のことでは迷惑をかけた。貴女に助けられた。改めて、礼を言いたい」

「迷惑などと。元は私が持ち込んだ災いですもの」

「そんなことはない。貴女を危機から遠ざけたいのは、今も同じだ。だが、今は……貴女と共にありたい」

「…………ありがとうございます。その。私も、勝手をしないよう……心がけますわ」


 共に、という言葉に込められた誠実が、私の心に絡む裏切花の根を解いてくれる気がした。本当に、光のようにまっすぐな人。


「それはそれとして」

「はい?」


 光のように身を焦がす熱量を感じる。思わず毛布を引きずり後ずさる。


「夜中に、一人で。男を……いや女だとて……訪ねるとは、許し難い」

「あの、それは」

「俺は貴族であり、法務官であり、貴女の良き伴侶を目指す者ではあるが。――その前に、ただ貴女を愛する男であることを、思い知っていただく」

「待ってください待ってもう存じておりますからお願い待っ――」


 嗚呼、覚悟はしていたつもりだったけれど。

 満月が薄れ、朝日が上り、二人で太陽の神にお祈りするまでに何があったか。


 ――幸せすぎる。ここにはこれ以上書けません。


〈了〉


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏切花と天秤 ~暗殺一族の娘ですが、冷徹な法執行官に溺愛宣言されました。嘘はつかない方なので覚悟していましたが想像以上でした。ここにはこれ以上書けません〜 橙山 カカオ @chocola1828

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画