第18話 決着
ジークフリートの剣筋は、まさしく騎士のそれだ。
剣の重み、鍛え上げた膂力を活かした、一撃必殺の斬撃。甲冑の重騎士を一刀両断し、馬まで切り裂いたという評判は真実かもしれない。
「ちぇええええええいッッ!!!」
空気を震わす裂帛の気合い。頭上から襲い来る剣に、剣を合わせて防ぐ。真正面から受け止めては力負けするだけ。刀身を横から叩いて軌道をずらし、空いた隙間に身を躱す。
これで六合。
六回の切り結びを、私は無傷で切り抜けていた。
「ちぃッ!」
絨毯に突き刺さる前に剣をぴたりと止め、私の反撃の突きを躱してジークフリートが飛び退く。その瞳に、疑念の色。
「貴様。暗殺者の剣技ではない、それは」
「慧眼ですわ。私、暗殺者としては未熟ですの」
闇に潜み、不意を討つのが暗殺者の技。戦闘になった時点で暗殺としては失敗だ。
だから私は落ちこぼれだった。
正々堂々、真正面から、一対一の戦闘しか得意がないなんて。
「ふざけやがる……!」
ジークフリートが再び踏み込む。こちらからも絨毯を蹴って飛び込む。剣と剣がぶつかり合う。力負け、と見せて勢いを利用するように回る。スカートがふわりと舞い、フリルが揺れる。長いスカートは私の足捌きを隠してくれる。ショールが肩の動きを、ヴェールが視線と呼吸を隠す。灯りに揺らめく複雑な黒の縫い込みが距離感を幻惑する。
戦闘におけるあらゆる情報を隠蔽する。決戦礼装〈悲嘆〉の黒は、暗殺対象への弔意を示す。
「しッ」
「ぐ、ぅ……!」
ダンスのような回転で勢いをつけた剣を、ジークフリートがかろうじて防ぐ。自然と剣に向く視線を避けて逆側へ。剣を引き、刀身を隠すように背を向ける。脇腹を抜くような突き。これもぎりぎりで弾かれる。鋼を仕込んだヒールで足を踏みに行く。咄嗟に足を引いたジークフリートの体勢が崩れた。
傾いだ身体を迎えに行くように剣を振るう。
凡百の騎士ならこれで終わっている。だが相手は勇猛伯だ。
「おおおおおおおおおおッ!」
相打ち上等とばかり、守るのではなく反撃してきた。いや、相打ちではない。骨を断たれてもなお命を切り伏せるという覚悟。これが戦場を幾度も生き抜いた男の勇猛か、と内心で敬服する。
だが、と胸の内で抗う声がする。
圧力すら感じる鋭利な殺気。だがセルジュ様の眼光と知性の方が鋭かった。
恐怖にこわばりそうになる身体。だがセルジュ様に愛を囁かれている時の方がどきどきした。
敗北し、全てを失うかもしれないという予感。だが、私にとっての『全て』とはセルジュ様の未来のことだ。
勇猛も、陰謀も、暗殺にも。
「セルジュ様をッ! 阻ませるものですかッ!!!」
身を引きながら剣を振り抜いた。刃がすれ違い、互いを切り裂く。
ジークフリートの剛剣は、私の胸元のフリルを。
私の剣は、振り抜かれるジークフリートの腕の内側の腱を。
黒い布と、赤い血が舞った。
「――勝負、ありました」
剣ががらんと落ちる音を背景に、宣言した。
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