第13話 陰謀の出所

 数週間ぶりにくぐる実家の門は、なんとも重苦しい雰囲気に思えた。

 セルジュ様と暮らす集合住宅アパルトマンの扉はあんなにも軽やかで、開けるたびに幸せになるのに。ため息をつきながら邸の奥へと入り、祖母の執務室へ向かう。

 ノックしようとした重厚な扉が、向こうから開いた。華やかなドレス姿の美人が飛び出してくる。


「ババア、覚えとけ! いつか絶対ぇその首ぶったぎってやる!」

「礼儀がなってないね。まだ訓練したいと見える」

「月のない夜道にお気をつけあそばせ、ごきげんよう!」


 祖母と言い合いながら出てきたに苦笑する。


「クライン。久しぶりね」

「姉さ……姉貴。さっさと帰ってこいよ、姉貴が出てってから訓練が倍なんだぞ」


 弟は私より長身ではあるが、化粧の効果もあってドレスがよく似合っている。アンディール家の嗜みとしての変装術だが、弟は実に筋が良かった。

 色仕掛けが私より上手だと祖母が言っていたし。


「ううん……今のところ帰る予定はないわ」

「そんなにあの眼鏡がいいのかよ」

「セルジュ様をそんな呼び方して。怒るわよ」

「今の姉貴が怒っても怖くねーっての。じゃーな」


 完璧な淑女の礼カーテシーを示して静々と去っていく弟を見送り、祖母の執務室に入る。


「ごきげんよう、お祖母様。クラインにあまり厳しくなさらないでくださいな」

「ふん。いつか、なんて言ってるからダメなんだよあの子は。用向きはなんだい」

「セルジュ様について噂が流れていることをご存知ですね。あれはお祖母様の仕業ですか」

「『暗殺を隠蔽している』っていうあれかい。わかりきったことを聞くんじゃないよ。時間の無駄だ」


 苦笑する。まあ、そうだろう。


「お祖母様のやり口ではないとは思っていました。出所に見当がついているなら教えていただきたくて」

「十中八九、マイノー家だろう。ただね……」


 珍しく、祖母の歯切れが悪い。


「勇猛伯殿にしてはやり方が繊細だ。自然発生した噂にも思える。うちとしても迷惑だが、今のところただの噂だ。追うにしても少々面倒だね」

「……驚きました。お祖母様がそこまで言うなんて。では……深い陰謀があると?」

「あるいは本当に、ただの無邪気な噂か、だ」


 作為のない噂ならばじきに消滅していくだろう。セルジュ様が清廉にして潔白であることは、貴族ならば誰もが知っている。だが、何者かの作為があるとしたら……。裏切花の娘わたしという、ある意味でのがぶら下がっている現況は、あまりによろしくない。

 祖母も手こずる深い陰謀があると仮定して動く必要があるようだった。


「何か情報があれば、すぐに知らせていただけますか」

「……いいだろう。あんたもしっかり働くんだよ。天秤宮と王宮の『耳』が最近は動きにくい」

「言われずとも。セルジュ様にご迷惑をかけるわけには参りません」

「実家には迷惑をかけていいってわけかい、馬鹿孫」


 『耳』の存在を伝えているのはバレているようだ。微笑んでみせる。多少でも挑発的に見えているといいのだが。


「良い機会ですから、時代錯誤の暗殺などやめて、天秤宮と本格的に協力関係を結べば良いのではないですか」

「……本当に馬鹿だね。もうお行き」

「はい。息災で」


 頭を下げて、部屋を辞す。使用人たちにも挨拶をしてからアパルトマンへ帰る。

 祖母の深いため息が、その日はなんとなく耳に残った。

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