第11話 幕間

 マイノー家の当主、ジークフリート・マイノー。

 十代の初陣で首級を挙げて以来、伯爵家の主でありながら最前線で戦功を重ね、勇猛伯と称される男だ。

 その異名に相応しい、よく通る大声がマイノー家の書斎に響いた。


「下手人の身柄を引き渡せないだと!?」


 拳が机を叩く。重厚な黒檀の机が軋む。手元には手紙、というより無機質な通知の書類。次男であるアンソニに毒入りのワインを飲ませようとした犯人について、身柄はあくまで天秤宮が処理するためマイノー家には渡せないという通知だった。

 その書類の一番下に記された署名を見て、ジークフリートの歯がぎしりと鳴る。


「ダリオ・ファイーズ……!」


 同年代で最も腕の立つ騎士といえば、ジークフリートかダリオであった。軍功はジークフリートの方が大きいが、政治の面ではダリオの方に名声があることをジークフリートも理解している。


「騎士たる身でありながら、法などとつまらぬものを喚く愚か者が……」


 騎士、貴族にとって最も重要なものは忠誠であり、名誉だ。そうでなければ王を戴き民を守るという国の形は保てない。ジークフリートはそう考えていて、だからこそ天秤宮などという存在は認めていなかった。

 今回の事件は明確に、マイノー家の名誉に対する挑戦だ。ならば下手人は首を晒すべきだった。未遂にとどまったとしても。それがジークフリートの、あるいは貴族たちの一般的な認識だった。


「……アンディール家の娘が嫁入りしたと聞く。あるいはアンディール家の謀略か……? 穢らわしい暗殺一族め」


 机にぶつけても収まらない怒りを内に溜め込みながら、ジークフリートは呟く。王への忠誠を口にしながら、忠臣であるマイノー家を害そうとするアンディール家と天秤宮。どう対処すべきか考えを巡らせるところに、扉がノックされた。

 訪れたのは、次男のアンソニだ。

 端正な細面に笑みを浮かべて告げる。


「父上。俺に考えがあります」



 セルジュ・スターツは暗殺をもみ消している。そんな噂が流れはじめたのは、その数日後であった。

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