第四章 違和感とヒガンバナ
どうやらこの世界にも四季はあるみたいで、私とあずきが出会った時期と比べると、日が暮れるのがだいぶ遅くなったように感じる。あずきのあの提案から早一か月程が過ぎ、季節はもうそろそろ夏へと差し掛かろうとしていた。
そんなまだ暑すぎず、でも程よく温かくもない室内の中、リュックに物を詰め込んでいる私の背後ではさっきからブーブーと文句ばかりが聞こえてくる。
「えぇ~これも持っていくの、荷物が重くなっちゃうよ」
「仕方がないでしょ、これでも軽くなった方なんだから文句言わないの」
「ちぇ~。まぁ、キャンプ道具一式持っていくよりかはマシかぁ」
引き続きあずきはまた荷造りへと取り掛り始める。
この一か月の間、私達が何をしていたのかというと泊りがけの旅の準備をしていた。結論から言うと、あれから色々と考えた結果、私達はあずきの提案した線路に沿って旅をするという案を採用することにし、最初の目的地として(これもあずきが提案した)ドリーマーランドへと赴くことになった。案外、旅の方法や行先は決定するまで数日しかかからなかったのだが、ではなぜ私達が一か月も時間を弄したのかと言うと、それは主に寝泊まりについて議論していたからだった。食事の面に関しても、お互い最低限の食事だけ持っていき、後は行った先々の駅の近くのコンビニなどで補給をしたら良いという考えで直ぐにまとまった。しかしながら、寝泊まりに関しては、何があるかわからないからキャンプ道具などを持参して寝泊まりをした方がいい、という野宿派の私とせっかくだからホテルで寝泊まりがしたい、というホテル宿泊派のあずきとに分かれてしまいお互いがお互いしばらく意見を譲らなかった。
最終的にどうなったかというと、実際にアウトドアショップに行き、必要なものを揃えて試しに荷造りをすることになった。その結果、よくよく考えればこんな重い荷物をあずきはまだしも私みたいな体力のない人間がもつのは不可能に近しい行為であり、仮に持てたとしても普段歩くスピードの十分の一程度になってしまって効率が圧倒的に悪すぎる、という結論に達し、私が折れてあずきのホテル宿泊案を採用することになった。
「ふんふんふ~んふふふふ~」
旅先に持っていく服を畳みながら楽し気にあずきは鼻歌を歌う。旅の前日、ということもあり、今日の彼女はいつにもまして鼻歌だったり独り言だったりが多かった。
「なんだかあずきちゃん、修学旅行の前の日みたいね」
「だって、ドリーマーランドに行くんだよ!修学旅行よりも楽しみ!」
そう言うなりまたあずきは鼻歌を歌いながら服を折りたたみ始める。そんな彼女を横目に私は結構切羽が詰まっている状況なのに純粋に楽しもうとしていて羨ましいな、と思ったりする。
楽し気に背後から聞こえる鼻歌がサビくらいまで来た時、急に何かを思い出したようにあずきは私の方へと振り返る。
「あ、そうだ!みやちゃん」
「何?」
作業をする手を止めずに私は声だけであずきに反応する。
「ドリーマーランドに行ったら何に乗る?絶叫系とか?」
「そうね……」
オーマイゴット。私は心の中で頭を抱える。何を隠そう私は絶叫系が苦手なのだ。どのくらい苦手かというと、小さな遊園地にある子供用のちゃちなジェットコースターすら足がすくんで乗れないほど。そうしてそのせいで、テーマパークに誰かと行ったとしてもほとんどの時間地上から乗り物に乗っている人々を眺めるだけで終わる、なんてことが多々ある。
「ごめんなさい。私、ジェットコースターみたいな絶叫系は乗れないの」
「そうなの!?」
物思い気な私の姿を憐れんでなのかあずきは顔の文字を「喜」に変える。
「私、てっきりみやちゃんは絶叫系に乗れるものと思ってたよ」
そんなにポーカーフェイスできるほど私は冷静な女ではないのだ、と私は心の端っこで叫ぶ。だけど、それはあくまで心の声なのであって私は顔には出さずに冷静を装う。
「そんなことないわ。逆に聞くけれど、あずきちゃんは乗れたりするの?」
「ううん。」
今度はあずきの顔の文字が「苦」へと変わる。
「私も、実はそういうのが苦手で……」
「なんだか意外ね」
苦手なのか。かなり意外だが私は内心なんだか少しほっとする。あずきみたいな性格が明るいタイプでかつ絶叫系が得意な人は、苦手な人でも半ば強引に乗せようとする人が多いから、助かった。いやしかし、テーマパークなら全国に山ほどあるのになぜあずきがディステニーランドにご所望なのかが少しわかった気がする。ドリーマーランドは比較的絶叫系が少なく、苦手な人でも楽しめる乗り物が多いからだ。
「よく言われる。でも、苦手なんだけど、友達と行った時なんかは乗っちゃうんだよね」
あははははとあずきは自嘲気味に笑った。
「怖くないの?」
いくら人に合わせるためとはいえ怖いものは怖いだろうに。
「うーん。勿論、ものすごく怖いんだけれど、空気を壊したくないというか……」
あずきの顔の文字が「微妙」に変わる。そんなあずきに私は尊敬の念を送る。
「凄いね。私なら否が応でも乗らないわよ」
「ふふっ。みやちゃんらしいや。全然すごくないよ。私、普段誰かといると周りに合わせちゃってばかりだから、自分の持っている色?みたいなのがなくて。みやちゃんみたいな私は、私!って貫ける人が純粋に羨ましいって思っちゃう」
「そんなの、一人になれば誰だって出来るようになるわ。私はあずきちゃんみたいに誰かと歩幅を合わせることができる方が凄いって思う」
物凄い才能だと思う。本当に。私は、それができなかったから教室でも孤立していたのに。少し前までは自分もそれができていたはずなのにいつの間にかできなくなってしまった。だから、いや、これ以上は考えるのはやめよう。自然に下を向いてしまっていた顔を前に上げるとなぜだかあずきの顔の文字が「驚嘆」に変わっていた。
「どうしたの?」
「いや、なんだかそういう褒め方をされたことがなかったからびっくりしちゃって。みやちゃんは褒め上手なんだね。また一つみやちゃんのいいことを知っちゃたよ」
くるくるくるとまたもやあずきの顔の文字が回転しながら変化し、「喜」になる。そんなことない、あずきが凄いから感心していただけだ。私が凄いのではない。他者と空気を通わせれるあずきが凄いのだ。私はまた荷造りに取り掛かる。今日はいつにもましてあずきの表情が豊かな日だ。
翌日、私達は昼頃からピークになる暑さを考慮して早朝から出発した。
「朝だけど、あっついねぇ。溶けちゃいそうだよ」
家の前の道路に出てすぐ、麦わら帽子を被っているあずきが掌を頭の上にかざす。
「確かに、すごく暑いわね」
私も同様に頭の上に手で影を作る。天気予報があれば、なるべく涼しい日を選んで出発していたのに。こんな時にもじりじりと照り付ける太陽に私はにらみを利かす。
「ところで、みやちゃんや。今日の予定ってどんな感じだっけ?」
相変わらず帽子を被っているのに、手を頭の上にかざしながらあずきは隣にいる私へと身体を向ける。なんてこった。昨日さんざん確認したのにあずきはもう忘れているみたいだった。
「昨日さんざん教えたでしょ?」
「えへへ。ごめんごめん。で、どこだったっけ?」
私の語気に反応してすぐさまあずきの顔の文字が「謝罪」へと変わる。全く。はぁ、と少しため息を交じわせて私は説明をする。
「今日はとりあえず県境付近かそれを少し越した辺りの駅まで行って、その近くのホテルで泊まる予定よ」
正確な距離もわからないし、昼から夕方にかけてはここ最近の暑さだと猛暑になりそうだったので、移動するとしても早朝からお昼前辺りまでになるべく距離を稼ごうと私達は計画したのだった。
「そうだった、そうだった」
「貴方ねぇ」
「でへへ。では、気を取り直して。早速レッツゴーだよ、みやちゃん」
「はぁ……そうね。進みましょうか」
切り替えの早さに感嘆していいのかそれとも軽蔑の念をおくるべきなのか。いい意味でも悪い意味でも能天気なあずきの歩幅に私は合わせる。
初日の旅は、太陽がちょうど頭上あたりに上がったタイミングで切り上げることにした。幸い、目標であった県境近くの駅にたどり着くことができたので、今日はその近くで宿泊先を探す予定にする。
「いやはや、疲れましたな~。」
小さな小屋のような駅のホームへと入り、ぱたぱたぱたと手うちわで自身の首元をあずきは仰ぐ。
「お疲れ様」
「みやちゃんこそお疲れ~足大丈夫? 私、早くなかった?」
「えぇ、大丈夫だったわ。あずきちゃんが私に合わせてくれたおかげよ。ありがとう」
毎日しこたま歩いているせいなのか最近、足の感覚が不思議と自転車のペダルをずっと空で回しているような感覚になっている。おかげでそこまで足が疲れることなく(あずきが気を利かして私に合わせてくれたのもあるが)無事に今日の日程を終わらせることができた。
「そんなことないよ。相変わらずみやちゃんは私のモチベーション上げるの上手だな~」
あずきの顔が「嬉」に変わる。
「少し休憩したら、寝泊まりするところを探しましょうか」
バッグの中から汗拭きタオルを取り出し、私は汗を拭う。
「そうだね!探そう!どんなとこがいいかな~」
うひひひひとあずきは笑った。
ホテル探しとはいえ、日中の炎天下の中を歩かなければいけない、ということを完全に失念していた。陽炎のせいで揺らぐアスファルトを見つめながら、早く探さなければと私は空回りの足を動かす。
「意外に見つからないものなんだね。駅の側って大体ホテルがあるのかと思ってたよ」
熱波にやられ、さっきまでの威勢が無くなったあずきは体を這わせるようにとぼとぼとゆっくり足を動かす。
「そう、ね」
滴ってくる汗をぬぐいながら私もまた足を前に出す。
「うへ~暑いよ~」
耐えかねてあずきは帽子を被っているにもかかわらず顔をあえてお日様の当たる方へと上げる。ホテル探しを始めて、早十分、私達はホテルを一向に見つけることができていなかった。
田園風景が広がる、とまではいかないものの交通量が少なく、駅の中も無人の改札があるだけの小さな駅という時点でホテルなど皆無に等しい、ということをある程度予想しておかなければいけなかったのに。歩みを進めるたびに重たくなっていく足と体中から滝のように流れ出る汗がだんだんと私の身体を蝕んでいっているのを感じる。
また一段と歩くペースも落ちてきて、もう一駅歩いた方が良かったのではないかと思い始めた矢先、トータルでニ十分程かかったくらいでようやくビジネスホテルの看板が私達の目についた。
「あった!」
あずきが看板を指さす。長かった。ようやくだ。心臓をバクバクさせながら歩いたせいで喉が渇く。私はリュックに入れた清涼飲料水のペットボトルを取り出して口に含む。汗をたくさんかいたせいか、少し甘いはずの飲み物も味のない水のようににごくごくと飲めてしまう。
「今日はここに泊まりましょうか」
飲み終わってあずきの返答を待つことなく、私は足をホテルのある方向へと向かわせる。
「そうだね! そうしよう!」
あずきの顔の文字が「辛」から「嬉」へと変わる。
獲物を捕らえた捕食者のように私達は、急ぎ足でホテルのロビーへと駆け込む。
「ようやくついたね」
中に入るなり、少しばかり手に持っていた荷物とリュックを早速、あずきはソファへと置く。
「長かったわね」
それに合わせて私も持っていた荷物を全て地面へと投げ出すように置く。空調は全く効いていないものの外よりも何十倍も涼しい。
「もう汗でぐっしょりだよ」
あずきは荷物をおいたソファへとゆっくりと腰を下した。
「とりあえずご飯はまた夕方くらいに買い出しに出かけるとして、まずはシャワーを浴びるのと荷物の置き場所を確保するために部屋に行きましょうか」
「うん!」
「じゃあ、まず初めに、」
「鍵を探さないとね」
ソファに座ったままあずきは脱力して沈み込んでいく。
「そうね。まずは、フロントの方から探しましょうか」
フロントはどこだろう。それらしきものがないか私は周囲を見渡す。
「そうだねぇ、ふぁぁぁぁ。んんっ。みやちゃん、眠くない?」
「眠くないわね」
それっぽいパソコンやらボールペンが立てかけてあるのを見つけたので、私はそっちに足を運ぶ。
「凄いねぇ。もう、私は眠くて、眠くて」
ふぁぁぁと再度あずきは欠伸をする。汗をめちゃくちゃにかいてるそばからよく眠れるな。少し気になってあずきの方を振り向くと彼女の顔の文字は「眠」へと変わっていた。
「あずきちゃん、昨日興奮して寝られなかったからじゃ、」
そんなあずきを見ていたせいか、ふぁぁぁとつられて私もまぬけな欠伸をしてしまう。そういえば、あずきは昨日ずっと何かしら動き回っていた気がする。
「やっぱり、みやちゃんも眠いんじゃない?」
あずきはソファに座ったままで足をプラプラと上下に動かす。
「あずきちゃんの欠伸が移っただけよ」
「ふ~ん?」
あずきは微塵も動く気配を見せない。どうやらもう鍵を探す気力は残っていないらしい。ずっと歩きっぱなしだったし、仕方がないといえば仕方ないな。今は私が頑張るところだ。
「少し休んでて。私が鍵探すから」
「了解~」
そう言うなりあずきはまたぐったりとソファに寝転び始めた。
まずは……早速私は引き出しを開ける。やっぱりここがフロントであっていたみたいで、ホテルのフロアガイドだったり、お客様対応マニュアルだったりホテルに関する資料が続々とでてくる。だがしかし、肝心の鍵らしきものは一向に出てこない。
「どう見つかった~?」
五分程経って、遠くからあずきの間延びした声が聞こえてくる。
「まだよ。少し待ってて」
ぼやくくらいなら一緒に探してくれてもいいのに。また引き出しを一つ、一つと私は開ける。
しばらくしてあれやこれやとフロントのありとあらゆる鍵のかかっていないところを漁ってていると、ようやく中から一つだけクレジットカードのようなものが出てきた。
「おっ、やっと出てきた?」
もしかしてこれだろうか、と私が訝し気にそれを見ていると、丁度タイミングよくあずきがやってくる。
「らしきものは」
私はそれを手の中に収める。
「でも、どこの鍵だか分からないね」
あずきも私同様、訝し気に顔を近づけてそのカードを眺める。
「そうね」
「手当たり次第に鍵と合う部屋を探すか、それとももう少し探してみるしかない、か……」
「それしかなさそう」
困ったな。いや、しかし、何故鍵が一つだけこの引き出しにあったんだろう。誰かが入れっぱなしにしたまま放置した?いや、もしかして、誰か、
「うん?はっ!もしかしてこれは!みやちゃん、私わかったかもしれないよ」
僅かな可能性に期待をかけようとしていると、わざとらしい掛け声と共にあずきが私の肩を叩く。
「これは、多分、マスターキーってやつなんじゃないかな?」
あずきの言った通り、引き出しの中に入っていたカードはホテル内すべての客室を開けることのできるマスターキーだった。物は試しに一番フロントからの距離が物理的に近い客室へとカードを通すと、カチッと中から音がしてドアに開錠を示すグリーンのランプがなんとついたのだ。
「いやっほーい!」
部屋の中に入るなり早速、一目散にツインベッドの窓側に近い方へとあずきがダイブをする。
「あまり騒いじゃダメよ。何が起こるかわからないんだから」
念のため誰かいる可能性もあるので、私は部屋の鍵を閉める。
「みやちゃん」
「どうしたの?あずきちゃん」
うつ伏せになった体を仰向けへと変え、あずきは大の字になる。
「どうせなら、一番上の階に泊まろうよ。多分スイートだよ、スイートルーム」
スイートか、泊まりたいのは山々だが…私は心を鬼にする。
「気持ちは分かるけどあずきちゃん。何が起こるかわからないからとりあえず今日はここで我慢して」
「今日はってことはさ。次に止まるホテルは一番上の階に泊まってもいいってこと?」
なんだか小学生みたいな揚げ足の取り方だな。そんな取り方をされると頭を悩ませてしまう。
「うーん。今日大丈夫だからって次の日が大丈夫だとは限らないし、いつ何がおこるかわからないから難しいわね」
「えぇ~!?スイート泊まりたいよ~スイート~」
大の字のまま手足をじたばたとあずきは動かし始める。まずい。こうなればしばらくあずきは止められない。
「スイート~スイート~」
大怪獣スイートは私の考え込む時間を与えずそのベッドを激震し始める。仕方がないが折衷案といくしかなさそうな気がする。
「わかったから、落ち着いて頂戴あずきちゃん。こうしましょう。ディステニーランド近くのホテルに宿泊するときだけ、一番上の階のホテルに泊まりましょう。比較的、安全だと思うし。それ以外は何が起こるかわからないからなるべく地上に近い階で、ね」
「ほんと?」
揺れを起こしていたあずきの手足が止まる。
「ええ、ほんと」
「よっしゃー!!!!!!!!!」
あずきの顔がくるくると変わり「眠」から「喜」に変わる。私は本当に同い年の相手をしているのだろうか。けれども、改めて見るとあずきは本当に表情が豊かな娘なんだろうな。表情は見えないのにこっちまで微笑ましくなる。
「そうと決まれば、ロビーに置いた荷物を取りに行きましょうか」
「はいよっ」
あずきはベッドの反動を最大限に生かして勢いよく立ち上がった。
初日ということもあり、疲労も激しかったせいか荷物を部屋に運びシャワーを浴びた後、私達は死んだように眠ってしまったまま、翌日を迎えた。
「結局、ご飯食べずに朝を迎えちゃったね」
部屋の洗面所で鏡を見ながらあずきは自信の頭を撫で回す。一見、髪を整えているようにみえるが、球体を外していないようなので何をしているか本当のところは本人のみぞ知るところだ。
「ええ」
ベットで座り、そんなあずきの後姿を眺めつつ私は今日の支度をし始める。まだ日は上っていないし、今から出発の支度をすればちょうどいい時間にホテルを出られそうだ。
「みやちゃんは朝は何か食べる?私、あんまりお腹空いてないからご飯たべないかも」
相変わらず洗面所で何かをしながらあずきは声だけ私へと向けてくる。
「私は、少しいただこうかしら。でも意識しなかったらそれほどでもないから出発した後にコンビニに寄って軽食を食べる程度でよさそう」
「なるほど」
「それより、日が昇らない涼しいうちに動いた方がいいからもう出発の準備をしましょうか。」
「え~もう出発?」
早すぎるよ、と言わんばかりに鏡に反射したあずきの顔が「悲」に変わる。
「あずきちゃん、早くディステニーランドに着きたかったらすぐにでも出発するべきよ。」
「それもそうだけど~」
「ほら、早く準備するわよ」
「えぇ~」
あずきはいそいそとベットへと戻り出発の準備をし始めた。
ホテルを出発し、無事に一日目を終えた私達は、それから線路に沿って順当にドリーマーランドへと向かった。途中、お互いが寝すぎてしまったせいで同じホテルで連泊したりしたこともあったが、イレギュラーといえばそれくらいで、特に二人とも体調不良もなく無事に目的地まで辿り着くことができた。
「うっは~きたきたきた~」
ドリーマーランドに到着するなりwelcome,dreamer land!と書かれた大きな輪っかのようなオブジェめがけてあずきが走り出す。
「パークは逃げないからあまり走らないようにね、あずきちゃん」
あずきの後を追って私も駅の改札を抜ける。ドリーマーランドは来客者数の多いテーマパーク、ということもありドリーマーランド駅というパークと駅が直結した専用の駅がある。この駅の存在が難なく私達がドリーマーランドへと線路を伝うだけでたどり着かせた理由の一つだった。
「みやちゃんもこっちに早くおいで~ビップだよ!! 誰もいない私達だけの!」
輪っかを潜り抜けた先にあるパークのエントランスホールであずきは私に向かっておーいと大きく手を振る。なんだか毎回あずきが先行して先に走りだしてこっちに向かって手を振ってくるので、二人でドリーマーランドに行くのは初めてなのに私はものすごくデジャブを感じる。
「あずきちゃん、まずは宿泊先を探しに行かないと」
興奮しているのは分かるがもう少しスローペースがいい。ぜぇはぁ言いながら早足でようやく私は輪っかの前にいるあずきの元まで辿り着く。
「みやちゃんや」
私がたどり着くのを確認するなり、こほんとあずきはいかにもわざとらしい咳をする。また何か考えがあるのだろうか。何が来てもいいように私は身構える。
「実は今日泊まるホテルは、既に決めてあるのです」
やっぱりだ。私はこれまた何故かデジャブを感じる。でも、宿泊先を決めてくれていたのであれば、探す手間が省けるし、いいか。
「どこか泊まりたいホテルがあるの?」
「そうなのです」
待ってました!えっへんと言わんばかりにあずきは顔の文字を「告白」にし、手を腰に当てる。なんだか、いちいち挙動が腹が立つな。
「どこなの?」
「ここです!」
じゃじゃ~んとあずきはパーク内を指さした。
「スイート、スッイ~ト♪ うっは~ふかふかだぁ」
キングサイズのベッドへと勢いよくあずきが飛び込む。今日はいつにも増してベッドへと飛び込む勢いが凄い。対して私は、あずきの寝転がっているベッドとは仕切りを挟んで窓側にある別のキングサイズのベッドに座る。凄い、これがスイートルームのベッドの力。想像以上にふかふかなことに驚く。
今夜私とあずきが泊まるホテルは、ドリーマーランドのパーク内に唯一存在するホテルだ。実はこのホテル、普段は普通の客室ですらなかなか予約が取れないのだが、今回は誰もいないVIP待遇で泊まれてしかもルームはスイートというなんと豪華なこと。初めて私はこの世界でいることに感謝をした気がする。
「うっへ~うひひひひひひ」
形容できない言葉を発しながら顔の文字を「最高」にしてあずきがゴロゴロとベッドを転がり始める。気持ちは山々なのだが、まだお昼すぎだから、これから少しでも時間を有効活用するために予定を立てないと。それに、念のため色々と調べておきたいことが少しだけあるし。
まずはあずきを落ち着かせるため、私は彼女が転がっているベッドへ移動して座る。
「あずきちゃん、これからの予定を立てましょう」
「そうだねぇ、」
まるでお酒を飲んで酔っているかのようにあずきはうひひひと笑う。飲み物にアルコールでも入っていたのだろうか?
「はぁ、あずきちゃん真面目に考えて」
「ごめんごめん、」
はっとしたようにあずきはうつ伏せから起き上がり、ベッドに座る。顔の文字は先ほどと変わりなく「最高」のままだ。全く、反省しているのか反省していないのか。おそらく後者だと思うが。とりあえずなんにせよあずきが少し落ち着いたようなので私は話を進めることにする。
「んんっ。いいかしら。まず、ドリーマーランドに入ってからはあずきちゃんに大方は任せようと思っているの。好きなところに行ってって意味ね」
「了解いたしました」
ぴしっとあずきは敬礼をする。
「その代わり、パーク内に入ってからは最初だけ私についてきてもらっていい?少し確認しておきたい場所があるから」
「了解であります」
再度あずきは私に向かって敬礼をする。これ、私の話、聞いてる?まぁ、いいか。
「ok,じゃあ行きましょうか」
少し休憩をして準備を済ませ、私達はホテルを出発した。
ホテルから出てすぐ、私達は最初にイーストシー鉄道へと向かう。イーストシー鉄道とはドリーマーランドの名物の一つであり、蒸気機関車をモチーフとした乗り物に乗ってパーク内をぐるっと一周するアトラクションのことだ。
「うっはぁ~最高に楽しみだよ~」
「ええ」
パーク内はとても広く最短距離でイーストシー鉄道までは行こうと思ってもホテルからは数十分かかる。けれど、そんなに急いでも何が起こるわけでもないし、時間もまだたっぷりとあるから余裕をもった足取りで私達は進むことにする。
外に出るまでは意識していなかったが、いつも聞こえるはずのドリーマーランド特有の楽し気のある音楽がないことに私は少しばかり違和感を覚えてしまう。奇跡を唄う夢の国に来たのに、なんだか一気に現実に引き戻されそう。しかし、不穏に思う私の一方で隣にいる彼女はそんな事お構いなしに既に誰も並んでいない露店を行ったり来たりしているのだから、やはり人間十人十色なのだなと感じる今日この頃だったりする。
「あぁ!みてみて、みやちゃん、スーベニアだよ!」
早速、何かを発見したあずきが私の袖を引っ張る。
「スーベニア?」
何の記念品だろうか。ハンカチ、とか。
「そう!スーベニア!やったことあるでしょ?」
ほら、とあずきが茶色の自販機を指さす。あぁ、これをスーベニアっていうのか。私はようやくスーベニアとはなんなのか理解する。
「メダル生成器のことね」
「そうそう!早速やろうよ!みやちゃんはどれがいい?」
あずきは自販機にa,b,cと書かれた三種類の絵柄を順繰りに指す。
「私は、別に」
「じゃあ、私が選ぶね!」
細かな移動用にもってきていた小さな肩掛けの鞄の中からあずきが小銭入れを取り出す。
「ふふふんふ~ん、ふふふふ~ん」
鼻歌を歌いながらあずきが百円を生成器の中に投入すると、ジーッという機械音が鳴り始める。三十秒ほど経ち、メダル排出口から銅色のドリーマーランドのネズミのメインキャラクターが記入されたメダルが二つ出てきた。
「はい、みやちゃん、どうぞ。お揃いだよ」
「ありがとう」
私はあずきの手からメダルを一枚受け取る。出来立てほやほやのせいか結構温かい。
「いえいえ~。この調子でパーク内のスーベニア、コンプリートしたいねぇ。」
「そんなに数があるの?」
「そうだよ~エリアごとにメダルの柄が違うのだよ」
「そうなのね」
それを全部集めるためにわざわざ一日かける人とか沢山いるのだろうな、と私は考えたりする。
「ってそれはまた、後にして。とりあえず今はイーストシーだったね。ここから右側に行けば、たどり着けるはず!あ、でもやっぱり確認しとくか」
ちょっと待っててね、とあずきは小走り気味に百メートル程先のホテルへと戻っていく。
少し時間が経ち、すぐさままた小走りで今度は丸めた紙のようなものを片手に持ってあずきは戻ってくる。
「あったあった~」
「それは?」
まさか。
「ふふん」
あずきが紙を広げるとディステニーランド全体の詳細が書かれた地図が出てくる。ちょっと待てよ。なぜ地図があるんだ?
「どこから取ってきたのそれ?」
訝し気に私は地図を見つめる。
「え?ホテルのエントランスにあったよ?」
「そんな……」
ならなぜ、どうしてあの図書館には地図がなかったのだろうか。思えば、動物園の時も全体の地図はあずきが発見してきた気がする。私は視線を地図からあずきへと移す。
「ん?」
けれど、相も変わらず何の疑いもなくあずきの顔の文字には「最高」と書かれてあった。いや、まさかな。あとでホテルに地図があるかを確認しよう。
「あ、やっぱり右側だ」
「本当ね」
疑心は隣に置いて、再び目線を地図に移す。あずきの言った通り、イーストシー鉄道へはここから右に直進するだけで行くことができるようだった。
「では、では気を取り直して、レッツゴーだよ」
十五分程歩いて私達はイーストシー鉄道があるイースタンエリアに到着した。
「みやちゃん、これ乗れたりするのかなぁ?」
あずきがじろじろと動かない黒の煙突が着いた列車を凝視する。
「どうかしらね」
私は列車の運転席の部分を眺める。どうやら運転席には簡易的な緊急停止用のボタンくらいしかないようだ。イーストシー鉄道の列車はあくまで蒸気機関車を模倣しているだけで動源は電力なので、遊園地みたいにどこかに発車と停止をするための装置があるはずだが、探したところで動く気配はみじんもない気がする。
それにしても、予想とは裏腹にこうして遊園地の乗り物が存在していることに私はまた違和感を覚える。ジェットコースターや列車を模した乗り物が消えていないのは公道や鉄道を実際に走っている乗り物じゃないから? それとも単に乗り物判定がされていないからだろうか?
「イーストシーの列車が動かないなら、乗り物全般動かない気がするね」
いつの間にか列車の客席に乗りこんだあずきは車窓越しに私を覗き込む。
「そうね」
私は軽く相槌を打つ。まぁ、乗り物が動いたところで二人共、数えるほどしか乗れないんだけど。
「どうする?みやちゃん。もう少し見ていく?」
「もう大丈夫よ。とりあえず見たいものは見れたからあとはあずきちゃんにお任せするわ」
「了解!」
後はおまかせ、と言わんばかりに車窓越しにあずきが敬礼をした。
「えぇと、まずはねぇ」
いつの間にか取ってきた缶に入ったクッキーを一枚、あずきは口に入れる。絵柄を見る限り、どうやらそれはイーストシー鉄道のお土産コーナーに売っていたもののようだった。
「ほほはいいほほもうな」
「どこ?」
行儀が悪いし、食べながらしゃべったら聞こえないじゃないか。
「ほほ、ほほ」
あずきは地図を取り出し上の方を指す。
「ファスシネイトエリア?」
「ふんふん」
首を縦に振り、あずきは顔の文字を「正解」にする。
「ここで何をするの?」
「ん、アイソに乗ろうかなと思って」
ようやくあずきはクッキーを喉へと流し込む。
「アイソ?」
何?アイスクリーム?
「うん。アイソだよ、アイソ」
ほれほれとあずきはファスシネイトエリアの一番大きな建物をくるくると人差し指で囲む。あぁ、ここか。
「アイソレーションアースのことね」
成程。私はようやく合点がいく。それなら納得だ。
ファスシネイトエリアは、数あるテーマを題材にエリア分けされているドリーマーランドの中でも特にファンタジー作品を主に扱っていて、子供向けのアトラクションが多めのエリアのことだ。中でもとりわけ人気のアトラクションであるのが、このアイソレーションアース。これはなんだというと、全米を泣かしたことでも知られている大ヒット映画が原作の、前半は施設内部を徒歩で探索するいわゆるウォークスルーアトラクションと後半は小舟に乗って場面場面に出てくる人形劇を眺めるアトラクションが併合した大変面白い乗り物のことだ。上述したように前半部分は歩くだけなので、現状景観を見て雰囲気だけを楽しむだけになりそうな私達でも楽しめそうな気はする。
「そうそう!みやちゃんは乗ったことある?」
「あるわよ。数少ない安心して乗れる乗り物の一つだから」
「そうだよね~」
あずきの顔の文字が「最高」から「共感」に変わる。
「それで、次の目的地はここで大丈夫そう?」
「いいよ。あずきちゃんが行きたい場所に私はついていくだけだから、どんどん好きなところに行ってね」
「ありがとう、みやちゃん。そうだ!せっかくだからファスシネイトエリアに行くまでにちょっとおやつとか食べない?何か食べたいものとかあってある?」
「食べたいものね……」
私は少し考えこむ。思えば、今日は朝から何も食べていないな。意識するとなんだかお腹が空いてくる。パーク内で小腹を満たすものといえば、ここはやはりチュロスとかポップコーンとかだろうか。しかし、露店となると私達がここにきてからずっと放置されていたとすると、食中毒を起こしそうだし
「ふふん、迷っているようだね。そんなみやちゃんにはあずきさんがおすすめの食べ物を紹介しよう。じゃじゃ~ん!」
なんてこった。案の定、私が色々と考え込む間もなく、あずきは露店の方を指す。
「ポップコーンにチュロス、カチューシャにジュース、その他諸々雑貨と食べ物が沢山!」
「あの、あずきちゃん」
「何?」
あずきは顔の文字を「疑問」にする。
「言いにくいのだけれど、露店の中にある食べ物は多分腐っている気が……」
「うぇ?」
あずきの顔の文字が途端、「驚」に変わる。
「この世界に私達がきてもう二ヶ月は立っているし、その時からこの露店が放置されているとすれば、中にあるものは当然、賞味か消費かわからないけど、期限切れになってると思うわ。それに夏だし。期限切れじゃないにしろこんな暑さと日に照らされてるものを食べたら多分菌が媒介して、」
「み、見殺しじゃないかぁ」
がっくしと擬音が聞こえてきそうなくらいあずきは肩を落とす。
「仕方ないじゃない」
だって本当のことだし。
「じゃあ、おやつは?」
「そのクッキーだけじゃだめ?」
「せっかく来たんだから露店で何か食べたいよ~、食べ歩きがしたいよ~」
ちらちらとあずきは私の方を振り向いたり、振り向かなかったりする。そんなことをしても、腐りかけなのは変わらないし、食べたところでお腹を壊すだけだ。しかし、放っておくと火を噴く怪獣みたいに次から次へとあずきの口から愚痴が出てきそうなので、何か考えてあげないと。
私が少しあたりを見回すと、丁度良さげなクーラーボックスが目につく。
「そうだ、あずきちゃん、アイスなら大丈夫なんじゃないかしら?」
私はあずきがさっき指した露店とは別の露店を指す。比較的腐るとかいう概念が皆無なアイス位なら大丈夫かもしれない。問題は溶けていないか、だけど。
「いいね!それだよ!みやちゃん!多分、食べられそう!ちょっと待っててね」
早速あずきは露店へと走りだす。
「あったよ!リンゴの形をしたアイス!」
クーラーボックスから小分けになったビニール袋に入った棒付きのアイスを一つ、あずきは取り出してこれ見よがしに見せてくる。
「ちゃんと冷凍庫の冷房は効いてる?」
「うん!大丈夫そう!」
「ならよかった」
それなら大丈夫そうだ。
「みやちゃんも食べる?」
「ええ」
目にした途端、冷たいものが食べたい気分になってくる。アイスとは摩訶不思議な食べ物だ。
「わかった!」
冷凍庫から同じ味のアイスを取り出し、小走りに私の元へあずきはアイスを持ってくる。
「ほいどうぞ。溶けないうちに召っしあがれ~」
「ありがとう。いただきます」
受け取るなり私はビニール袋を破りでてきた棒を手でつかんで一口、アイスを口の中へ放り込む。
「んっ、冷ったいっ」
冷たすぎて味が感じないくらいだ。
「んん~やっぱり、美味しいねぇ」
あずきの顔の文字が「楽」に変わる。
「ええ」
もうひと齧り、私はアイスを口に入れる。瞬間的に夏の暑さを冷たいアイスが少しだけましなものに変えてくれる。しゃお、しゃお、しゃお、と棒状のアイスを真剣に食べる音が隣から聞こえてくる。普段は租借音なんて雑踏に紛れたりして聞えないからなんだか不思議な気分だ。夏なのに蝉一匹すら鳴いていない、今後訪れることのない特別な静寂と熱波が氷菓子を食べる私達をゆっくりと包み込む。やっぱり、話し相手さえいればの話だが、この世界は案外悪くないのかもしれないな。暑さにやられた頭を冷やすように私はまた勢いよくアイスを齧った。
その後、私達はアイソレーションアースの中に入り、小舟の搭乗口手前までを歩いた。小舟は勿論、列車の時と同じように健在していたものの、動かすことはできなかった。前半の建物の内部を歩く部分では、普段は活発に動いている機械人形が大人しく置物になっている様を見ることができ、なんだか閉園後のパーク内を見回っているようでこれはこれで斬新で面白かった。あずきはどうだったか、というと彼女の思っていたものとは少し違っていたらしくまるでお化け屋敷に入ったかのように動かない人形を目にする毎にいちいち悲鳴を上げていた。
「いやぁ、それにしても楽しかったね」
アイソレーションアースの出口へとあずきはゆったりとした足取りで向かう。
「あずきちゃん、ずっと怖がっていただけだったじゃない」
「怖がってなんかないよ。中の人形は動いてるものだと思ってたから、思わず拍子抜けしちゃっただけだって」
「ふふっ。そういうことにしといたあげる。」
「本当だって~」
あずきの顔の文字が「事実」になる。そんなこんなで、次はあそこに行きたい、やっぱりあっちでいい?とわちゃわちゃ言い合っているとようやく外が見えてきた。
「あれ?あんま明るくないね」
「本当ね」
あたりを見渡すと外はもう日が少しずつ落ちようとしていた。体感は一時間程度いただけのはずなのにいつの間にかかなり長い時間居座っていたようだ。やっぱり、楽しい時間は過ぎるのが早い。学校にいるときは時間が無限に感じるのに。
「みやちゃん、これからどうしようか、まだあと一つくらいは見れそうだけど……みやちゃん?」
「え?」
私は少しテンポが遅れて隣にいるあずきへと振り返る。いつの間にかぼーっとしていたみたいだ。知らないうちになんだか少し疲れがたまっている。そりゃそうか、今日はここまで徒歩で移動してきて、挙句に長時間パーク内を練り歩いていたのだから疲れがたまっていても仕方がない。
「ごめんなさい、あずきちゃん。私ちょっと長旅もあって疲れてるみたいなの。続きは明日にして、今からはご飯を買いにいかない?」
「そっか、そうだよね。てへへ、私こそごめんね。色々と連れまわしちゃって疲れたよね」
あずきは右手で頭を少し掻く。
「いいのよ、楽しかったから」
「ほんと?」
「ええ。ずっとこのままがいい、なんて思うくらいに」
「そっかぁ」
あずきの顔の文字が「満足」になる。
「それは良かった」
「ええ、ありがとう。あずきちゃん」
「いえいえ。こちらこそ。それで、みやちゃん、どこにご飯を買いに行こうか?」
あっち、こっち、とあずきは指を東西南北に向ける。
「そうね、今日はもう遅いし、コンビニに行くには少し遠いからなるべくホテルに近いところのお土産屋さんにいきましょうか。もしかしたら軽食だけになるかもしれないけれど大丈夫?」
「勿論だよ!」
あずきは胸をトントンと叩いた。
その夜、私達は夜ご飯を食べたりしながら、次の日の予定を決めた。予定と言っても厳格なものではなく、明日まではディステニーランドを謳歌する予定なので、話題の中心になるものと言えば、どのアトラクションが面白そうだ、とかどこら辺が写真映えするスポットか等々他愛のない会話ばかりであった。
「ある程度予定も決まったことだし、そろそろ寝ましょうか」
予定が決め終わり、私はベッドに入り込む。流石はスイートルーム、布団もふかふかだ。これならすぐに寝れそう。
「あぁ~ずっとディステニーランドにいれたらなぁ」
ごろごろと二転三転とあずきはベッドを転がり始める。
「それもいいかもね。でもこの世界から早く出たいんじゃないの?」
「出たいけど……出たくないというか。うーん。でも、そうだよね。仕方ないよね。あぁ愛しきディステニーともあと少しでお別れかぁ」
仰向けになりあずきは両手を上に向かって伸ばす。
「明後日の朝に出発だから、まだ明日一日中時間はあるわ。それに、あずきちゃんが出たくないっていうなら私は別に構わないけど。でも、この世界から出て私達がここでの体験談だったりを語れば、それこそ大金持ちとかになったりして、ディステニーランドの中に住めたりするかもよ」
「でへへへへ。夢があること言うねぇ、みやちゃん」
「この世界に居続けたらそれこそそんな夢のあることですら夢じゃなくなって可能性はゼロになるのよ」
何を言っているのだろうか、私は。あずきに元の世界に戻ってほしさに自分の普段の意とは全く反した言葉ばかりが次から次へと出てくる。
「そうだよね。じゃあさ。もし、大金持ちになったら私達二人であのくらいでっかい家に住もうね」
あずきはホテルの窓から見えるパーク内にある大きなお城を指さす。
「なんで私も一緒なのよ。親元を離れて暮らすとしたら、私はプライベート空間が欲しいから絶対に一人暮らしがいい」
「あ~フラレタ~」
あ~とまた二転三転とあずきはベッドを転がる。
「なんにせよ、明日も早いからさっさと寝ること」
「は~い」
私は部屋の電気を消した。
翌日、私達はディステニーランドを目いっぱい楽しんだ。勿論、乗り物には乗れなかったものの、パーク内を散策したり携帯で写真を撮ったり、はたまたお土産屋さんにいってカチューシャをつけたり、お揃いの服を着てみたり、いかにも女子高校生のテーマパークの過ごし方のテンプレートみたいなことをした。
「あ~楽しかった」
ホテルに戻り、シャワーを浴び終えたあずきの声が風呂場から聞こえてくる。
「ほんとにね」
王様が座るような豪勢な椅子に座り、私は今日携帯で撮った写真を眺める。どれもこれもVIP待遇の少人数でパーク内に入れた時にしか撮れないレアな写真ばかりが撮れたのですごく満足だ。
「明日はどうするの?」
身体を拭き終えドライヤーにスイッチを入れてあずきは頭部を乾かし始める。
「明日は朝方にここを出発してここから北に向かったところにある県庁まで行こうと思うわ。もしかしたら人がいるかもしれないし」
自分で発言して思うが、そうだった。これは誰か協力者を探すための旅だった。楽しすぎてつい忘れがちになってしまう。
「それが終われば?」
ドライヤーの音が止まりペタペタと地べたを踏む音が聞こえてくる。
「終われば、一旦は近くのホテルで泊まって、次の日から家に向けて帰ろうと思っているわ」
「そっか~それは大変ですな」
烏の行水のように髪を乾かし終えたあずきは、そのまま私を通り越して食料か何かを探しに冷蔵庫へと向かう。
「みやちゃんはなに飲む?」
あずきが飲み物の缶を冷蔵庫から取り出す。
「他人行儀みたいだけど、あずきちゃんも行くのよ」
「そっか、そうだったね」
プシュッと缶を勢いよく開けて、あずきが何かを飲み始める。何飲んでるんだろう。ぐびぐびと勢いよく口をつけている姿をみて、私は思わず喉が渇いてしまう。私も何か飲もうかな。冷蔵庫へ向かおうと椅子から立ち上がって、あずきの元へ私は……うん?あずきは今、何を飲んで……?
「貴方それ……」
私は瞳孔を今までで一番大きく開きあずきを見る。パッと見、炭酸ジュースかと思って流しそうになったが、あずきの持っているソレはどうにもそういう絵柄じゃなかった。
「うん?」
あずきは首を傾げる。
「お酒よね……」
「そうだよ?」
それが何か、といった具合にあずきは顔の文字を「疑問」に変える。
「一応聞くけど、未成年、よね?」
「うん」
首を元の位置に戻し声色一つ変えずにあずきは飲み口に口をつけようとする。
「ちょちょちょちょちょちょちょっと待って」
慌てて私は口につけようとするあずきを制した。
「?」
あずきは再度首を傾げる。
「?じゃないわよ。お酒でしょ?飲んだらダメに決まってるでしょ。何やってるの?」
「お堅いなぁ、みやちゃんは」
「お堅くないわよ。ほら、これは没収」
もう一度口につけようとする素振りを見せたあずきから缶を取り上げる。ほんとに何をやってるの!?
「え~。せっかくみやちゃんの分も買ってあるのに~」
既に一口付けているせいかなんだかあずきの声のトーンが普段よりも心なしか普段よりも高くなっている気がする。
「違う世界だからっていってなんでもやっちゃいいって思ったら駄目よ、あずきちゃん。ちゃんとルールは守らないと。それに成人するまでお酒をのんじゃいけないのは、若いうちから飲んじゃうと後々大変なことになるからで、」
「ちぇ~ケチだな~みやちゃんは。どうせこの世界から抜け出すのはちょっと時間がかかるし、ほんの少し過ちをするくらいいいじゃんか~」
「貴方ね、さっきの話聞いてた?」
「私達、今はあっちの世界じゃ死んでるのも同然なんだからさ~少しくらいいいじゃんかよ~」
「はぁ…」
そう言われるとそうなのだが。
「ねぇ~ほんの少しでいいから~ねぇ~」
たらたらと未練がましく、あずきは続ける。この調子だと恐らくは私がOKというまで続ける気だろう。それに今、NOと言ってしまえばしばらくはグダグダといちゃもんを付けられそうだ。面倒くさいことこの上ない。仕方がない、今後の活動に支障をきたさないためにも少しくらいは許してあげるか。でも、私は後で何があっても知らないからな。
「わかったわよ、少しくらいなら」
「やった~」
あずきの顔の文字が「嬉」に変わる。
「では早速、」
くださいな、と言わんばかりにあずきは両の掌を私に向ける。
「はいはい、どうぞ」
取り上げた缶を私はその掌の上に乗せた。
「いやっほ~い!ではでは、あ!ちょっと待ってて」
缶を机に置き、あずきはまた冷蔵庫へと向かい、新しいお酒の缶を取って戻ってくる。
「ほい、みやちゃんの分」
「私も飲むの?」
「モチのロンだよ」
ほれほれとあずきは缶の蓋を開け渡してくる。流れ的にここで逆らえば、またこの酔っ払いがぐずるのは確定だろう。腹をくくれ、京。これも経験だ。
「んんっ。ではでは、気を取り直して。最高の旅に乾杯~」
「か、カンパ~イ」
もうどうにでもなれ。私は蓋を開けてレモンチューハイを一口だけ口につけた。
「なんだか、あんまり美味しくないね」
一缶目を飲み終えたあずきが椅子から立ち上がる。
「そうねぇ」
私もなぜだかあずきにつられて椅子から立ち上がる。どうして大人はこんなにまずい飲み物を飲むのだろうか。さっきから度々口に入れているもののゴムのような味しかしない。
「でも、あずきちゃん、もう飲み切ってるじゃない」
「根性だよ。根性!」
あずきは冷蔵庫まで歩いていきまたお酒の缶を取り出そうとする。一体何本買ったのだろうか。
「不味かったら無理に飲まない方がいいんじゃ、」
「でも、せっかく持ってきたのに、もったいないじゃん?」
ぷしゅと缶を開け、またぐびぐびとあずきはお酒を飲み始める。
「っか~不味い。みやちゃんも飲む?」
「不味い物を人に勧める人、初めて見たわ。少し頂戴。」
「ひひっ。飲むんだ」
あずきの手から缶を取り、私は一口口に運ぶ。何味か気にしてなかったがどうやらりんご味のようだ。あまいりんごの味がする。けれども、それを凌駕するゴムみたいな味が瞬時に口の中に広がって、不味い。
「不味いわね」
「でしょでしょ」
きゃ、きゃ、きゃとあずきは笑う。
「あずきちゃん、酔ってるでしょ」
「酔ってないよ」
私はあずきの顔を見る。さっきと変わらず顔の文字は「嬉」のままだ。これだと酔って嬉しくなっているのか、それとも一緒に飲めて嬉しいのか、よくわからない。
「そういう、みやちゃんこそお顔が真っ赤になってるよ。鏡貸したげる。ほれ、みてみ」
私の手に手鏡が乗せられる。けれど、開けて鏡の中の自分を覗いてみるものの、特に普段と変わった様子はない。
「大丈夫じゃない」
「ひひひっ。じゃあ、みやちゃん。自分のお名前言える?」
「新堂京。歳は十七、趣味は……」
「ok,ok。じゃあ、言い方を変えるね。みやちゃん、頭がぼーっとしたりは?」
私は自身を振り返ってみる。言われてみると少し頭がぼーっとした気もしなくない。
「少し、するかも」
「成程」
「でも酔ってないわよ」
断じて。頭がぼーっとするだけで、酔ってはいないのだ。だってほら、あれ、なんだっけ。
「ふふふふふ。ねぇ、みやちゃん、もう寝ようか」
「うん」
そうだ、寝ないと。あずきに促されるままに私はベットに入り込む。
「じゃあ電気消すよ」
「あずき、」
あぁ、そうだ。これだけは言っておかないと。
「ん?」
「今日すっごく楽しかった。ありがとう」
「私もだよ。ありがとう」
「あずきとなら、たとえ元の世界に帰れなくてもなんだかやっていけそうな気がする」
「ふふふふふ。嬉しいこと言ってくれるね。今日はみやちゃん、やけに正直だね。」
「そう?別にいつも通りだけど」
「そうだねぇ。じゃあ私もみやちゃんに普段思ってること何か言っちゃおうかな、」
「うん」
「あのね、みやちゃん、――――ら、――て――ん――よ」
瞼が不意に重くなる。あずきが何を言っているのかわからない。瞳がぐるぐると周り意識が頭の奥へと吸い込まれて私はそのまま暗闇へと身を委ねた。
翌朝、目が覚めるとなぜかあずきが同じベッドで寝ていた。ひとまず、何が起こったのか整理するために私は昨日帰ってきてから何をしたのかを思い返してみる。けれども、自分が何をしたのかあまり覚えていない。お酒を飲んでからの記憶が曖昧になっている。それに、今なんだか少し頭が痛い。
「あ、起きた?」
隣で寝ていたあずきが「眠」と書かれた顔をこちらに向けてくる。
「おはよ」
「お、おはよう。あずきちゃん」
私は座って少しはだけたパジャマを着直す。
「みやちゃん、昨日何をしたか覚えてる?」
「ごめんなさい。実はお酒を飲んでからの記憶が曖昧で……」
「ひどい!あんなに激しく体を求めあった仲なのに!」
途端にあずきは布団をくるんで身を隠す素振りをし始める。
「それは多分嘘だと思うわ」
じっと私はあずきを見つめる。だって顔の文字が眠そうなままだから。
「なぜばれた」
くるんだ布団をゆっくりとあずきは剥がす。
「顔に書いてあるわよ、文字通りね」
「てへ~、やっぱ駄目か」
「何か私、粗相をしでかしてないかしら?」
「大丈夫だよ。全く」
ゆっくりとあずきは体を起こして座る。
「本当?」
「ほんと、ほんと。って、私も酔っててあんまり覚えてないんだけど。でも、覚えてる限りの記憶だとみやちゃん、お酒を飲んだ後にすぐに寝ちゃったんだよね」
「そう、」
どうやら何もしていないことにほっとする。しかし、ほんの少し飲んだだけでこんなになるなら、私はあまりお酒が得意なタイプじゃないのかもしれないな。加えて不味かったし。
「さてさて、みやちゃんも起きたことだし、出発の準備でもしますかね」
んんっとあずきは伸びをする。
「そうね」
起きて気が付いたがもう太陽が強い日差しを帯びて、その光をホテルの窓へと向けていた。今日も暑くなりそうだ。
それから私達はホテルを出発し、最後にドリーマーランドのエントランスで記念写真を撮ってから二日間いたホテルに別れを告げた。一つだけ予想外のことがあったとすれば、あずきがまだ居たいと駄々をこねると思っていたのだが、案外そんなことはなく、やりたいことをやり切ってすっきりしたのかスムーズにドリーマーランドを後にすることができたということだ。
「県庁ってここからどのくらいの距離にあるの?」
予定通り線路へと戻り、あずきが線路の枕木を一つ、また一つと飛び越える。さっきから次の最寄りの駅に向かうまでの間、枕木から足を外したら負けのゲームを一人でやっているらしく、負けになるとペナルティとして昼ご飯を野菜のみにするらしい。
「大体十キロ行くか行かないか、くらいかしら」
あずきに連れられて思わず私も枕木をまたぎながら歩いてしまう。
「じゃあ、一時間半くらいで行けそうだね」
また一つ、あずきは枕木を飛び越える。
「ええ」
私は強く頷く。今の私達はかなり歩き慣れており、十キロ程度ほんとうに匙もないことなのだ。
「向こうについたら先に泊まるホテルか県庁どっちを探す?」
「県庁、かしらね」
また一つ、私もあずきも枕木を飛び越え別の枕木へと足を移す。これから向かう県庁は、私も始めていく場所なので、最寄りの駅に到着してからは道に生えてあるプレート看板や道路にある経路案内をしっかりと確認して進まないといけない。
「了解!日が暮れるまでにたどり着かないとね。がんばろー、えいえい……ひぐっ。やっちまった」
どうやら、あずきは枕木から足を外したみたいだった。
「今日の主食は野菜ね」
「うげぇ。踏み外さない自信があったのに」
その後、私達は標識や案内板を辿って四苦八苦しながら私達は県庁へと向かった。だが結局、私の思っていた通り誰もおらず、仕方がなく私達は、近くのホテルで一泊して翌日帰ることになった。
「収穫なしだったね」
「ええ」
ようやく見つけたホテルの客室の机に私達はそれぞれコンビニで買ってきた食品を置く。
「でも、とりあえずは今回の旅はこれにて終了、というわけだね」
ごろんとあずきはベッドへと寝転がる。
「家に着くまでよ、あずきちゃん。何が起こるかわからないんだから」
「確かに」
私はあずきが寝転がっているベッドに座る。一旦落ち着くとなんだかどっと疲れが出てくる。確かにあずきの言う通り旅の目的は終了したのだが、わざわざ長距離を何週間もかけて移動して得られた成果が、ディステニーランドに行けて楽しかっただけで良かった、と言えば嘘になる。
なぜなら、主要都市まで来たのに人が一人もいないということは私達以外、人がいないということがほぼ確定事項に変わりつつあることを指しているのだから。昨日までは楽しかったのにいきなり今日になって厳しい現実を突きつけられてなんだか目が回りそうだ。
様々な思いと考えが入り乱れて刻々と時間だけが過ぎる。時折、布がこすれる音が聞こえる。もう、このままでいいのではと私の身体はベッドに次第に沈み込んでいく。
「今日はいったん色々と考えるのやめて、家に帰ってから色々と考え直すのでいいんじゃないかな?」
少しの沈黙の後、何かを察したかのようにあずきがふと呟く。どうやら顔に色々と出てしまっていたみたいだ。
「そうね」
私はベッドにそのまま倒れこむ。とりあえずは家に帰ってから色々と考えることにしよう。今はただ、安全に家に帰ることが最優先事項だ。
次の日から行きよりも何日か日数をかけて私達は家までの経路を歩んだ。道中で気分転換に行きには寄らなかった駅に立ち寄ってご飯を食べたり宿泊をしたり、買い物をしたりしながら帰ったせいで想定してたよりも時間がかかってしまったのだ。勿論、念のため人がいないかモールなどに赴いて散策をした。けれどもやはり、それらしき痕跡一つ見つからないまま、気づけば、あと一駅分で家から最寄りの駅につけるところまで来ていた。
「帰ったらまず、お土産を開封しようか」
線路を挟んで隣にいるあずきは片方の手に持ったディステニーランドのショッピングバッグを掲げる。思えば、行きと違う点はこれもそうだった。思いのほか買い物をし過ぎたせいで荷物が多くなってしまったことも行きよりも日数が増えた要因の一つなのかもしれない。
「そうね、それも大事だけれど、まず第一にこれからの私達の方針について話し合いましょう。今回の旅で色々と分かったこともあるし」
「確かに、みやちゃんの言う通りだね。じゃあ、色々とお土産を開けるのはそれが終わった後で」
「ありがとう」
「あ~またどこかに行きたいな~」
あずきが名残惜しそうに顔の文字を「惜」にする。
「すぐに行けるわよ。外に出ないとわからないことの方が多いんだし、なるべくいろいろな場所に行かないといけないから」
「ほんと?」
「ええ」
「次は東西南北、どこへ向かうの?」
「そうね、今回は北上したから次は南の方、かしら」
「おお~流石はみやちゃん。もしかしてもう既に色々と計画してくれてるの?」
「ごめんなさい、まだ計画も何もしてないわ。とりあえず無事に帰ることで頭いっぱいだったから、考えれてないの」
「そりゃそうだよね。ごめん、ごめん。みやちゃんのおかげで無事に今日までの旅を終えることができたんだからまずはみやちゃんに感謝だね。ありがと」
「感謝するのは私の方もよ。あずきちゃんの提案がなかったらここまで楽しい旅にならなかったもの」
「でへへへ。褒められちゃった。相思相愛ってことだね、私達。……ってあれ。みやちゃん?」
「……」
あれ?何か変だな。私は思わず足を止めてしまう。でも、変な違和感はしてもそれが何かを説明することができない。けれど、いつも見慣れたはずの景色なのになぜか強烈に違和感が襲ってくる。
「あずきちゃん、なんだか変な感じがしない?」
「変な感じ?」
あずきは首を右に傾げる。
「何か、こう、変な違和感、みたいなもの」
「違和感?別に……」
今度は首を左にあずきは傾げる。
「そう。気のせいならいいのだけれど」
なんだか変な悪寒がした気がするけど、勘違いか。再び、私達は駅に向かって歩き出し始める。しかし、前途多難とはこのことなのかしばらく歩いてそれは私の気のせいではないことが証明されていった。あずきも私が感じた違和感を駅に近づけば近づくほどに感じ始めたようで、さっきから歩を進めるごとに顔の文字が「不安」になったり、「恐怖」になったりしている。
「ここで、あってる、んだよね」
数十分かけてようやくたどり着いた家から一番近い駅の改札口手前であずきが声を震わす。
「あってるわよ。あってる」
わなわなと私は震えながら頷く。合っていない、違うと思いたいが、どう考えても私達の旅をスタートさせたあの駅だ。
「とりあえず、外に出るとしましょう」
「うん」
改札口を抜け、私達は外へと出る。
「本当にここであって、るんだよね」
「え、ええ」
次第に強くなるあずきの語気に反して私の声は少しずつ小さくなる。どう考えても、おかしい。目の前の現実を認めてしまうのが怖い。吐き気がしそうだ。私はもう一度あたりを見回す。けれども、辺りを見回しても何もない。比喩ではなく本当に何もないのだ。駅を出た先にあったもの。それは普段のような住宅地ではなくまるで最初からそこになにもなかったかのように綺麗に整備された更地だった。
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