第9話 第七層・大焦熱地獄


 砂利の上を走る音。


 「怖い、怖い、怖い!

 きみ、何てことするのよ!?」

 獄卒をぶん投げて焼けた鉄板の上に落とすなんて、信じられない!」

 半分パニックになっている鬼娘。


 「絶対、追い駆けてくるって!

 え、ここ?

 あれよ、あれ。第七層の大焦熱地獄よ。

 罪? 犯持戒人はんじかいじんって言って、尼さんに嫌らしいことをした罪人が落ちる地獄よ」

 走る鬼娘は、息を切らしながら答える。


 「この地獄で責められる期間?

 今、気になるの、それ?

 最初の地獄と同じなのかって?」


 「等活地獄のことね。

 全然違うわ。地獄はね、罪が重くなるにつれて、責め苦が続く時間も長くなるの。

 等活地獄は約1兆6千億年だったけど、ここは約43京6千兆年よ」


 「感覚的には無限と変わらないって?

 まあね、43京年とか、もう笑っちゃうよね」


 「責め苦?

 色々とあるけど、これまでの地獄の苦しみの十倍の苦しみだって言うわ。

 炎の剣で焼きながら切り刻まれたりするの。

 あ、ちょうど、前の方。

 見える? 獄卒が亡者を切り刻んでいるでしょ」


 「え、ウソ。見つかった……」

 鬼娘が唖然としたようにつぶやいた。


 「獄卒たちが、こっちを指さして叫んでる!

 見つかっちゃったよ!」

 獣じみた獄卒たちの声が遠くから聞こえる。


 「どうするの?

 え? 今から、きみの言うことを大声で叫べばいいの?

 何を叫べばいいの?

 ……ええ! そ、そんなことを言うの?

 大丈夫なの?

 し、知らないわよ!」


 鬼娘がスーーッと大きく息を吸い込んだ。

 「亡者ども、責め苦に耐える意味は無い。

 なぜなら、地獄の責め苦は無限に続くからだ!

 減刑を求める者は、最下層の地獄へと向かえ!

 邪魔をする獄卒は、みんなで押し倒せ!

 無抵抗でも責め苦に遭い続けるのだ! ならば抗え!」


 「殺されようと問題ない!

 地獄の風が吹けば、何度でも生き返るぞ!」


 …………。


 静寂の後、亡者たちが一斉に騒ぎ出した。

 わあああん、わあああんと声が響く。


 「地獄の獄卒たちよ!」

 再び鬼娘が声をあげた。


 「亡者どもの責め苦は無限に続く!

 これは、獄卒たちの労働も無限に続くと言うことだ!

 人間界では、こんな無法は許されない!

 労働基準法があり、労働者は守られている!」


 「さらに労働をするも者には、福利厚生と言う、サービス制度までもが充実していると言う。

 獄卒たちよ。亡者と共に最下層へと向かい、待遇改善を求めるのだ!

 立てよ、鬼たち!

 これは地獄で働く獄卒たちの正当な権利である!」


 …………。


 静寂の後、獄卒たちが一斉に騒ぎ出した。

 獣の鳴くような声が響き渡る。


 そして、地響きが始まった。

 亡者、獄卒たちの大暴走である。


 「すごい。

 亡者も獄卒も、みんな最下層に向かって駆けだしたよ。

 あたしたちも、一緒に行くんでしょ。

 ……どうしたの、きみ?

 ……ほら、行かなくっちゃ。

 え? 前?

 ……経帷子の前が、思い切りはだけているって」


 「……あ! いやああああ!

 ななな、なにジッと見てんのよ!」

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