第6話 第四層・叫喚地獄


 砂利を踏む音が近づいてくる。


 「ここが地獄の第四層、叫喚地獄よ」


 「きみのズボン、ボロボロになっちゃったね。

 あたしが『活きよ、活きよ』って唱えても、復活するのは体だけで、衣服は破れたままだからね」

 鬼娘が同情するように言う。


 「でも、まあ、ほら。

 地獄の亡者っぽくなってきたよ。

 うん、似合ってる」

 同情の後、適当に誤魔化すように続ける鬼娘。


 「え、なに? 

 この地獄に落とされる亡者は、生きている内に何をしたのかって?」


 「ここはね、殺生、偸盗、邪淫に加えて、飲酒をした人間が落とされるの。

 待って待って。言いたいことは分かる。

 ただ、お酒を飲んだってことじゃないの。

 誰かを酔い潰して悪いことをしたり、お酒に毒を入れて殺めちゃったり、そんなことをした罪人が、この叫喚地獄の落とされるのよ」


 「……してないって?

 酒を使って悪いことをしたことなんて、一回も無いって?

 あ~~、それは、たぶん忘れてるんだよ」

 あっさりと流す鬼娘。


 「それより、ここでの責め苦は……」

 そのとき、ズシッ、ズシッと重い足音が近づいてきた。

 ジャリン、ジャリンと金属の武具が触れ合う音もする。


 「あ、牛頭先輩と馬頭先輩だ」

 驚く鬼娘。声に脅えが混じっている。


 「え、きみ、知らないの?

 あの頭が牛になっている獄卒、あれが牛頭獄卒。

 馬になっているのが馬頭獄卒。

 滅茶苦茶怖くて、有名な獄卒よ」

 小声で説明する鬼娘。


 ンモウゥゥ。

 ブルルゥゥ。

 牛と馬の低い鳴き声がした。声が近い。


 「牛頭先輩、馬頭先輩、こ、こんちわッス!

 は、はい。自分は見習いの獄卒っス。

 極悪人の亡者を練習台にして、責め苦の腕を磨いております!」

 ガチガチに緊張して答える鬼娘。

 

 「は、はい。なんでしょうか?

 三途の川の河原から、勝手に亡者を連れて行った獄卒を探していると……。

 あ、あの、でも、そ、それは、獄卒、みんながやっていることじゃないんですか?」


 「え? 地獄行きじゃない亡者を連れて行った……。

 天道行きの亡者を地獄へ連れてきちゃったんですか?」

 鬼娘が驚く。


 「い、いえ、自分は知らないです。

 こ、この亡者ですか?

 ここ、こいつは極悪人です。間違いないです」

 不安で言葉が詰まる鬼娘。


 「あ、あの、天道行きの善人は、三途の川は橋で渡りますよね。

 あの綺麗な橋を使って。

 こ、こいつは、悪人が渡る、強深瀬ごうしんせの河原で倒れていたんですよ。

 あの激流の場所です。

 だから、極悪人で間違いないです」

 鬼娘は「あははは」と引きつった笑いを添えて言う。


 「え、なんですか?

 その善人は、極悪人が強深瀬で溺れているのを見て、渡っていた橋の上から飛び込んだんですか?

 上着を脱ぎ捨てて?

 極悪人を助けようとして?

 はは、ははは……。さすが天道行きの善人は違いますね」


 「そ、それで、結局、激流に飲まれてしまったと……。

 河原に流れ着いた跡は見つかったけど、どこかに引きずって連れて行かれたようで、まだ見つかっていないんですか……」


 「え!? こ、こいつですか?

 だ、だから、違いますよ。

 こいつは自白していますから。

 あ、あの百人ぐらい殺して、いっぱい盗んで、エッチなことしまくって、毒入りの酒を飲んでいたって自分から自慢してましたから」


 「あの~~、参考に、あくまで参考に聞きたいんですけど、もし間違って、その善人を地獄へ連れて来た獄卒が捕まったら、どうなるんですか?

 あくまで、あくまで参考で聞きたくて……」


 「この叫喚地獄の責め苦?

 はい、知ってます。

 煮えたぎる大釜に放り込まれて、後は、ドロドロに溶けた熱い銅を無理矢理、口の中に注ぎこまれるんです。

 内臓が焼けて、ひどい苦しみだとか……」


 「え? 間違えた獄卒が、そうやって責められるんですか?

 ざ、罪人の代わりに、お、おお、鬼の獄卒が責め苦を受けるのですか?」

 鬼娘の声が震えはじめる。


 「あ、あたしの顔色が悪い……、い、いえ、そんなことはないです。

 ふ、震えているますか?

 ちょ、ちょっと風邪気味で。

 こ、この罪人に、直接、聞きたいことがあるのですか。

 あの、それは、待って。待ってください!」


 「だめです。だめ!

 マネージャーの、マネージャーのあたしを通してください!」

 パニックになる鬼娘。

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