第5話 第三層・衆合地獄


 砂利を踏む音が近づいてくる。

 

 「ここが地獄の第三層、衆合地獄よ」


 「ここはね、殺生、偸盗に加えて、邪淫の罪を犯した亡者が叩き落される地獄なの。

 邪淫って分かるでしょ?

 淫らなことよ。不倫とか浮気をしたら、ここに落とされるの。

 きみは、完全に該当者だよね」


 「は? 不倫も浮気もしたことが無いって?

 いーーや、ウソだね」

 上から決めつける鬼娘。


 「さっきの黒縄地獄でも、最初の等活地獄でも、あたしに嫌らしいことをしたじゃない。

 地獄の獄卒にセクハラするとか、正気とは思えないよね。

 まあ、優しいところもあるってのは、ちょっとだけ認めてもいいけどさ」

 最後はボソボソとつぶやくように言う。


 「この衆合地獄は、どうやって責められるか知りたい?」

 鬼娘は「ふふふ」と嬉しそうな含み笑いをする。


 「周りを見て。

 あちこちに樹が生えているでしょ。

 あの樹の高い場所に、美女が現れるのよ。

 樹の上に絶世の美女だよ。

 どう? きみのような邪淫の塊は、わき目もふらず、樹を登り始めちゃうでしょ。

なにせスケベだからね」

 からかうような声。


 「ところが、樹を登り始めると、葉っぱがすべて刃物に変わるの。

 そうそう、刃のツリーね。

 普通は登るのをあきらめるんだけど、ここに落とされた亡者は違うのよ。邪淫だからね。

 体が切り刻まれ、「痛い痛い」と泣きながら、樹の上にいる美女の元までたどり着こうとするのよ」


 「そして、血まみれになりながらも、ようやく美女に手が届きそうなになると、その美女は煙のように消えちゃうの。

 高い樹の上でキョロキョロと美女を探すと、なんと美女は、いつの間にか地面に降りていて、そこでまた、亡者たちを誘っているの」


 「亡者たちは、また必死になって刃だらけの樹を降り、美女の元へ向かおうとするんだけど、下に降りると美女は消えていて、見上げると、さっきの樹の上で微笑んでいるのよ」


 「分かった?

 きみのような邪淫系男子は、美女に翻弄され、刃の樹を登ったり下りたりしながら、体中を切り刻まれるの。

 これが衆合地獄の責め苦のひとつよ」


 「ん? 美女はどこかって?

 マンツーマンだって言ったでしょ。

 当然、美女役はあたし~~」


 「笑顔ひとつで男を翻弄する役って、一回、やってみたかったんだ。

 じゃあ、樹の上に移動するからね」


 ガサガサと樹を登る音。


 「いいよ。ほら、葉っぱが刃物に変わったでしょ。

 今から、登っておいで」

 頭上から声が聞こえる。


 「え、なに? そそられない?」

 鬼娘の声に少し戸惑いが混じる。


 「なんでよ。

 あたしのこと可愛いって言ったでしょ」

 不満そうな声になる鬼娘。


 「ポーズ?

 ポーズに色気が無いって?

 ん~~、じゃあ、ほら、こんな感じはどう?」


 「つまんないって?

 だったら、これはどう? 

 ほら、胸を強調して……」


 「もっと? 右手を首の後ろに?

 左手を腰? こんな感じ……?」

 鬼娘の声に戸惑いが混じり始める。


 「足? 足をとなりの枝に乗せるの?

 いやよ、それは恥ずかしいって。

 無理無理。そんなポーズは無理だって。

 え? 誰も見てないから大丈夫?

 きみが見てるじゃないか。きみが。

 しかも、きみ、下から登って来るんでしょ」


 「色気が無きゃ、登る気にならないって……。

 そっか、うんうん、分かった。

 ごめんね、ごめん。

 あたし、一回、降りるね。

 大丈夫、飛び降りるから」

 冷めた声になる鬼娘。


 ドサッと鬼娘が地面に着地する音。


 「鬼だからね。

 これぐらいの高さから飛び降りても平気よ」


 「え? 降りて来た理由?

 決まってるじゃない。

 金棒は地面に置きっぱなしだったからよ」

 鬼娘が金棒を手に取り、鉄輪がジャラっと鳴る。


 「え、なに? 魅力的に見えてきたって。

 刃でズタズタになってもいいから、あたしのそばにいきたいって?

 残念。素直になるのが遅かったよね」

 鬼娘の声に冷たい笑いが含まれている。


 「せーーの!」

 グシャっと金棒が叩きつけられる音。

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