第4話 第二層・黒縄地獄


 砂利を踏む音が近づいてくる。

 

 「ここが地獄の第二層、黒縄地獄よ」


 「殺生だけじゃなく、偸盗の罪も重ねた罪人が落ちる地獄なの。

 偸盗って分かる? 盗みのことだよ」

 

 「そして、ここでの責め苦のメインはこれ」

 ビイイィィィーンと弦の鳴る様な音がする。


 「分かる? この墨を浸した黒い紐。

 この紐で亡者の体に線を引いて、その線に沿ってノコギリで挽くの。

恐ろしいでしょ」

 ちょっと笑いを含んだ鬼娘の声。


 「そう言えば、黒い縄の地獄で黒縄地獄なのに、使うのは紐なのね。

 黒くて細い縄ってことなのかな。

 まあ、どうでもいいか」

 ビイィィン、ビイィィンと糸の鳴る音。


 「じゃあ、早速、きみの体に黒い線を引かせてもらおうかな。

 この紐を……あれ、どうやって使うんだっけ?

 ちょっと待って。

 えっと、両手をあげて。

 ほらほら、ばんざーい。

 グルっとウエストに紐を回して、こうやってつけた線に沿って胴体を輪切りに……。

 ん~~、いや、全然違う。

 これじゃ、ウエストのサイズを計ってるみたいだよね」

 自信なさげな鬼娘の声。


 「え!? きみ、使い方が分かるの?」

 

 「この紐って、大工道具なの? これが?

 墨縄や墨壺って言うの?

 へーー、きみって物知りなんだね」

 感心する鬼娘。


 「板? あるよ。

 黒縄地獄には、あっちこっちに板が落ちているから」

 板を引きずってくる音。


 「この板でいい?」

 板を置く音。


 「ふんふん。板をノコギリで切断するとき、切り始めの位置に、この紐の先端を止めるんだ。

 で、そこから紐を伸ばして、切り終わりの位置にもってくると。

 そこで、渡した紐の真ん中をつまんで持ち上げて、指を離す」


 ピシッと糸が板を打つ音がした。


 「ああ、なるほど。

 紐が板に打ち付けられて、染み込んでいた墨が真っすぐな線を残すんだね。

 この線に沿ってノコギリを挽けば、真っすぐに切れるんだ。

 単純だけど、よくできてるね」


 「これを使って亡者を責める場合は……、え、なに、あたしが、この板の上に寝るの?

 まあ、いいけどさ。やり方を聞くだけだからね」

 板がミシッと鳴り、鬼娘が仰向けに乗る。


 「こう? 仰向けていいんだよね。

 そう言えば、先輩獄卒たちは、こんな風に亡者を板の上に押さえ込んで使っていた気がするわ。

 で、どうするの?

 板の端に、さっきみたいに紐の端を固定して、あたしをまたぐ形で紐を板の反対側にもってきて……。

 あたしの上で、渡した紐の真ん中をつまみあげて……」

 ピシッと紐が肉を打つ音。

 「あくんッ」と鬼娘の声が重なる。


 「ち、ちょっと!」

 ピシッ。

 「あん!」

 

 「ま、待って!」

 ピシッ。

 「んッ!」


 「そ、そこは」

 ピシッ。

 「あくッ!」


 「こらこら、だめだって言って……」

 ピシッ。

 「はくッ!」


 「だから、敏感なところはやめてって……」

 ピシッ!


 鬼娘の寝ていた板が軋み、ジャラっと、金棒の鉄輪の音が鳴る。

 「手前ェ、この野郎!

 いやらしいところばかり狙い打ちしやがって!」

 鬼娘の声は怒っている。


 砂利を踏んで迫ってくる音。

 鉄輪がジャラっと鳴る。

 

 「謝っても遅い!

 覚悟ッ!」

 金棒が風を切る音。


 バシャッと金棒が肉を潰す音が響く。

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