第3話 第一層・等活地獄
砂利を踏む、二人の足音が近づいてくる。
「ねえ、さっきから、何をキョロキョロしてるの?」
「他の人?
ああ、他の亡者たちね。
気にしなくても、年季の入った先輩獄卒たちが、あちこちで何十人、何百人と集めて、ガンガンに痛めつけてるよ」
「ほら、耳を澄ましたら、亡者の呻きが聞こえてこない?」
あああぁぁぁぁぁぁ……。
うううぅぅぅぅぅぅ……。
責められる亡者の呻き声が風に乗り、かすかに届いてくる。
「きみはあたしの練習台だから、きっちりとマンツーマンで、責めてあげるからね」
「この辺りでいいかな」
足音が止まる。
「邪魔が入らなきゃどこでもいいんだけどね。
この層全体が等活地獄だし」
「ん? 等活地獄が分からないって?
えっとね、地獄ってのは、八つの層に分かれているの。
上から下まで、全部合わせて八大地獄ね。
罪が重くなるにつれて、下層の地獄へと突き落されるわけ。
八大地獄の中で一番上の層、一番軽い責め苦の地獄が、ここ、等活地獄よ」
「ここに落とされる罪人は、生きているときに殺生の罪を犯した者なの。
分かる? 生き物を殺した人間は、ここに落とされるの。
なに? 誰かを殺したことなんか無いって?
違う違う。人じゃなくて生き物。
蚊をパチンと叩き潰しても、等活地獄に直行だから」
「そんな無茶なと言われても決まりだからね」
「等活地獄はね、殺生の罪を犯した亡者たちが、鉄の爪をつけて殺し合うんだよ。
そんなことしたら死んじゃうって?
いいのよ、死んでも。
地獄じゃ責められている間に死んでも、風に吹かれれば復活しちゃうの。
風が吹かなくても、獄卒のあたしが『活きよ、活きよ』と声を掛ければ、これもやっぱり生き返っちゃうの」
「それからまた、辛い責め苦が繰り返されるのよ。
なかなか刺激的でしょ」
「どれぐらい? ああ、責められる期間ね。
等活地獄は、人間の世界の感覚で計算して、えーーと、1兆6千億年ぐらいかな。
大丈夫、大丈夫。
きみは練習台なんだから、パパッと済ませて、次の地獄へ案内するわよ。
嬉しいでしょ」
「さて、始めようか。
ほどよく岩場に囲まれて、いい感じの場所だよね。
……あ、そうか、鉄の爪で殺し合うには相手が必要なんだ。
どうしよう。もう一人、亡者を連れてくるしかないのかな」
「え、あたし?
あたしが、きみの相手をするって?
あのさ、女の鬼だからって、ちょっと甘くみてない?」
「へーー、自信があるんだ。分かったわ。
獄卒見習いの実力を見せてあげようじゃないの」
「鉄の爪は必要ないわ。
こうやって、力を、こ、め、れ、ば……」
鬼娘の声に力が入る。
キュッという滑る様な音が幾つも鳴る。
「ほら、どう? 猫みたいでしょ。
鋭い爪の出し入れができるのよ」
「さあ、この先、生意気な口が叩けないように、細切れに切り刻んであげるわ。
こらこら、逃げるんじゃないわよ」
「……え? こっちの場所の方がいいって?
こっちの方が、地面が砂地で柔らかいって?
ふん。ここにきて、怖がってるの?」
「いいわよ。傷口に砂を擦り込んであげるわッ」
鬼娘の語尾に力が入り、ヒュッと爪で風を切る音がする。
「きゃ!」
と、鬼娘が悲鳴をあげた。
ドンと地面に引っくり返る音がする。
「な、なに!?
あたし、投げられたの?
あ、こら、ちょこまかと後ろに回るんじゃないの!
ち、ちょっと! 痛ッ、痛いって!
きみ、ズルいぞ!
何かやってたでしょ!
柔道? 合気道? レスリング?」
「こ、こら、馬鹿。
そんなとこ触んなッ!
あ、や、やめてよ!
い、いや! 放して!
もーー、やだやだ! ズレちゃった!
ブラがズレた!
待って、タイム! タイム!」
「ひどいよう。マジ最悪。
もう、いや。ちょっと、あっち向いてて……」
鬼娘が元気のない声で、小さく嗚咽する。
「……ズレたって言ったのに。
恥ずかしい……」
鼻をすする音と共に、ブラの位置を直す音。
「こっち見ないで。
いいって言うまで、あっち向いててよ」
鼻をスンスンとすすって言う。
金棒の握りの鉄輪がジャリンと鳴る。
「隙ありッ!」
金棒が肉を打つ音が響いた。
「おらおらおらおら!
喰らえ、金棒!」
金棒が肉を打つ音が響き続ける。
さらに、とどめの激しい音が響く。
「どうよ、鬼の強さを思い知った?」
「はあはあ」と荒い息をつき、勝ち誇った声で言う鬼娘。
「はあはあ、はあはあ」と息を整える。
「……あ、活きよ。活きよ」
反応が無いことに気付いた鬼娘が、慌てて主人公を生き返らせる。
「復活した?
よし。あたしの勝ちね」
まだ息が少し荒い。
「え、なに?
勝ち負けじゃないはずだって?
それに、卑怯だって……」
「ま、まあ、いいわ。
等活地獄はおしまい」
「次の地獄に行くわよ。
一層下に降りるの。
ほら、早く早く」
足音と声が遠ざかっていく。
「……あのさ、砂地でやろうって言ったでしょ。
あれ、もしかして、あたしを投げたときに、ケガさせないようにって考えてくれたの?」
鬼娘が少し照れくさそうに言う。
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