第2話 地獄変


 ふーふー。

 ふーふー。

 ふーーー。

 段々と荒い息が落ち着いてくる。


 「……びっくりした?

 顔が青くなってるよね」

 鬼娘の声が、やや平静になる。


 「だけど、調子に乗ったきみが悪いんだからね。

 あのね、勘違いしちゃダメよ。

 あたしは地獄の獄卒なの。獄卒って分かる?

 きみみたいな亡者を苦しめる鬼なんだよ」


 「ん? 地獄に女性の鬼がいるなんて聞いたことが無いだって?」


 小さな溜息をつく鬼娘。

 「きみは、いつの時代の人間だよ。

 今は地獄も、女性の社会進出は当たり前になってるの」


 「と言っても、あたしは、まだ見習いなんだけどね。

 亡者をガッツリ責めて、苦しめることが出来るかどうか、才能を試される期間なの」


 「だけどさ、才能を開花させるには、練習が必要だと思わない?

 実践で、亡者をバキバキに責める練習よ」


 「かと言って、適当な亡者を練習台にすることはできないの。

 地獄の責め苦って、その人間が生きている間に犯した罪に合わせて変わるのよ。

軽い罪で、最大限の責め苦を与える訳にはいかないの。分かるでしょ」


 「あたしとしては、生前、悪行の限りを尽くした亡者を捕まえて、マンツーマンで、思う存分苦しめる練習をしたいの。

 そこで、出会ったのがきみよ!」

 嬉しそうに興奮し始める鬼娘。


 「あーー、はいはい。

 言いたいことは分かるよ。

 オレはそんなに悪い人間じゃないって言いたいんだよね。

 地獄に落ちたら、みんな、そう言って自己弁護をするのよ」


 「でも、ほら、今、きみが身につけているのはズボンだけだよね。

 上半身は何も着ていない。

 靴も靴下もはいてない。

 それが極悪人の証なのよ。

 分かってるって。今から説明してあげるから」


 「きみ、三途の川を渡った後、怖そうなお婆ちゃんから、服をはぎ取られたことは覚えてる?

 ああ、その三途の川あたりの記憶は無いんだ」


 「あのね、三途の川を渡ると、奪衣婆だつえばというお婆ちゃんがいて、着ている服を剥ぎ取られちゃうの。

 それから懸衣翁けんえおうというお爺ちゃんが、剥ぎ取った服を衣領樹えりょうじゅっていう樹の枝に引っ掛けるのよ。

 するとね、生きていた時の罪の重さによって、枝が下がるの」


 「あたしが見つけたとき、きみは三途の川の河原で、一人で倒れていたの。

 身につけていたのはズボンだけよ。

 普通の亡者はね、服は奪衣婆に全部剥ぎ取られて、パンツ一枚かすっぽんぽんになっているはずなのよ」


 「たぶん、きみはね、生前の行いが悪過ぎて、シャツや上着を衣領樹の枝に引っ掛けた時点で、あまりの罪の重さに枝が折れちゃったのよ。

 とんでもない極悪人だったのね」


 「つまり、思う存分地獄の責め苦を与えても問題の無い人物。それがきみよ!

 あたしにとって、最高の練習台なの」

 嬉しそうな鬼娘。

 

 「実はね、実際に亡者を責めるのって初めてなんだ。

 だから、練習台っていうより実験台かな。

 責める限度が分かってないから、あたしは怖いよ~~」


 「さあ、立って、立って」

 主人公が立ち上がり、砂利が大きくこすれる音が響く。


 「歩いて、歩いて。

 まずは等活地獄からよ。

 地獄の責め苦の始まりだからね」

 二人の砂利を踏む足音が続く。


 ………。

 「……ね、あのさ、さっき言ってくれたでしょ。

 あたしのスタイルがいいって。あれ、本当?

 あたし、最近、二の腕のぷにぷにが気になってるんだよね。

 え? そのぷにぷにがいいって? 

 マジ? ホントに?」

 砂利を踏む足音と鬼娘の声が遠ざかっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る