八大地獄と鬼娘

七倉イルカ

第1話 獄卒娘


 あああぁぁぁぁぁぁ……。

 うううぅぅぅぅぅぅ……。

 大勢の人々が苦しむ声が、遥か遠くから聞こえてくる。


 「……起きろ」

 頭上から、女性の声がする。


 「……起きろ。

 ……起きろ。

 ……起きなさい」

 声は段々と大きくなる。


 「さっさと起きなさい」

 声がはっきりと聞こえた。


 声に反応し、砂利がこすれ合う音がする。


 「目が覚めたね」

 満足そうになる声。


 「背中、痛くない?

 河原の砂利の上じゃ、寝心地が悪いでしょ」

 声の主がそう言うと、意識を取り戻した主人公が動き、さらに大きく砂利がこすれる音がする。


 「ああ、立たなくていい。

 無理に立たなくていいから。

 とりあえず座ってなさい」

 声の主がそう言うと、最後に一度、砂利がこすれる音がし、それで音は止まった。

 

 「まだ寝ぼけているみたいだよね。

 ……ん? ここはどこだって?」


 「あたしを見て、分からない?」

 小馬鹿にしたような笑いを含む声。


 「真っ赤に波打つショートカットの髪。

 額から伸びる、キュートな二本の角。

 赤銅色の肌と引き締まったボディ。

 そのボディを包むのは、虎の毛皮を使ったブラとショートパンツ。

 そして、手にしているのは……」

 金棒でゴンと地面を突く重い音が鳴り、握り部分にある鉄輪がジャラっと鳴る。

 「トゲのある金棒」


 「あ、分かったの?

 そうそう、コスプレの……って、ちげーよ!」

 嬉しそうな声の後に、突っ込みを入れる鬼娘。


 「鬼よ。鬼!

 コスプレじゃなくて、本物の鬼。

 分かるでしょ。

 ほら、鬼のいる場所と言ったら……」


 少しだけ待った後、「む~~」と苛立つように唸る鬼娘。

 「分からないかなあ。

 あのさ、きみ、三途の川を渡ったことは覚えてる?

 覚えてないの?」


 「オレは死んだのかって?

 そう、それ正解!」

 鬼娘の声が弾む。


 「……は? なにを言ってるの?

 ここが天国の訳が無いでしょ」

 一転して、鬼娘が呆れたように言う。


 「不気味で真っ黒な雷雲に覆われた空」

 遠くから雷鳴が響く。

 「見渡す限り、荒涼とした岩場が続く風景」

 吹きすさぶ風の音。

 「そして、金棒を手にしたあたしは、残忍な鬼。

 ここは、地獄に決まっているじゃない」

 鬼娘は冷酷な笑いを含んだ声で言う。


 「……かわいい?」

 怪訝な声になる鬼娘。


 「残忍には見えない。かわいいって?

 誰が? あ、あたしが?」

 驚き、動揺する鬼娘。


 「赤い髪が似合ってるって?

 やだ。ホ、ホントに?」

 嬉しそうな声になる。


 「最初に見たとき、天使に見えたって?

 だから、ここが天国かと思ったって?

 ち、ちょっと、きみ、言い過ぎ。

 ふざけないでよね!」

 怒ろうとするが、嬉しそうな声になってしまう鬼娘。


 「スタイルもいいって?

 い、いやらしいな、きみは。

 胸を見るんじゃないよ! ったく」

 口調は厳しいが、声は小さくなる。


 「お腹?

 胸じゃなくて、おへそから下腹にかけてのラインがいいって?」

 きょとんとした声になる鬼娘。


 「なにそれ? おじさんっぽくない?

 そっちの方がいやらしい……って、ちょ、ちょっと、ジロジロと見ないでよ」

 焦り始める声。


 「隠すに決まってるでしょ!

 そりゃ、自分でへそを出しているけど、そんなにジッと見られたら……。

 ま、待って。恥ずかしいって!

 あ、こ、こらッ! 手を伸ばしてきちゃダメッ!

 ちょっと!」


 ガキィンと、金棒で岩を砕くすさまじい音が響いた。


 「手前ェ、なに触ろうとしてんだ!

 ふざけてんのか、この野郎ッ!」

 めちゃくちゃ怒る鬼娘。

 グワン!

 ガキン!

 ガゴン!

 と、金棒で岩を砕きまくる。


 「この金棒は伊達じゃないからな。

 調子に乗ってると、この岩みたいに粉々に砕いてちまうぞ!」

 ふーふーと荒い息を吐く鬼娘。


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