17.これから

第41話


「それで、えっと、なんだっけ?」

 お母さんは、口の周りに砂糖をキラキラさせながら、あたしに問う。

「だから、その……。お母さんは、人を呪ったこと、あるの?」

「うーん。たいそうな呪いはないよ。でもね、転べ~、とか、テストで名前書き忘れろ~、とかは、ある!」

「そういう時、その呪いって、どうなった?」

 お母さんが、マグカップに手を伸ばした。ゴクンと一口、コーヒーを飲む。ふわん、と苦い香りが、あたしの鼻までやってきた。

「どうって言っても。だいたいは想うだけだよ。転べ、って想っても、転ぶこともあるけど、転ばないことのほうが多いし。テストで名前書き忘れろ、って想っても、書き忘れることなんて稀だし。なんなら、そんなこと考えてたからか、私が名前書き忘れたりもしたかな」

「へぇ」

「呪いって……、ああ、ここで言う呪いっていうのはさ、魔術的なものじゃなくて、悪い祈りみたいなものなわけだけど」

「うん」

「そういうのってさ、なんだかんだ、自分に返ってくるんだよ」

「え?」

「その呪いが、本当になるかどうかはさておいて、自分に返ってくるの。呪ったことと同じ形で返ってくるかもしれないし、姿形を変えて返ってくるかもしれない。どうやって戻ってくるかなんてわかんないけど、とにかく、なんか戻ってきちゃうんだよね。自分のところに。だから、お母さんは呪わないようにしてる。生きてたらさ、いろいろ、ムカつくこととかあるけど、そういう時も、呪わないようにしてる」

 呪えばそれが自分に返ってくる――。

 お母さんの話を聞いて、だからあんなことに巻き込まれちゃったんだ、ってあたしは思った。

「ねぇ。もしも呪いたくなっちゃったら、どうするの?」

「えっとね。例えば、嫌なことされたりしたら、『こういうことをしたら、人を嫌な気持ちにしてしまうって、気づかせてくれてありがとう』って思うようにしたり。あとは、『こんなことでイライラしちゃうくらい、自分に余裕がないことに気づかせてくれてありがとう』って思ったり」

「ありがとうって、思うの?」

「うん。だって、呪いが返ってくるなら、ありがとうも返ってくるのかな? って思うから。どうせだったら、ありがとうが返ってきてくれたほうがいいじゃん? まぁ、あんまり返ってきてる実感とか、ないけどね」

 だんだん、過去の自分にイライラしてきた。

 実際、あたしが呪ってきたことなんて、別に呪わなくてもいいことだったと思うから。

 気づきをくれるものばかりだと思ったから。

 あたしも、ありがとうって思っていればよかった。

「そうだ。お母さんも、ジュアにひとつ、相談したいことがあるんだけど。いいかな?」

「うん。もちろん」



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