16.うわさ話

第38話


 あたしには、休憩時間なんて、ないようなものだった。

 誰かに話しかけられたり、貸してもらったノートを写したり、勉強についていけなくて悩んだり。

 全然休む間がなかった。

 唯一休める場所といっていいのは、トイレの個室の中だけ。

 そこへ行けばあたしは、ゆっくりと、息を吐けた。

 完全に解き放たれるわけではないけれど、それでもどこか違う場所へ逃げ延びたように、息をすることができた。

 便座に座れるってこともあって、あたしの身体からは、息だけじゃなく力までもがゆるゆると抜けていく。

 このあとちゃんと立てるかなって、心配になるくらい、身体に力が入らなくなる。

『ねぇ、殺し屋さん、どうしてる?』

 手洗い場から、声がした。

 あたしの心臓は、一瞬動きを止めた。

 抜けていた力が、一気に戻ってくる。そのあまりの速さに身体が驚いたのだろうか。ゆるゆるに緩んでいた身体がカチン、と固まる。

 身体を動かすことができない。でも、思考はかろうじて動く。

 あの声の主がいなくなるまで、ここから出られない、とあたしは思う。

『普通に授業受けてるってよ』

 誰だろう。聞いたことがある声だけれど……同じクラスの子じゃない。あんまり関わりがないか、低学年の時に一緒だったっきりの子だろうな。

『気をつけないとね。誘拐犯を呪い殺そうとしたんだもん。下手したら私たちだって呪い殺されるよ』

『みんなそう言うけどさ、別に呪ったわけでも、殺そうとしたわけでもないんじゃない?』

『ええ……。じゃあ、犯人がバカだったってこと? 獲物を車に残してコンビニのトイレに駆け込むとか、ありえなくない? そういうふうに動くように、仕向けたんだって。殺し屋さんが』

『まぁ、想像しだしたら止まらなくなるのはわかるけどさ。……とにかく、そんな簡単に、念じるだけで人を殺せるわけないって。運だよ、運。ジュアちゃんは運が良かっただけだよ』

『そうかなぁ』

『だって、あの時誘拐犯がトイレに行きたいって思わなかったら。トイレに行くとして、それが自分の家とかだったら。ジュアちゃんは今、学校来てないかもしれないじゃん?』

『たしかに』

『あ~あ。私も運を味方につけたいなぁ。良いこと降ってこないかな~』

『あー、なるほどなぁ。トイレで長話したくなっちゃうのは、ウンを味方につけるためだったのかぁ』

 あっはっは、という笑い声が、だんだんと小さくなっていく。

 小さくなっていくのを感じるほどに、鼓動の痛みが強くなっていくのを感じた。

 たぶん、もともと痛かった。

 でも、その痛みを感じることができないくらい、あたしは、混乱していた。



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