第37話


 廊下をゆっくり、歩き出す。

 教室が近づけば近づくほどに、あたしたちはいろんな視線と、内緒話の欠片を浴びた。

 そういうものに気づくたびに、胸がズキンって痛くなったりもしたけれど、ミキがいてくれたから耐えられた。

 ミキが一緒にいてくれたから、あたしは迷うことなく、寄り道することもなく、まっすぐに教室まで行くことができた。

「お、おはよぉ……」

 教室のドアのところで、あたしは朝の挨拶をした。

 そうしたら、騒がしかった教室が、一気にシーン、って静まり返った。

 ジュア、って言いながら駆け寄ってきてくれる子がいれば、噂話か何かを始める子もいる。チラッとこっちを見たけれど、すぐに机に視線を戻す子もいる。

 あたしが登校したせいで、みんなの日常が壊れているような、そんな気がした。

 一瞬にして、あたしは〝帰りたい〟って思った。

『いかのおすしができないやつだぁ!』

 茶化すように笑う、チカラの大きな声が響いた。

 逃げ出したい気持ちでいっぱいのボロボロな心に、鋭すぎる一撃が突き刺さる。

 するとその時――


 ゴツンッ!


 チカラの頭のてっぺんに、ナゴミのゲンコツが落ちた。

「いってぇ!」

 チカラは仲良しの子たちに「殴られてやんの~」と笑われている。

 普段だったら、暴力はダメだ。そんなこと、ナゴミだって、わかってるはずだ。わかったうえで今、ナゴミは〝やってやったぞ!〟というように、胸を張っている。

 そんなナゴミに〝よくやった〟と、いろんな場所からグッドポーズが向けられた。

 あたしは何も、できなかった。でも、ナゴミの顔を見ていたら、ほんの少しだけ、モヤモヤとした何かが晴れたような、そんな気がした。


 先生が教室にやってくるとすぐ、先生はあたしに声をかけてきた。

 それから、廊下で少し話をした。

 身体とか、心とかが元気かとか、辛かったらいつでも声をかけてとか、そんなことを穏やかな声で言われた。

 あたしが席についたのを確認してから、先生が教壇に立つ。

 いつも通りだと思うんだけれど、なんだかいつもと違うように思う、懐かしの朝の会が始まった。

 ちゃんと聞かないといけないはずの先生の話が、ふわふわと耳に入って、そのまま反対の耳から抜けていく。

 なんか、変な感じがする。それが気になってしょうがない。

 なんだろう、この違和感……あ、そうか。なんか、ちょっとだけ席替えしてるんだ。

 四人だけ、席が変わってる。なんで?

「いたずらっ子は、離れた席になるように交換になった」

 隣から、ひそひそ声。

「……え?」

 あたしも、ひそひそ声を返す。

「ジュアをいじろうとするヤツがいるから。そういうヤツを離そうって。ジュアが今日から登校するってわかって、昨日急に変わった」

「そ、そうなんだ。なんか、ごめん」

「ジュアは謝る必要なんてないよ。勉強とか、困ったら言って。ノートとってあるし、いつでも見せられる。っていうか、家でノート写しておいたから、一冊貸せる」

「え?」

「とにかく。無理はしないで。ちょっかいだすヤツもいるけど、そうじゃない人だっているって、忘れないで」

「う、うん。ありがとう……タクトくん」



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