第34話


 学校へ行くときに使うカバンの話をしていたっていうのに、急に髪の毛?

「なんで?」

 動揺した。別にそんなつもりはなかったけれど、問い詰めるみたいな、冷たい声になっちゃった。

「ああ、いや。ジュアにショートカット、似合いそうだなって思って。だから、どうかなって」

 なんで、そんなことを言い出すんだろう。

 あたしもそうだし、お母さんだって、髪の毛をアレンジするの、ずっと楽しんできてたのに。

 ショートカットにしたら、そんな日常の〝楽しい〟がひとつ、減っちゃうっていうのに。

 あたしは、不思議で不思議で、仕方なかった。

 でも、

「ショートカットって、似合う子は似合うけどさ。似合わないと男の子みたいに……」

 言いかけて、気づいた。

 お母さんはあたしの見た目を、男の子みたいにしたいんだって、気づいた。

 黒いランドセルに、ショートカット……男の子みたいにしたいとしか、思えない。

 それは、たぶん。

 大人たちがあたしに内緒にしていることと、関係があることなんだろうな。

 あたしが男の子みたいに見えたら、なにか、避けられることがあるのかもしれない。

「似合うと思う?」

「え?」

「あたしに、ショートカット」

 お母さんは、うーん、って悩んだ。

 ほーら、やっぱり。似合うと思って提案しているわけじゃなかったんだ。

 そう思ったら、心がズキズキ痛み始めた。

 でも、お母さんがそんな、嘘みたいなことを言った気持ちが、全くわからないってわけじゃない。

 だから、お母さんの気持ちに、あたしは寄り添いたいって、思った。

 こんなに簡単に寄り添いたいって思えるのは、あれから心の中が変わったことが、少し影響しているのかもしれない。

 もしかしたら、あんなことになる前と今とで、心がなんだか違うから。

 だから、心だけじゃなくて、見た目も変えてもいいかもしれないって、心のどこかが思っているのかもしれない。

「じゃあさ、一緒にショートカットにしようよ」

 あたしは、微笑みながら言った。

「……え?」

「お母さんもショートカットにするなら、あたしもする」


 迷い始めたら、行動できなくなる。

 迷いが足かせになって、前へ進めなくなる。

 あたしたちは、すぐに予約が取れるヘアサロンを探して、その日のうちに切ってもらった。

 バッサリ切るって話になってから、バッサリ切るまで、ほんの数時間。

「どうせショートカットにするなら、誰かの役に立とうかな」

 そう言って、お母さんは思っていたよりももっと短い髪にして、長く切り落としたそれを寄付した。

「私は私の宝物を、私のもとに返してもらったから。私は私にできる、〝誰かのため〟をしようと思ったの」

 あたしには、お母さんの気持ちが、ハッキリとわかった。

「なんか、その髪型、いいね」

「そう? 似合う?」

「うん。あたしよりも、ショート似合うよ。それに、なんか……綺麗なお姉さんって感じがする」

「もう。お姉さんだなんて。そんなお世辞、いつ覚えたんだか」

「いいじゃん。事実なんだから」

 髪を切り終えたら、その足でカバン屋さんへ行って、リュックを買った。

 野球とかサッカーにハマってる男の子が持っているところをよく見るスポーツブランドの、真っ黒なやつを、あたしは自分の意思で選んだ。



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