第30話


 あたしは、今出せる、一番大きい声を出した。いつも遊んでいるときとか、授業を受けてるときとか、そういう時と比べたら、すごく小さかったと思う。それに、ブルブル震えちゃってた。

「え、な、なにがあったの?」

 そのとき、トイレから、犯人が出てきた!

『こ、ここがどこだか、わかんないんです! あの人に、車で連れてこられたんです!』

 犯人を、ブルブル震える指でさしながら叫んだ。

 声もまだまだ震えてる。でも、雲まで届けってくらい力を込めて、お腹の底から、声を出した。

 涙がブワーって、出てきた。

 足がガクガクって震えだして、あたしは立っていられなくなった。


 お店の中が凍り付く。

 犯人は、お店の中にいた人、全員からの視線を浴びた。

 そして、空を切り裂く稲妻のように、走り出した!

 目を真っ赤にして、そこに誰がいても、何が置いてあっても気にしないってくらい、猪みたいにまっすぐに、出口へ向かって走り出した!

 あ、おじいさんにぶつかる!


 ガッシャーン!


 ぶつかられたおじいさんは、ヨロヨロってなったけれど、転ばなかった。でも、おじいさんが手に持っていたお酒の瓶が床に落ちて、大きな音が出た。床がびしょびしょに濡れた。犯人はこぼれたお酒でツルっと転びかけた。

「クソッ!」

 犯人が、ギロッて、あたしを睨みつけた。

 あたしの身体は、ブルッって震えた。

「おとうさん。お酒より、杖を持ってくださいって言ったでしょう?」

 お店の中は、ものすごい緊張感で張り詰めていた。

 そんな中に、おっとりとしたおばあさんの声が響く。

 次の瞬間――


 ドッシーン!


 犯人がすってんころりん!

 すごい音を立てて、床にへばりついた。

「あらあら、ごめんなさいね。おとうさんに杖を渡そうとしたら、あなたの足に引っ掛けてしまったわ」

 おばあさんが、穏やかで、けれどどこか凍てついた、不思議な声で言った。

 恐怖を覚えるような、この人は魔女なのかな? って思うような声に気を取られる。

 意識を今に引き戻す、ダッダッと力強い足音が聞こえてきた。

 お店の奥のほうから、ポテッとした男の店員さんが走ってくる。

 起き上がろうとする犯人に、ドーンッ! って、飛び乗った!

「合ってる? コイツで合ってる?」

「小野田サイコー。合ってる。こいつが誘拐犯!」

 店員のお姉さんが、ニコって笑った。

 ニコって笑ったまま、あたしに近づいてきて、あたしのことをギュってした。

「怖かったね。もう、大丈夫だからね」

 涙って、いつ止まるんだろう。

 涙って、枯れないんだな。

 とめどなく溢れてくる。

 ほっぺたを、涙たちが駆け下りていく。

 ほっぺたに、いくつもの道を作りながら、涙たちが駆け下りていく。


「アッ!」

 男の店員さんの声がした。

 あたしの身体はビクッてなった。

 犯人が捕まっていたところに目をやると、犯人が――いない!

 走っていく。車のほうへ、走っていく!

「コラーッ!」

 叫びながら、男の店員さんが、なぜだかお店の中に向かって走りだした。

 それから、オレンジ色のボールを掴んで、こんどはお店の外へと駆けていく。

 バックを始めた車に向かって、ボールを――投げた!


 ピシャッ!


 フロントガラスがオレンジ色に染まる。でも、車は止まらない。


 キュルキュル、ブイーン!



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