第20話


 あたしのランドセルにも、音が出るアイテムが付いている。

 だけど、あたしのやつは、ブザーじゃない。ピンクの笛だ。

 入学してすぐにもらった笛は黄色かった。でも、どこかに落としちゃったみたい。

 お母さんにそのことを言ったら、「じゃあ防犯ブザーを持って行って」って言われた。

 だけど、「防犯ブザーはダメ」って言われたのが頭に刻み込まれちゃってる。だから、頑なに「笛がいい!」って言って、笛を無くすたびに笛を買ってもらってる。この笛が何個目の笛なのかは、あたしにもわからない。

 みんなは防犯ブザーをつけているから、六年生なのに笛を使っているのは、もしかしたらあたしだけなのかも。

「あ。学校でむやみやたらにブザーを鳴らしちゃダメですよ? 電池の確認もダメです。確認はお家でお願いします。もう六年生だから、そのあたりは心配しなくていいと先生は思いたいんだけれど。思っていいかな?」

 先生が、教室の中をぐるりと見回す。

 みんな、一応話は聞いているけれど、どこか他人事っていうか。自分事としてそれを聞いていない感じがした。

「最近、ジュアが悪い人にぶつかられたでしょ? なんだか最近は、そういう悪い人が増えているような気がします。だから、自分ももしかしたらそういう人に出会ってしまうかもしれない、って思って、きちんと対策をしていきましょう」

 あたしの名前が出たら、ほんの少しだけ、自分事の雰囲気が広がった。

 それはそれでいいけれど、みんなしてあたしのことをチラッて見てきたのが、あたしは嫌だった。

 みんなの視線は、同じじゃなかった。

 人によって、かわいそう、みたいだったり、なんだか馬鹿にするような冷たい視線だったりした。

 あたしは別に、悪いことをしてないもん。たまたまそこに居合わせただけだもん。

 それなのに、なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだろう。

 あたしの不運は、あの瞬間だけで充分だっていうのに。

「おっと、話しすぎちゃった。それでは、授業の準備をお願いします。一校時目は、五分遅らせて始めることにするから。トイレに行きたい人とかいたら、行ってきてね」

 先生が、教室の雰囲気を断ち切った。

 おかげであたしは視線の痛みを感じることがなくなったけれど、棘はきちんと刺さっていた。

 最悪な気分は、なかなか晴れてはくれなかった。


 あたしは、最悪な気分をどうにか押し込めながら、授業そっちのけで考えて、自分に言い聞かせる。

 あたしは『いかのおすし』を覚えているし、笛だってちゃんと持ってる。

 だから、あたしはヘーキだ。

 それにあたしは、もしももう一回悪い人と出会ったとしても、呪えばいいだけだもん。

 絶対に、大丈夫。

 もう、みんなの視線のことなんて、気にしない、気にしない。

 今日みたいに、誰かの標的になる前に呪う。

 教室中から視線を刺されることになる前に呪う。

 そうすればいいだけ。

 みんなにはできないこと。

 あたしにはできること。

 あたしには、防犯ブザーよりも強力な防犯能力があるから、大丈夫。

 


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