8.ヒーローキクノスケ
第17話
飼い主さんは、自分も罪に問われると思っているらしい。駐車場でお行儀よくお座りしたままのキクノスケの隣で、ピンと背筋を伸ばして正座して、罪を指摘されるのを待っているように見えた。
「ありがとうございました!」
店員さんに深々頭を下げられると、きょとん、とした顔をした。
なぜ怒られないのか、なぜ感謝されているのか。飼い主さんは、今この現状を少しも理解できていないみたい。
まぁ、知らない人のお尻に嚙みついたキクノスケに引っ張られてここまで連れてこられただけだろうから、それもそうか、とあたしは変に冷静に考えた。
犬のことは、よくわからない。だから、キクノスケが今しているしぐさや表情が、いったいどんな感情を表しているのか、あたしにはわからない。
でも、どこか誇らしそうに見える。
飼い主さんと違って、キクノスケにはすべてのことがわかっているのかもしれない。
コンビニで起きたことを知らない人からすれば悪いことをしたように見えるキクノスケは、あの時コンビニにいたあたしたちにとっては、犯人を捕まえたヒーローだ。
人に噛みつくのは良くないことだろうけど、悪い人を捕まえるのは、すごいことだ。
みんながキクノスケを称賛するのは、当たり前のことだ。
『あああ! ジュアー!』
歩道のほうから声がした。ダッダッダッって、お母さんが走ってきた。
「ごめんね、お母さんがバター買い忘れて、バター買って来てなんて言うからぁ」
お母さんはあたしのことをギュッてすると、ぐすんぐすんって鼻をすすり始めた。
「ヘーキ。さっきはお尻がチクチクしたけど、今はもうチクチクしてないし。なんか、うん。キクノスケのかっこいいところが見られて、ワクワクしたし」
「キ、キクノスケ? ワクワク?」
お母さんは、訳がわかりません、って顔をしてる。よくする顔だ。見るとすごく、安心する顔。
「お嬢ちゃん、強いね。怖かったろう? 耐えたご褒美。おばちゃんがジュース買うてあげる」
お店の中からひょっこり出てきた、知らないおばさんが言った。
「え、いや……」
あたしのことをギュッてしたままのお母さんが、困った声でそう言った。あたしとおばさんを、何度も交互に見た。
「いやぁね、あたし、怖くて隅っこから見てるだけだったのよ。でも、〝危ない、避けて!〟って言えはしなかったんだけど。そう心の中で祈ったらね、この子、ちゃんと避けてくれたのよ。さすがにドキドキしたとは思うけんども、ちゃんと判断して、行動出来て、本当に偉かったんだぁ。だから、おばちゃんからご褒美、ご褒美!」
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