第12話


 ビューン!


 ルリちゃんが渡り始めた時、急に大きな音がして、ルリちゃんのすぐ後ろを車がすごいスピードで走っていった!

 びっくりしたんだろう、前にドテッて、ルリちゃんが転んだ。ルリちゃんは横断歩道の上で、お人形みたいにかたまってる。

 あたしは走り出した。はやく、はやく、ルリちゃんのところへ行かなくちゃ!

「ルリちゃん!」

 叫んだら、ようやくお人形じゃなくなった。

 ルリちゃんが、声がする方――あたしを見た。

 信号は、青がピカピカしてる。

 曲がろうとしている車が、じりじりと寄ってくる。

 運転手さんの顔は、その場所からはよく見えなかった。

 だから、運転手さんが今、どんなことを考えているのかはわからない。

 でも、ぴたって止まってくれない車に、さっさと渡れよ、って文句を言われている気がした。

「ルリちゃん、あたしと一緒に、あっちまで行こう」

 ルリちゃんが、こくん、と頷く。

 あたしはルリちゃんの手を引いて、一緒に横断歩道を渡りきった。

 歩行者信号は赤になって、車の信号は黄色、赤って色が変わった。

 動いていた流れが止まって、止まっていたものが流れだした。

 まるで、何ごともなかったみたいに、いつも通りがそこに戻ってきた。

「大丈夫? 怪我はない?」

 いつもだったら、キラキラした可愛い声を聞かせてくれるルリちゃんだけれど、今はどうしても喋れないみたい。

 あたしは血が出たりしているところがないか、ルリちゃんに声をかけながら、確認した。

 ふう。身体に怪我はないみたい。心は……心配だけど。

「びっくりしたよね。あたし、見てたよ。信号を守らない車が、ビューンって走っていくところ」

 あたしは言っちゃいけないことを言ったみたい。ルリちゃんの目に、涙がたまり始めた。

「ごめん、ごめん」

 謝ったら、ルリちゃんは首を横に振った。その拍子に、ためた涙が飛んで、目尻に涙の線ができた。

『ルリー?』

 少し遠くから、大人の女の人の声がした。

「あの人、お母さん?」

 って聞いたら、ルリちゃんがこくんこくん、と頷いた。

 

「ルリー? 学校終わったらまっすぐ帰ってくるように……って、あら? お友だち……にしては高学年ね。こんにちは」

「こんにちは。わたしは寺坂ジュアと言います。同じ小学校の六年生で、異学年交流のときにペアを組ませてもらってます」

「あら、自己紹介がとっても上手! いつもルリがお世話になってます。ルリのお母さんの、マリです。よろしくね」

 ルリちゃんは、怯えた顔で俯いて、じっとしてる。

 だからあたしはマリさんに、ついさっきの出来事を説明した。

 青信号で渡り始めたら、車がビューンってきて、ルリちゃんの少し後ろを駆け抜けていったっていう話を。

「怖かったね」

 マリさんはそう言って、ルリちゃんのことをギュッてした。ギュッてすればするほど、だんだんいつものような笑顔に戻り始める。ルリちゃんは安心したみたいだ。


「ジュアちゃん、ありがとうね」

「いえ、当然のことをしたまでです」

「あら、かっこいい言葉を知ってるんだね。ルリ、こんな素敵な子とペアを組めて、幸せ者だね」

「うんっ!」

 ルリちゃんの目が、キラキラって輝いた。

 落ち着きを取り戻したルリちゃんは、マリさんと一緒にお家へと帰っていく。

 あたしは、お母さんと手を繋いだ、ランランと弾む黄色いランドセルカバーが小さくなっていく様子を見ていた。

 そして、二人の背中が見えなくなったころ、心の中の怒りをそのままに、ついつい曖昧に呪った。

「あんなやつ、一人で勝手に事故ればいいのに!」



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