第10話
先生の言葉が、途切れた。
あたしにはわかる。なんで途切れたのかわかる。
このクラスの保健委員は、ミキだから。だから先生は、いつものように保健室まで一緒に行く役目を保健委員に任せることを、躊躇したんだ。
「先生が一緒に行こうかな」
「先生! わたし、落ちちゃったもの、拾っておきます」
「ありがとう、ナゴミ。よろしくね」
「はい」
「それじゃあ、先生はナルトと保健室に行ってきます。皆さんは引き続き、習字をしていてください。決してふざけないように。隣の先生に、先生が少し教室を離れることを伝えておきます。もしも、大人の力が必要な問題が起きたときは、隣の教室へ助けを求めに行くように」
「はーい!」
先生とナルトが、教室から出ていった。
隣をちらっと見る。
キヨは何事もなかったかのように、やる気なく筆を動かしている。
友だちが墨まみれになったっていうのに、薄情なやつだな。なんて、犯人であるあたしは思った。
少しして、先生が一人で戻ってきた。
それから、ナゴミと一緒に習字セットを片づけたり、確認したりしてた。
ここが割れちゃってるな、とか、このへん拭かないとね、とかいう呟きが聞こえる。
普通の授業だったら聞こえないんだろうなってくらい小さな声が、再び静けさを取り戻した教室に、離れた席にいても聞こえるくらい、よく響く。
「タケシくんの習字カバン、ちょっと墨が付いちゃってる。ここ、乾いてない。湿ってる。さっき付いたやつだよ」
ナゴミが困った声で、タケシに言った。
「え? マジ? まぁ、ヘーキヘーキ」
「ほんとう?」
「俺、散々墨まみれにしてきたし。そもそも習字カバンに墨が付かない奴なんていないだろ? ほら、こうしてちょちょっと拭いて、取れないやつは気にしない。それでオッケー。ま、あれだ。気にしてくれてありがとうな。和田」
「ああ、うん」
そのやり取りを耳にして、あたしはムズムズした。
あたしが〝転べばいいのに。墨で汚れてしまえばいいのに。そうして、笑われればいいのに〟って呪ったせいで、いろんな人に迷惑がかかっちゃった。
泥だらけを笑った奴は、墨まみれになればいい、って思ってた。でも、ナルト一人だけが墨を被るなんて、そんな都合がいいことは起きないみたい。
違う。きっと、あたしの呪いが、曖昧だったからだ。
今度から、呪う時はもっと細かく、他の人に迷惑が掛からないように呪わなきゃ。
そう思いながら、文字を書く。
ジュアの〝ジュ〟の字は〝呪〟じゃないけれど、呪うことばかり考えていたから、〝呪〟って書いてしまって、誰にも見られないように、急いで半紙をぐしゃぐしゃに丸めた。
キヨの視線が、あたしに刺さった。
「いや、そのぅ……めっちゃミスった」
「ああ、そう?」
そう。あたしはめっちゃ、ミスったんだ。
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