4.笑われればいいのに

第8話


 先生は少し話をしてから、出欠を取り始めた。

 朝の会は、クラスの中にポツンとある、心のぐちゃぐちゃに不必要に触れることなく、いつも通りに進んでいく。

「甲斐コトさん」

「はい!」

「神尾ミキさん」

 先生はミキの異変に気づいていたみたいだけれど、クラスのみんながいるところでそれを指摘しない。先生は様子がおかしいミキの名前も、みんなと同じように呼ぶ。同じようにっていっても、声に少し心配しているような不思議な優しさがあったけれど。

 何もかもいい先生ってわけじゃない。時々ムカつく。だけど、こういう〝よく気づいて、不必要に出来事を大ごとにしないところ〟は良い先生だなって、あたしは思ってる。

「……はい」

 ミキの返事は、いつもよりもすごく小さい声だった。いつもだったら、返事が小さいと、先生はもう一度名前を呼ぶ。そうして、はっきりとした声で返事することを求める。けれど、この時、先生はミキのことを二度呼ばなかった。

「木戸チカラさん」

「先生! 神尾、ちゃんと返事してません!」

「木戸、チカラさん!」

「えー。いつもだったら怒るじゃんか」

「木戸――」

「はいはいはーい!」

「返事は一度でいいですよ」

「はーい!」

 教室の中が、男の子たちの笑い声で満ちる。

 あたしは、朝からなんだか、嫌な気持ちになった。

「清水キヨさん」

「はいぃ」

 教室が一瞬、ピリッとした。

「白瀬タクトさん」

「はい!」

「瀬高タクマさん」

「はい!」

 出席確認は続いていく。

「田中タケシさん」

「はいっ!」

「寺坂ジュアさん」

「……あ、はい!」

 自分の名前を呼ばれた時、あたしはミキとナルトのことばっかり考えていたから、すぐに気づけなかった。ぼーっとしてしまっていた。

 先生は、あたしの目を見て、何か言おうとして、でもその言葉を飲み込んだ。

「えーっと、ジュアまで呼んだんだっけ?」

「えー? 先生、ぼーっとしてたの?」

「ごめんごめん。ジュア。ジュアまで呼んだ?」

「はい!」

「ありがとう。それでは、次。戸森アラタさん」

「ふぁーい!」

 また、男の子たちの笑い声が満ちる。

「と・も・り・ア――」

「はい、すみません!」

 今度は女の子も、クスクス笑った。

 ミキを見る。ミキは全然、笑ってない。


 朝の会が終わると、先生がミキの所へ行って、座っているミキの視線に合わせるように、しゃがんだ。

 他の子には聞こえないくらいの小さな声で、何か話をしている。

 ミキは小さく口を動かすけれど、しゃべるのが難しいみたい。

 パクパクって動かすと、少し遅れて、身体がぶるぶるって震える。

 先生が話しかけると、時々首を横に振る。

 先生が、ナルトのほうを見た。ミキの頭をポンポン、ってして、それからクラスのみんなに向けて一校時の算数の準備をするように大きな声で言いながら、先生の机へ歩いていった。

 

 あたしの隣の席にいるキヨは、ナルトと仲良し。だから、休憩の時とか、ほとんどずっとつるんでる。

 どうせ来るだろう……っていうか、今日こそ来い、って祈っていたら、一校時が始まる前に、ちゃんと来てくれた。ラッキー!

「なぁ、なんか先生に見られたんだけど」

「はぁ? ってか、先生、神尾のこと気にしてたじゃん。たぶん、そのうち先生の手が空いた時にでも、お前、説教くらうと思うぜ?」

「えぇ、だるぅ。なぁ、説教食らわなかったらさ、今日の給食のデザート、オレにくれよ」

「なんでだよ」

 馬鹿話をしてる。なにがいけなかったのか、どうして人が傷ついているのか、気づいても、気づこうともしていない。全然反省していない。

 あたしは、あたしの心の中の、呪いスイッチが入る音を聞いた。



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