第7話


 だいぶバタバタしてしまったけれど、なんとか今日一日、授業を受ける準備ができた。

 あたしはランドセルをロッカーにしまいに行く。

 あーあ。誰かの水筒、ロッカーから転げ落ちてるじゃん。名前を見てみる。安住ダイキって書いてある。

 あたしは、これで誰かが転んだらいけないし、って、ダイキの水筒をダイキのロッカーに入れておいてあげた。ちらりとダイキの声がする方を見る。呑気な顔しておしゃべりしてる。別に、しまってくれてありがとうと言われたいわけじゃないし、どうせ、しまってくれてありがとうと言ってくれる人でもないから、このことを伝えたりしない。

 まぁ、言うべき時がもしきたら、「ちゃんとロッカーに入れなよ」くらいは言うかもしれない。でも、たぶん、来ない。同じことが何回も起こらない限り、来ない。

 それに、あたしだって、誰かの水筒の行方を気にし続けていられるほど、暇じゃない。

「ふはははは!」

 突然、バカにするみたいな、聞いていて嬉しくならない笑い声が聞こえた。

 ダイキの声に似てる。でも、違う。ダイキの声はもっとはっきりしてる。あの少しこもった感じ――あれは、ナルトの声だ。

 声がする方に視線を移す。と、ナルトはミキを指さして、お腹を抱えて笑っていた。

「おまえ、なんだよその服。だっせぇー!」

「矢部っち、言いすぎだよぉ」

 ミキは俯いて、少し震えていた。

 あたしは急いで準備しなくちゃって焦っていたから、クラスの中をぐるりと見ていなかった。

 だから気づけなかったのかもしれない。

 ミキの洋服が、朝だっていうのに、あちこち泥だらけだっていうことに。

 なにがあったんだろう――。

 心がミキに起こった出来事を知りたがる。でも、たぶん、あたしはそれを、何の苦も無く想像できる。だって、あの汚れ方は、学校へ来るまでにどこかで転んでしまった汚れ方にしか見えないから。

 ミキの近くにいる女の子たちが、「笑うことじゃないじゃん!」とか、「サイテー!」って、笑うナルトに文句を言ってる。「やっぱり、保健室行こうよ」とか、「洋服貸してもらったら?」って、ミキに寄り添う声がする。

 女の子たちがどれだけ文句を言っても、ナルトには少しも響いていないみたい。文句を言われれば言われるほどに、火に油を注ぐみたいに、ナルトのバカにする声や言葉が力を増していく。

「おい、先生来るぞ!」

 タケシが言うと、クラスのみんなが自分の席へと急いで移動し始めた。その時、ちらっと見えたミキの目は赤くて、涙の雫がつーっと頬を伝っていた。


 先生が教室のドアのところまで来た。足元にある線のところでピタッと止まって、頭を下げた。

「おはようございます!」

 みんなはそれぞれのタイミングで、「おはようございます」って声を出す。あたしは「おはようございまーす」と呟きながら、ミキのほうを見た。ミキは自分の心のぐちゃぐちゃしたやつを押し込めるのでいっぱいいっぱいみたいで、俯いていた。

 朝からあんな様子じゃ、今日一日、辛いだろうな。



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