第5話


 ドンガラガッシャーン!


 食缶が、ひっくり返った!

 ケイゴがトングを手に取って、食缶の中についているきなこを余すところなくあげパンにつけようとしたら、手が滑ったみたいだ。それで、あげパンを落とすまいと焦ったのか、食缶をグイッと引いて、その勢いと男の子らしいパワーでガッシャーンって。

「だ、大丈夫?」

 先生が慌てて、ひっくり返った食缶のほうへ近づいていく。そこには、油を吸って、さらさらしていないきなこを身体に纏ったケイゴがいる。

 黒板に、茶色い点々。きなこが飛んで、ついたみたいだ。

「痛いところとか、ある?」

 先生がケイゴに話しかける。でも、ケイゴは何も言わない。教室の中から、クククククって笑い声が聞こえる。うわぁ、っていう、汚いものを見た時みたいな声を吐く人もいた。痛そう、って心配する子も居るけれど、そういう子の声って、笑い声より小さい。だから、まるで、教室全体がケイゴの敵、みたいな雰囲気だった。

 先生が、食缶と転げたあげパンを拾い上げる。

「あげパン無駄にしやがった」って、じゃんけんに参加していた人が呟いた。

 先生は続けて、ケイゴのきなこをはたいて落とし始めた。配膳台の目の前の席の、アイリが掃除用具入れまで走っていった。ほうきとちりとりを手に取って、戻ってくる。

「あ、ほうきもってきてくれたの? ありがとう、アイリ」

「いえ」

 あたしはデザートをトレーに置いて、立ち上がった。アイリのもとへと急ぐ。

「あたしも手伝う」

「ありがとう、ジュア」

 あたしはすぐ近くでうずくまっているケイゴに、「きなこまみれだ」って言ってやろうかなって、ほんの少しだけ悩んだ。でも、言わないっていう選択をした。

 もうこれで充分で、これ以上はやりすぎだろうって思ったから。

 

 あげパンで、はっきりした。

 あたしは確信した。

 あたしは、人を呪うことができるらしい。

 だって、いいことを思い浮かべても、それは現実にならない。けれど、悪いこと――こうなっちゃえばいいのにっていう、なんだか性格が悪いような気がすることを思い浮かべると、それは現実になる。

 過去の予言が的中した出来事を思い出して、今の実験の結果を受けて、そう思った。

 あたしは、心に決めた。

 あたしは、悪い想像をしたら、それを現実にできてしまう不思議な力を持っている。これは、とても危険なことだと思う。

 だから、死に関することは考えない。

 どのくらいの強さの力を持っているのかは、わからない。もしかしたら、人を殺せてしまうのかもしれない。

 あたしが呪って誰かが死んだところで、誰もあたしのせいだって気づかないのだろうし、あたしがそう言ったとしても、誰も信じてくれないんじゃないかって思う。

 でも、だから、あたしは誰かや何かを殺してしまったら、それを延々抱え続けなくてはいけないってことになる。

 もし誰かの命を奪ってしまったら、あたしは誰かに罰してもらえるでもなく、誰かに〝ひどい妄想をしている〟と思われようが、ただひとりで殺害者という重荷を背負っていかなければならなくなる。

 そんなの、絶対に嫌だ。

 だから、あたしは呪いの力を操らないといけない。ふとした時に、そういうことを考えないように、自分で自分を制御しないといけない。

 

 あたしは絶対、〝殺し屋さん〟にはならない。



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