遥と舞菜
『ヒントだよね?』
『えっとね、ちょっとまってね!』
舞菜からのメッセージが届いた。
『待ってました!』なんて言ってはいたけど、どうやら間が悪かったようだ。
「うん」
「ごめんね」
「ありがとう」
「でもゆっくりでいいよ」
さて、今のうちにいろいろ整理しよう。
唯が怒ってる原因に辿り着くために凛々と愛瑠からもらったヒントは『レーゲンボーゲン』と『ドイツアヤメ』の2つ。
レーゲンボーゲンは原因に繋がる直接的なヒントではなく、次のヒントであるドイツアヤメを示していた。
となると、ドイツアヤメが示すのは、これから聞かされる舞菜のヒントである可能性が高い。
レーゲンボーゲンとドイツアヤメ(レインボーフラワー)は、虹で繋がっている。
これは、知識があればすぐにわかるくらい、シンプルな共通点だろう。
そう、シンプルなんだ。
だから僕は、ドイツアヤメが示すのも同様にシンプルなものだと思い、花言葉がキーなのではないかと推理した。
花と言えば花言葉だし。
けどこれは、愛瑠から暗に否定された。
ドイツアヤメが示すのは『花言葉以外の何か』。
僕の考察はここで終わった。
完全に手詰まりだったんだ。
そんなわけで繋いでもらった次の協力者、舞菜。
一人につき一つのヒント。
そのヒントが示すのは、次のヒント。
であれば、今回のヒントは何を示しているんだろう。
舞菜は3人目だ。
そこで終わりだとは思うけど、もし仮に次のヒントがあるとしたら、まず間違いなく唯が出てくることになる。
つまり、
レーゲンボーゲン→ドイツアヤメ→今回のヒント→原因
の、今回のヒントが原因に直結するパターンと、これに唯が加わった
レーゲンボーゲン→ドイツアヤメ→今回のヒント→唯のヒント→原因
の、計2パターンが考えられる。
今後の展開的にも、今回のヒントは結構重要な気がする。
いや、今までのも超重要だけどさ、この険しさはまるで大相撲。
難易度から僕はコンフュージョン。
でも提出するんだソリューション。
這ってでも君の隣に並んで たくさん交わしたい共通言語。
Wake Up!! Wake Up!!
「あっ」「えっ」は僕の標準語。
「Ah」「Yeah」に変えてSoul To Soul!!
ヒェア。
『お待たせ!かけるね!』
と、舞菜からの返信が返ってきた。
どうやら今回のヒントは通話で教えてくれるらしい。
それからすぐ舞菜からの着信が入った。
ベッドで横になっていた僕は、とりあえず上体を起こしてから応答した。
「もしもし」
『あ、遥?
ヒントだよね?
ヒントなんだけどさ……?』
スピーカーから聞こえる舞菜の声遣いは、勢いやスピード感こそいつも通りだけど、トーンがどこか落ち着いていた。
いつもの舞菜に比べたら、暗いとか、落ち込んでるとか、そんな印象を受ける感じだ。
何か言いにくいことでもあるのかな?
……まさか、いつまで経っても自力で解けない僕に嫌気が……?
それで教えたくなくなって、そんなトーンに……?
「ど、どうしたの……?」
『ヒントね、1日1個までらしくて、すぐに教えちゃだめって……ごめんね……』
と思ったけど、どうやらそういうことみたいだ。
身構えていた僕には、舞菜の言葉を理解するのに、少しばかり時間が要った。
「……あ、ああ。
なんだ、そういう……」
舞菜や皆がそんなことを言うはずないって、頭ではわかってるんだけどな。こういう部分はまだまだだみたいだ。
最近は被害妄想も減ってきたと思ってたけど、油断したらすぐこれだもんなぁ。
自信失くすよ、本当。
にしても明日か。
もういよいよ時間もないし、出来れば早めに唯と話したいんだけどな……
この調子じゃ、明日か明後日か。
渡せないってことはないだろうけど、気が逸ってくる。
もし明後日──金曜日までに仲直り出来なかったら……
『ごめんね?早く聞きたいよね?』
っと、通話中だった。
「いいよいいよ、大丈夫。
むしろ声聞いて舞菜が落ち込んでるって思ったから、そうじゃないなら安心だよ」
『うあァん!ありがと!』
うあァん。
ちょっと人間火力発電所っぽいな。
「じゃあ明日かな。手間かけてごめんね」
『ううん!仲直り出来るといいね!じゃあね!』
「うん、ありがとう。じゃ」
そこで通話は終わった。
結局すぐにいつも通りの舞菜に元通りだったな。
あの切り替えの早さは見習いたいものだ。
スマホを閉じ、再び大の字になる。
僕は天井をぼーっと見つめながら、思索を再開することにした。
ヒントは明日ってことは、焦っても仕方ない。
個人的には一刻も早く仲直りしたいんだけどな。
1日1個。
昨日、今日、そして明日。
明日舞菜からヒントをもらって、そのまま唯のところへ向かうってのも勿論考えられる。
けど、舞菜達を裏で操っているだろう唯の性格を加味して考えると、恐らく、次に唯に会えるのは明後日だ。
唯はNARUT〇なら奪還編が好きだからな。
一人一殺がかっこいいって言ってたのをよく覚えてる。
それなら、明後日としか考えられないな……うん……
明後日の金曜日。
5月23日。
唯の誕生日。
それまでに仲直りして、プレゼントを渡そうと思ってたのにさ。
レーゲンボーゲンとドイツアヤメ。
次のヒントの糸口でも掴めれば。とは思うんだけど、生憎僕はクイズや謎解きの類は苦手なんだよな。
まあ今更そうも言ってられないか。
とにかく考えてみよう。
「レーゲンボーゲンはドイツの虹」
「ドイツアヤメ、ジャーマンアイリスは虹の花」
そうして考え始めて、精々1分ほど。
過去最高に冴えた僕は、とんでもないひらめきを得た。
虹と花。
ドイツの虹と、虹の花……か。
「……ん?
あれ、ん?」
ドイツの虹と、虹の花──
「──あっ!」
思わず上半身が跳ねた。
その勢いのままスマホを開いて文字を打ち込む。
そして、疑念は確信に変わった。
「……やっぱりそうだ」
ドイツの 虹 の花
これ、虹って文字が被ってる。
もしこの通りに進んでいくなら、次のヒントは、『花』から始まる言葉?
ドイツ虹花〇
この〇に入るものがわかれば、それはもう正解と言えるんじゃないか?
そう考えた僕は『花』から始まる言葉を徹底的に洗い出そうとした──が、時間的にも労力的にも無理だと悟った。
普通にドイツアヤメで調べよう。
まあ調べるって言っても、ネットで花屋さんがやってるサイトの解説を読むくらいなんだけどさ。
「ドイツアヤメ……アヤメ科、アヤメ属。
主に4月から5月頃にかけて咲く。
暑さや寒さに強い」
「勇気や知恵の象徴。
エジプトのファラオのお墓にはこの花の絵が彫られている。
フランスの……国花の一つ……?ジャーマンなのに?」
どのサイトも基本的には生態とか、起源、歴史、育て方、雑学がメインで書かれているみたいだ。
ちょっと調べ方を変えるか。
意味があるかはわからないけど、『ドイツアヤメ』を『ジャーマンアイリス』に変えて……
「『ジャーマンアイリス 花言葉』……っと」
そうして出てきた言葉は案の定、ほとんどは僕が今日調べたものと変わりない。
あとはまあ、色によって花言葉が違うとか、そういう系ばかりで、やはり身になりそうなものはなかった。
「花言葉は関係ないみたいだったけど、なにか手がかりになりそうなものはないか……?」
藁にも縋る思いで調べを進めたところだった。
僕の目にある言葉が留まった。
「5月29日の……誕生花……?
なんだ?誕生花って」
誕生花。
誕生石みたいなものかな。
「生まれた日にちにちなんで特定の花を割り当てたもの……」
調べてみると、誕生石の日にち版みたいなものらしいことがわかった。
……なんか、これくさくないか?
確信に近いものはある。
でも1点、覆しようのない事実がそれを否定する。
5月29日。
ドイツアヤメ、ジャーマンアイリスは、5月23日の誕生花ではなかった。
唯の誕生日の6日後──ってことは、直接的な関係は無いのか?
なにか意味はありそうだけど、もし舞菜のヒントが誕生花だとしたら、『ドイツ虹花〇』の〇には当てはまらないし……
法則を外れていて、誕生日とも関係がない。
もしかしたら誕生花はあんまり関係がないか、まったくの見当違いなのかもしれない。
てかそもそもだ。
もし5月23日、誕生日がキーだとしたら、唯はその話題で怒ってるってことだよな……?
なんでだ?誕生日のことはちゃんと覚えてたのに?
いやまあ確かに、少し素っ気ない感じの反応にはなったけど、それはサプライズを悟られたくないからで、これは凛々達にも秘密だから、みんなの前でもなるべく悟られないよう、顔に出さないようって気を付けてたから、僕の様子を見た凛々と愛瑠が「誕生日のことは大して意識してなさそう」って唯に言ってたかもしれないけど、でもそこにうしろめたさなんか一つもなくて、それは、サプライズは成功させてナンボだって思ってるからで、でも付き合ってもいないのにアクセサリーのプレゼントはなんかちょっとキモいかなって気にしてる自分もいて、そのキモさをごまかすのに躍起になって、つい「そうだね」なんて、少し冷めたようなトーンになっちゃっただけで……
……はぁ。
やめよう。みっともない。
もし本当に誕生日が原因だとしたら、僕はどうしたらいいんだ?
プレゼントをあげるのは、物で解決しようとしてるみたいだし、気の利いた言葉は相変わらず、僕にはハードルが高い。
…………ま、まあ、今そんなこと考えても仕方ないか。うん。
今日も今日とて頭を使いすぎたし、もう寝よう。
寝付くのに難儀したのは言うまでもない。
* * *
朝起きると、舞菜からメッセージが届いていた。
『白のカラー!』
寝起きの頭じゃ、ものを理解するのに数瞬かかる。
10秒くらい経って、ようやくわかった。
……これヒントだ。
白のカラー……ってことは、白色?ってこと?
それともドイツアヤメの白を指してる?
白のドイツアヤメの花言葉とか、何日の誕生花とか、そういう……?
ってああもう、時間がない。学校行かなきゃ。
* * *
「あ、遥。おはよ」
「ん~おはよ」
教室に着いた僕にいち早く反応したのは桜井だ。
その隣には司馬もいる。
「どうした?お前の顔に考え事なんか似合わねぇぞ?」
桜井につられるように僕へ反応した司馬は、僕の顔色が優れないのを察知したのか、隙あらばの精神で煽ってきた。
「それを言うなら悩み事でしょ」
「ンッハハ!」
この二人は今日も仲良く雑談をしている。
何を毎日話すことがあるんだ。って1年前の僕は思っていたな。けど唯と関わりを持ってからは、僕もそちら側の住人だ。
話題、これが意外とあるんだ。くだらないことばっかりだけど、それが楽しいんだ。
……この二人ならどうだろう。『白のカラー』が何か、わかったりするかな。
「白のカラーってわかる?」
僕の問いに、司馬は眉根を寄せた。
そして一言。
「色以外あんの?」
僕とまったくの同意見だった。
まあ司馬はな、そうだよな。
しかし、やはりと言うかなんと言うか、なんだかんだで頼れる人物である桜井は、司馬に対して天地の優秀さを披露してくれた。
「カラー自体は確か、ギリシャ語で『歓喜』を意味する単語でもあるよ。
あと……花?」
花──
雷が落ちたような衝撃が僕の全身を走った。
僥倖っ・・・! なんという僥倖・・!
「ありがとう!!」
「ん?もういいの?」
「充分!!」
あまりにも有力すぎる情報を得た僕は、自分の席にダッシュで着いた。
カラーについて調べるためだ。
にしてもまさか、そんな名前の花があったとは。
一人だったら白色決め打ちか、辿り着いてもせいぜいがギリシャ語の『歓喜』までだった気がする。
一手で花まで辿り着けたのはまさに僥倖だ。
一段上ったとかじゃない。
一気に階段を飛び越したみたいな、そんな進展だ。
カラーが何日の誕生花か、あと一応花言葉も調べて、そこからドイツアヤメとの関連を探ろう。
僕は『カラー』で検索した。
そしてすぐ、暗礁に乗り上げた。
「6月27日……?」
全然違ったのだ。
5月23日とも、ドイツアヤメの5月29日とも。
えっじゃあ花言葉は……?
そう思って調べてみると、ドイツアヤメよろしく、またしてもギリシャ神話が元ネタらしい。
もしかして花言葉そのものがそんな感じなんだろうか?
カラーの花言葉は『華麗なる美』、『乙女のしとやかさ』、『清浄』。
……まるで唯だ。
『華麗なる美』は、カラーという名前が、ギリシャ語で『究極の美』を意味する『カロス』が由来になっていることから。
『乙女のしとやかさ』も元ネタはギリシャ神話らしい。
詳しくは……ここには載ってないか。
そして『清浄』は、カラーの見た目がウェディングドレスを想起させるから……ね。
ドイツアヤメとの関連……なにか無いか?
レーゲンボーゲンとドイツアヤメだって関係してたんだ。きっとなにかあるはずだ。
育て方が似てるとか、なにか──
「は~い席付け~。
HR始めっぞ~!」
僕の作業を中絶させるようなタイミングで担任が登場した。
HR中にスマホの操作が見つかると没収されてしまい、放課後まで手元に戻ってこない。
そんなバカみたいなことをして貴重な時間を無駄にするわけにいかなかった僕は、大人しくスマホをポケットへ仕舞った。
……なに、休み時間に調べればいい。
なんて甘えた判断をした僕を僕は呪った。
そんな数分で何か有益な情報が入手出来るわけがなく、あっさりとお昼休みになったからだ。
司馬と桜井と机をくっつけてのお昼ご飯、爆速でお弁当を完食した僕は、急いで調べを再開した。
とりあえず、カラーの育て方とか歴史とか、そういうの。
昨日ドイツアヤメを調べたときに使ったサイトがわかりやすくまとめられてたから、まずはそこにいってみよう。
「そんな熱心に何調べてんの?」
スマホの虫になっていた僕に、桜井が声をかけてきた。
「花。共通点」
虫の僕はそんな粗雑な返ししか出来なかった。
しかしそこは桜井。この程度なんとも思わないのだろう。
「ふ~ん。何日の誕生花か~、とか?」
「そう。一緒だと思った二つが違った」
「へぇ、全部違ったんだ?」
その一言に虫の羽音がピタッと止んだ。
と言うか、僕の動きが止まった。
「全部……?」
思わず桜井へ顔を向ける。
「ん?誕生花って、1輪につきいくつかあんじゃん。
知らないの?」
桜井は驚異の目で僕を見ていた。
この人にとっては常識のようなものだったんだろうか。
「知らない……」
「そ。とりあえず検索してみたら?」
言われるがまま、虫の僕は文字を打ち込む。
『5月23日 誕生花』
検索。
『5月23日の誕生花は、ジギタリス、カルセオラリア、ジャーマンアイリス、白のカラーです』
「……マジじゃん」
「ほら。ね?」
僕はあっけにとられながら、全てのヒントが一本に繋がったのを理解した。
* * *
放課後、僕はサイゼにいた。
目の前の席には、サラダをつつく一人の少女が座っている。
少女……いや、女子? 女性?
……まあ、うん。舞菜だ。
「ふむふむ、じゃあ遥は、白のカラーがどういうことかわかったんだね?」
これは要するにあれだ。答え合わせみたいな、そういうやつだ。
この三日間、ほぼずっと考え続け、舞菜達3人と、最後は桜井にも協力してもらった。
勿論、司馬は賑やかしだ。
これは、ファイナルアンサーにしてベストアンサーだ。
「うん。5月23日、つまり、唯の誕生日の誕生花。
2個目のヒントのドイツアヤメ、ジャーマンアイリスも同じだった。
レーゲンボーゲンから全部が。唯の誕生日に繋がってたんだ」
僕は答えとして、『唯の誕生日』を提出した。
舞菜は目を瞑って聞いていた。
僕の答えに耳を傾けて、確かめるように頷いている。
「うんうん、それで?答えは?」
そして、素っ頓狂なことを言った。
「……へ?」
あれ、話聞いてなかったのかな。
「えっ、だから、『唯の誕生日』でしょ?」
あれか、さっきのは説明というか解説というか、そういうのも含めて答えたから、だから聞き返したのかな?
舞菜は僕をじっと見ている。
大きくて真ん丸な目。
ラメでもはいっているんじゃないかという目。
そんな二つに見つめられた僕の鼓動は、少しずつそのスピードを上げていく。
これは恋のドキドキじゃない。緊張のハラハラだ。
舞菜の目は、まるで僕を試しているかのようだった。
視線はそのまま数秒ほど交わされる。
すると舞菜は、はぁと小さくため息を吐いた。
呆れたように視線を落とし、レタスをフォークで刺す。
「それは答えの一歩手前だよ?なのに、いいの?」
「このままじゃ唯、遥と会ってくれないよ?」
その言葉に反射するように、僕の腰が上がった。
「えっ!?」
ガタッと大きな音が店内に響いて、周囲の視線が刺さるのを肌で感じる。
でもそんなの関係ない。
それどころじゃない……
会えない……?唯と……?
顔の血の気がサーッと引いていくのがわかる。
僕は正直、なんだかんだで、唯は僕を許してくれると思っていた。
誕生日について少し素っ気なくなったのは確かだ。
でも唯はそんな僕の態度からプレゼントがある事を察して、今回の一連への導入として、形だけ怒ってたみたいな、そういうものだって、思ってた。
違った。
手遅れだったんだ……
「遥。座って」
「あ、ああ……うん……」
僕は座りなおした。
いや、正確には、立っていられなかった。
やらかしたという事実に、手遅れという現実に、足が震えていた。
崩れ落ちるように腰が落ちたところに、たまたま椅子があっただけだ。
結構大きい音がしたから、椅子は倒れたもんだと思ったけど、少し後ろに下がっただけだったんだな。
顔を正面に戻すと、舞菜がこっちを見て──
「んっふふ!遥は可愛いなぁもう!」
……察した。
「嘘嘘!冗談だよ!
そこまでわかったらいいって、唯てゃから言われてるし!」
全身が脱力して、今度は座っているのも困難になった。
テーブルの下へと液体のように垂れようとする身体をなんとか固形化し、息も絶え絶えといった様子。
そんな僕を見つめる舞菜の、なんと楽しそうなこと。
きゃっきゃと、まるでお遊戯会の子供だ。
「死のうかと思ったじゃん……はぁ、良かった…………」
「んふふ!
唯てゃからさ、『誕生日の話したら冷めた反応されたから、少しだけ意地悪して』って言われてたから、だから嘘吐いちゃった。ごめんね?」
あ、怒ってたは怒ってたんだ。
……まあでもそうだよな。やっぱ。
僕があの場でもっとスマートに振舞えてたら良かったんだもんな。
そんな高等テク、僕なんかには無理すぎるけどさ。
「いや、それに関しては全面的に僕が悪いから、謝んないでいいよ。
もっと上手くやれたらよかったんだけど、難しいね」
「ふふ、遥はおばかって、唯てゃも凛々も愛瑠も言ってたよ!」
「それはもう、返す言葉もない……」
けらけらと、きゃっきゃと、心底楽しそうに笑う舞菜を見てると、なんだか身体が軽くなったような気がした。
唯に会えないと言われ、地の底に叩き落され、嘘と言われ、天にも昇る気持ちになって。
唯の望むまま、掌の上で踊らされ、心と共にぐちゃぐちゃに弄ばれたこんな身体だけど、まだまだ頑張れそうだ。
その後、軽く食事を取った。
なんのかんの言っても、疲れは誤魔化せない。だから、エネルギーの補給だ。
サイゼを出るころにはすっかり黄昏時で、まだギリ涼しい風が吹いていた。
「気持ちいいね!」
なんて言って笑う舞菜に、この場にはいない凛々に、愛瑠。
この3人には、非常に助けられた。
僕一人だったらきっと、何も出来なかっただろう。
揶揄われもしたけど、そんなのは必要経費みたいなものだ。いくらでもやってくれて構わない。
今はただ、ひたすらに感謝だ。
「舞菜、本当にありがとう。
僕、頑張るよ」
それを聞いて、舞菜は笑った。
ピンクのツインテをふわっと風に乗せて、満面の笑みだ。
「うん!がんばれ!」
ぐっと突き出された舞菜の小さなグーに、僕のさして大きくない握り拳をこつんと合わせ、解散した。
背中は押してもらった。
ここまで導いてもらった。
あと一歩。
あと一歩だ。
* * *
『5月23日 何の日』
ベッドに横になった僕は、このワードで検索した。
「「あと一歩」なんてかっこつけたけど、実際はあと1タップだったな」
検索結果の一番上には、今回の解答が表示されていた。
この日と言えばこれ!ってことなんだろう。
僕はこれと縁のない日々が長かったから全く知らなかったけど、女子はまあ、こういうのに敏感だもんな。
縁のない僕が、どうしてこれが正解だと一目で解ったのか。
それは言うまでもなく、僕と唯に──いや、遥ちゃんと唯に、深く関係していたから。
「でもそっか……唯はこれで怒ってたんだな」
そして明日はやって来る。
5月23日。
唯の誕生日。
そして、僕と唯にとって、少し特別な意味を持つ日。
キスの日だ。
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