遥と愛瑠

 ポンポンと立て続けにメッセージが送られてきた。


 送り主は勿論、我らが姉御の愛瑠嬢。



 『聞いたよ

 唯のこと怒らせたんだって?』


 『やっちゃったねぇ』


 『で、原因に心当たりはないと』


 『遥に悪気があった訳じゃないってのは、皆分かってるし、知ってるから

 そこは安心していいよ』


 『あたしらはヒント出すしかできないけどさ、応援してるから』


 『頑張って思い出して、ちゃんと謝ろうな』



 「あ、姉御ぉ……」


 この頼もしさたるや、まさに姉御だ。


 こうして見ると、凛々のヒントにおける人の心の無さが浮き彫りになるな。

 いやまあ、凛々は凛々で色々と考えてくれているってのは僕も勿論知るところだけどさ、そこまで頭が良くない僕にとって、あのヒントは難しいが過ぎるんだよな。

 僕の頭の悪さを加味して欲しかった。

 あと、ばかばか言いながら先に帰られるのは心にクるから、次からは控えてほしい。


 それはそれとして、分かりやすく協力の意を示してくれる言葉の力強さたるや、本当になんとかできそうな気がしてくるから凄い。



 「迷惑かけてごめん」


 「うん。頑張る」



 僕はそう返信をし、愛瑠からのヒントを待つことにした。


 ベッドで大の字になって、天井を仰ぐ。

 考えることはたくさんあった。

 主に唯のことだけど。


 今回の凛々の態度から、凛々が唯と繋がっているのは間違いない。

 それは愛瑠も同様だろう。

 そして恐らく、僕のどこが駄目で、どこが唯の琴線に触れたのか、そういった一連のことを全て聞いているはずだ。


 とすると、これは謎解きゲームのようなものなのか?

 一人一人からヒントを聞き、推理し、唯の気持ちを暴く!みたいな……?


 ……いや、もしそうだとしても、これはゲームであっても遊びではない──とか、そういう類のものだろう。


 「ヒント……謎解き……」


 結局、レーゲンボーゲンは何を意味していたんだろうなぁ。

 糸口すら掴めなかった。


 僕なんかに次のヒントを与えても、何にも解けないんじゃないかな。


 なんてネガっているとスマホが鳴った。



 『ヒントは明日夕方公開!!』



 愛瑠からのメッセージだ。

 てっきりヒントが来るもんだと思ってた僕にとって、これは特大の焦らしだ。


 ……でも正直なところ、助かった。


 今日は随分と頭を使った。目と脳を酷使したんだ。

 これ以上何かを深く考える体力はもう無いと言っていいレベルの疲労感。


 仲直りが遅くなってもいいってわけじゃないけど、このままヒントをもらったところで、どうせ雑回答の雨あられだろう。

 下手したらもっと嫌われる。


 最悪、好かれなくてもいいけど、嫌われるのだけはいやだ……



 ああ、まぶたがおもい──



 僕はそのまま眠りに落ちた。



* * *



 翌日の放課後、愛瑠からヒントが届いた。



 『ドイツアヤメ』



 「よっ」


 そして、愛瑠も来た。


 「よっ」


 軽く挨拶を済まし、僕達は場所をファミレスに移した。

 どうやら愛瑠はお昼を食べ損ねていたらしい。


 だからファミレスか。


 「適当に食べてるからさ、気になることとかあったら何でも聞いてな」


 「うん、ありがとう。助かるよ」


 「ん!」


 愛瑠は屈託なく笑うと、タブレットとのにらめっこを始めた。

 僕は僕でヒントを考察する。


 さて、愛瑠からもらったヒントは『ドイツアヤメ』だ。


 菖蒲。

 ドイツの菖蒲。


 またドイツだ。

 レーゲンボーゲンも、ドイツ。

 こうも繋がりがあれば、馬鹿な僕でもわかる。


 唯が怒ってるのは、ドイツと関係のある事だ。


 でも、はて。

 唯との通話に、ドイツに関係する話題なんてあっただろうか。


 どう思い返しても、欠片すら浮かばない。


 ドイツの歴史、ドイツと縁のある作品、キャラクター。

 ドイツ国籍推し。


 唯と話した推しとか、なんてことない雑談、唯の仕事関係。


 そうした端々からドイツとの関連を探るも、どうしたって芳しい推論は立たなかった。


 僕の心の中のアキネイターが「それはドイツと関係がありますか?」と訊ねてきても、答えは「いいえ」以外に無い。


 詰みかもしれない……



 いや、諦めるにはまだ早いだろ!気張れ、僕!



 なんだ?ドイツと関係がある何かなんじゃないのか?


 たとえば、各国がモチーフのキャラクターが大勢登場する作品がある。

 ヘタ○アだ。

 でも、僕はそれについて明るくない。

 唯がどうかはわからないけど、僕がそれをわからないってことは、少なくとも僕と唯は通話でその話をしていないという事になる。

 じゃあ違う。


 僕は唯とした会話の仔細こそ脳のメモリ的に覚え切れないけど、大まかな内容なら覚えている。

 出会ってから今までのも、大体は覚えてる。


 いつどこで何をしたとかも覚えてる。


 クリスマスにはマフラーを貰った。

 僕もマフラーをプレゼントに用意していたから、マフラー交換会みたいになっちゃったけど、「等価交換だ!」ってネタで笑い合えた。


 バレンタインにはチョコを貰った。

 ホワイトデーには唯の推しのグッズをあげた。

 チョコは手作りの生チョコで、今まで食べたチョコの中で間違いなく一番美味しかったし、唯は唯で、僕のあげたグッズを抱いて喜んでくれた。

 冗談で「キューバリファカチンモじゃなくて良かった」って言ったら、「これに魂が宿るなら手作りなんてもう出来ないね」って、これまた笑い合えた。


 春には花見をした。

 舞菜達も呼んで、公園で飲んで食べて、その後は朝までオケオールをした。


 イベントを一つずつ満喫して、地道に関係を築いてきたんだ。

 積み重ねるように仲良くなってきたんだ。


 出会って半年そこらの付き合いだけど、中身は決して半端じゃないはずだ。

 結構濃密だったんだから。


 だから当然、今回の唯の「ばか!」は、軽い意味じゃないはずなんだ。

 そして、それは理不尽じゃないはずなんだ。


 ヒントは今のところ、レーゲンボーゲンとドイツアヤメ。


 ドイツにヒントがあるなら……いっそ現地に行くべきか……?

 いやしかし、ドイツに行って何をすればいいんだ?

 虹を撮って、菖蒲を摘んで、それを唯に渡したらいいんだろうか。


 違うな。それじゃあヒントじゃなくて指令だ。


 唯のように7桁万円の貯金があればサッと行って帰って来れるだろうけど、生憎僕は親のスネに塩胡椒を振って舌鼓を打っているだけの、ただのしがない高校生だ。


 唯はそんな僕にいきなりドイツへ旅立たせるような事を、それも、半ば命令のような流れで言うなんて、絶対にありえない。

 唯は絶対にそんなことしない。


 であれば、考えた末に答えのある問題のはずなんだ。


 もう一度考えてみよう。


 まず、レーゲンボーゲン。

 これはドイツの5色の虹で、雨上がりに現れる虹と、半円の虹が弓に見えることからそう呼ばれているものだ。


 そして、ドイツアヤメ。

 菖蒲は日本にもあるけど、愛瑠は"ドイツ"と言った。

 そこに意味がある可能性は、極めて高いはずだ。


 ドイツ。

 German。


 菖蒲はドイツ語でなんて言うんだ?

 『ジャーマンアヤメ』なんてことはないよな……?


 調べてみよう。



 そうして取った一手。


 これが神の一手だった。



 驚いた。

 佐為はここにいたんだ。


 「ドイツアヤメ……ジャーマンアイリス」


 「別名、『虹の花』、『レインボーフラワー』……」


 アヤメはアイリス。

 アイリスは、ギリシャ語で『虹』を意味する。

 レーゲンボーゲンは、ドイツの虹。


 ここに来て、全てが一本に繋がった。


 レーゲンボーゲンは最初のヒント。

 次のヒントがドイツアヤメ。


 つまりレーゲンボーゲンは、ドイツアヤメにたどり着かせるためのヒントだったのだ。

 なるほど、僕はてっきり、凛々のヒントから一気に答えを導き出すべきだと思い込んでいた。

 実際は数珠つなぎのように、過程を経る必要があったんだ。


 そう考えると、凛々のヒントに下した自分の評価が、いかにモノを理解していないかがよくわかる。


 ごめんね凛々。


 別に。


 イマジナリー凛々の許しを得たところで、僕は思考を戻した。


 ドイツアヤメに誘導するためのレーゲンボーゲン。

 そう考えると、ここからはドイツアヤメに絞って考えた方が良さそうだ。

 ドイツアヤメが示すのは、恐らく次。


 舞菜からのヒントに関係する何かだ。


 花と言えば、花言葉。


 ドイツアヤメの花言葉は何だ?


 そう考えてドイツアヤメの花言葉を調べた僕の心臓は、ばっくんばっくんと高鳴った。


 恋のメッセージ

 使者

 吉報

 素晴らしい出会い


 恋……ってことは、もしかして、唯は僕のことが……?


 ……いや、ないか。


 唯は今をときめく人気女優だ。

 復帰早々に人気作品で主演を務めるような女優だ。

 僕なんかより顔も性格も良くて、好みも合って収入もあるような、そんな優良物件からの引く手が数多な人だ。


 となると、逆か?


 僕が唯を好き。


 それを示唆しているんじゃないのか?


 だとしたら……気付かれた?いつ?

 凛々にもバレてたんだ。見る人が見ればすぐにわかるんだろう。

 でもそんな素振りなかったじゃないか。

 今までずっと、怪しい行動はなかった。それこそ今回の──


 ──待て。

 つまり、そういうことなんじゃないのか……?


 あの「ばかっ!」は、


 「なに私に恋しちゃってんだ!ばかっ!」


 ってことなんじゃ……


 いやそれこそ待った!結論を急ぐな!

 レーゲンボーゲンからドイツアヤメへの流れ的に、少なくとも舞菜の分のヒントは残っているはずなんだ。

 唯からのものも、無いとは思うけど、もしかしたらあるかもしれない。

 となると、ドイツアヤメは結論に直行出来るヒントではない可能性が高い。


 落ち着こう。


 「ふぅーー……」


 ……よし。


 恋のメッセージ。これはたぶんキーじゃない。


 じゃあ次だ。

 次の花言葉は『使者』。


 これはギリシャ神話に登場する虹の女神であるイリスに関係しているらしい。

 そして調べてみると、どうやら、『恋のメッセージ』も、『使者』も、『吉報』も、『素晴らしい出会い』も、全てが虹の女神イリスと関係しているようだ。


 神々のメッセージを地上の人々に伝える『使者』の役割を与えられたイリス。

 女神イリスによって伝えられるメッセージが『吉報』。

 イリスのエピソードには恋に関係したものが多く、メッセージは『恋のメッセージ』に置き換わり、新しい恋を始めた人々へ贈る花言葉として生まれたのが『素晴らしい出会い』なんだそうだ。


 今回の件をこれに当てはめるなら、地上を僕。天界を唯……とか?

 とすると、使者にあたるのはヒントをくれる凛々達3人と考えられるな。


 ……つまり、何だ?


 唯は、私じゃなくてこの3人を見ろ、と。そう言いたいのか?

 僕にとっての女神は唯ではなく、この3人のうちの誰かだと、そう言いたいのか……?


 ってことは何だ?

 これ、フラれたってことなのか?


 「凛々がああ言うのもわかるなぁ」


 「ふぇ?」


 顔を上げると、愛瑠が呆れた顔で僕を見ていた。

 テーブルの上にはいつの間にか、結構な数枚のお皿が積まれている。


 ……あ、もう食べ終わったのか。

 本当にお腹が空いてたんだなぁ。


 「遥も何か頼む?」


 僕は手渡されたタブレットを受け取った。

 そして、少し考えてみる。


 もし僕にとっての女神が愛瑠だったら──


 「おばか」


 「……へ?」


 さっきのもだけど、なに?

 もしかして愛瑠は、僕の心が読めてるの?


 「遥、今、あたしのこと考えたっしょ」


 ドンピシャだ。まさか本当に僕の考えてることがわかるのか?


 「な、なんでわかったの?」


 「あたしを見る目が、唯を見る時の目と一緒だった」


 ……マジ?

 そんな印象に残るなんて、僕は普段どんなキモい目で唯を見てるんだ……?

 下手したらあれじゃないか?視姦とかいう……


 「遥は、唯のことだけ考えてればいーんだよ。

 頼まないんならもう出るぞ?」


 僕は唯のことだけを考えておけばいい……つまり、ドイツアヤメの、ジャーマンアイリスの花言葉は考えなくていい……?

 何でだ?ヒントが花なら、花言葉が肝なんじゃないのか?


 花に関係するそれ系のものって、いったい何だ?他に何かあったか?


 「あ……うん」


 取り急ぎ返事をし、僕達は席を立った。


 お会計を済まして外に出ると、外は既に結構暗くなっていて、時計を見ると、なんとびっくり!


 「6時!?」


 確か、愛瑠との待ち合わせが4時だから、2時間近く経ってるってことになる。


 「ん?そうだけど……って、なに遥、考え込みすぎて時間感覚おかしくなってんの?」


 「てっきりまだ5時前くらいかと……」


 「あっはは!すっげぇ~!」


 腹を抱えて笑われた。


 別にいいさ。笑われるってことは、それだけのことをしたんだろうから。


 ……ってかあれ、こんなに経ってるってことは、愛瑠のことをかなりの時間待たせてたんじゃないか?


 「……ごめん、だいぶ待たせたね。

 その上答えも出せず……」


 僕はすかさず謝罪をした。

 あの積まれたお皿も、数回に分けて注文したものだったのかもしれない。

 そう考えると、僕の謝意は増すばかりだった。


 「いーっての!嫌だったらちゃんと言うわ!」


 しかしそんな僕の内情を知ってか知らずか、愛瑠は非常に朗らかであっけらかんとした様子だ。


 そうして笑顔のまま、愛瑠は続けた。


 「ヒントもさ、どうしてもわかんなかったらまたメッセ頂戴よ。

 次は舞菜だけど、かなり張り切ってっから、覚悟しとけよ?」


 まただ。涙が出そうだ。


 何でこの人は──いや、この人達は、こんなにも真摯に、僕に協力してくれるんだろうか。


 最近は"そういうもの"として考えないようにしてたけど、いざこうしてそういう場面に直面すると、ありがたすぎて申し訳なくなる。


 「あー……もう次のヒントにする?」


 と、またしても気を遣わせてしまった。


 はぁ。情けないな。


 「いや、もう少し自分で考えてみるよ。ありがとう」


 せめて、自力で何とかしてみよう。

 僕には出来ないかもしれないけど、努めてみよう。


 「いーってことよ。

 じゃ、頑張ってな」


 「うん……!」


 愛瑠と別れたあと、電車に乗っている間に熟思黙想し、思案投首ながら晩ご飯を食べ、お風呂に浸かっている最中にも千思万考を続け、ベッドに倒れこんだあたりで、僕は愚者一得を得ることは出来ないと悟った。



 「やっぱり無理そう……ごめん」



 チクショウ。もう少し先に進めると思ったのに、微動だにしなかった。

 僕はなんでこう馬鹿なんだ。



 『いーってば!

 遥すっごい頑張ってたよ!偉いじゃん!』


 『遥は凄い子だよ。あたしが保証する!』


 『だから、自信持って舞菜んとこ行ってこい』


 「ありがとう」


 「頑張る」



 ポン──


 メッセージが届いた。


 愛瑠は言った。

 ドイツアヤメの花言葉『使者』から、愛瑠達3人のことを考えていた僕に、言った。


 『遥は、唯のことだけ考えてればいーんだよ』


 と。


 まるで、花言葉は関係無いとでも言うかのような、そんな助言だった。


 けど、やっぱり考えてしまう。


 皆も間違いなく、僕の大切な友達なんだから。



 『待ってました!!!!れ!!!!!!れ!!!!』



 元気いっぱいな舞菜からのメッセージ。

 こんなのどう考えても『吉報』だ。


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