おまけのはなし

遥と凛々

 5月。

 GWも終え、日々の気温が指数関数的に上昇していく時期となった。

 きっと夏には最高気温50℃を記録することだろう。


 さて、僕ももう高校三年生だ。

 高三と言えば、十八歳。

 つまり、成人になったってことだ。

 まだお酒も煙草もやれないことに変わりはないけど、それでも成人だ。


 成人にはまず、選挙権が与えられる。

 この国の未来に、文字通り、一票を投じることが出来るようになったんだ。


 この国を変える一票。

 そう考えると、随分壮大な話に感じられるな。

 選挙のやり方とかよくわかんないけど、まあ僕はもう成人だし、なんとかなるでしょ。


 そして成人と言えばあとは……なんだろう。

 なんかあったっけな。


 なんか、なんて言うか……


 ……まあつまり、大人だ。

 僕は大人になったんだ。





 「よくないと思う。それ」


 「はい……」


 そんな大人の僕は今、凛々の足元で正座をさせられていた。


 大丈夫。屋内だから床の上だ。



* * *



 事の始まりは昨日の夜。僕は唯と通話をしていた。


 「何でわかんないの!遥のばかっ!」


 でもその通話は、唯のその言葉を最後に、一方的に切られてしまったのだ。


 原因が全く分からない、突然の切電。

 勿論心当たりもない。

 普通に話してただけのはずなのに、馬鹿と罵られる始末。


 「何で……?」


 そんな疑問の声がつい口から漏れて、


 力なくベッドに仰向けになって、


 放心状態になって、


 取り急ぎ謝罪を述べて、


 あっさりと既読スルーされた。



* * *



 そんな訳で僕は今、凛々に相談を持ちかけている最中なのだが……


 「遥、わかってない」


 目の前の凛々はスラッとした長い足を組んで、ソファーに深く腰かけている。

 そしてこれまたスラッとした両腕は、胸の前でしっかりと組まれていた。


 言うまでもなく、お説教の姿勢だ。


 「まあ、うん。わかってない」


 対する僕は、床に縮こまって正座。

 屋内正座だ。


 学校が違う。付き合ってもいない。

 そんな僕らでも二人きりになれる場所。


 そう、カラオケだ。


 ……いやまあ、カラオケもギリアウトな気はするよ。

 屋外正座よりはマシだけどさ。


 お説教をする地雷ギャルの凛々と、地面に正座する前髪+マスクで古代兵器〇リオン的風貌になっている僕。


 ともすれば事案だ。


 つまり、この選択はやむ無しなんだ。


 って、そうじゃない。

 今はお説教の時間だろ。


 「気付けないなら、教えない」


 凛々は相変わらず、抑揚のないトーンで僕を攻めてくる。


 凛々達と交流を持ってから……もう8ヶ月か。

 早いものだ。

 お陰で、凛々のこのトーンにもだいぶ慣れたと思う。


 初対面の時なんて、僕には欠片も興味が無い人。なんて思ってたなぁ。

 凛々は凛々なりに、常に人の事を気にかけてるのにな。


 今回もそう。

 相談場所としてここを選んだのは、何を隠そう凛々なのだ。

 プライベートな内容に合わせた場所を選んでくれたのだ。

 凛々は、一見すると周囲に無関心そうだけど、実際は、誰よりも友達を大切にする優しい人なのだ。


 つまり僕は、そんな優しい凛々に正座をさせられるほどにやらかしているということなのだ。


 「ふぅーー……」


 深呼吸を一つして、心を落ち着かせる。


 よし、もう一度整理してみよう。


 まず昨日、月曜日。


 学校から帰り、ゲームをして、漫画を読んで、動画を見て、ご飯を食べて、お風呂に入って、宿題をして、漫画を読んで、唯と通話をして……

 そんな感じの一日だった。


 通話の内容は取り留めの無いものばかりだ。


 今日は何をしたとかって雑談。

 司馬と桜井とのあれやこれ。

 唯が出演予定の作品について。

 好きなゲームや漫画について。

 推しがどうの、新連載がどうの。

 あとはまぁ、唯自身のこととか。


 こうして並べてみると、特に重要そうなもの、唯が僕を「ばか」となじって通話をぶつ切りするようなものは無さそうだ。

 本当、取り留めのない話題ばかりだ。



 ……いや、ちょっと待った。


 推し……?



 あ、そうか!わかったぞ!


 唯の推しと僕の推しは別のキャラだ。

 唯は唯の推しの良さを、僕は僕の推しの良さを語った。

 つまり昨日の「なんでわかんないの!遥のばかっ!」は


 なんで私の推しの良さを理解してくれないの!


 ってことだ。


 こんなのもうベストアンサーでしょ。


 唯は何の脈絡もなく怒ったりしないけど、自分の共感力の高さを人にも求めるきらいがある。

 それを加味したら、この回答以外に何が考えられるって言うんだ。


 よし、これで提出だ!


 「唯の推しの良さを僕が理解しなかったから!」


 得意満面に僕は答えた。


 「ばか」


 「えっ」


 「ほんとばか」


 「えっ」


 凛々は腰を上げ、鞄を肩にかけ、


 「ばかばか~」


 そのまま、帰っていった。


 ばかと連呼しながら、帰っていった。

 僕の不名誉を喧伝するのはやめてほしい限りだけど、でもじゃあ、あの答えは間違っていたのか。


 ……えぇ……?


 まったくわからない。何だ?何が違ったんだ?

 何かを見落としているのか?

 でもいったい何を?



 だめだ。わからない。


 せめて何かヒントをと思った僕は、慌てて凛々の後を追った。


 しかし時は既に遅く、凛々の姿はもう店内には無かった。


 料金は前払いだからいいけど、なんか……


 ……なんか、逃げられたみたいで胸に来るな。これ。


 フロントにマイクを返却し、僕も外へ出ることにした。

 まだ陽は高い。

 少し強い風が僕の前髪をかきあげた。


 俯いて凌いでいると、ポケットにブブブッと振動が。



 『ばかな遥にヒントあげる』



 凛々からのメッセージだ。

 どうやら僕のばかは確定らしいが、この際それはどうでもいい。


 続けて送信された内容が、あまりにも意味不明だったからだ。



 『レーゲンボーゲン』



 ……は?


 何だ?何のことだ?



 『唯は気にしてた』



 唯は気にしてた。


 ……何を?


 とっかかりも何もない中で謎解きをさせられている気分だ。

 思わず眉根が寄ってしまう。


 駅のホームで電車を待っている間に考え、電車に乗っている間も思案し、駅から自宅への道すがらにも思惟を続け、ご飯を食べながらも思索を止めず、お風呂に入りながらも思料にふけり、ベッドに倒れこんだあたりで三思を終えた。


 レーゲンボーゲン。


 ドイツ語で虹を意味するらしい。

 ドイツの虹は5色。

 レーゲンは雨を、ボーゲンは弓を意味し、直訳すると『雨の弓』と言ったところか。

 虹のかかる様子が弓の形と似ているからだろう。

 雨上がりに現れる虹が弓のように見えるなんて、この単語を考えた人は詩人だな。


 まあわかんないでもないけどね。アーチの感じとかさ。


 それにしても5色の虹かぁ。

 一体、どんな感じなんだろうな。



 ……でも、だから何だって言うんだ?



 レーゲンボーゲンについては一通り調べたし、僕なりに考えもした。

 でもそれと今回の件が、どう関係しているって言うんだろうか。


 虹の他には馬が出てきたりもしたけど、それを加味しても意味がわからない。


 虹。馬。


 虹色の馬……


 虹は空にかかる。


 馬は地上をかける。


 馬、ヒヒーン。


 虹、ニジーン。


 ……ニジーン……?


 ……あっ、ニンジン!?人参か!?


 馬に人参っていうと、あの馬を擬人化したゲーム。あれをやれってことか?


 これが正解かはわからない。

 わからないけど、他に考えらえることもない。


 そういえば、唯は一時期このゲームをやっていたらしい。

 僕にもやってくれってことか。

 これは唯が怒っている原因とは関係なく、でも仲直りにはマストなアイテムだとしたら──うん。

 ヒントとして、納得出来ないことはない。


 僕はとりあえずアプリをインストールした。


 インストール中のスクショを凛々に送った。


 推し推論ほどではないけど、これはこれで自信のある回答だ。



 しかし返ってきたのは『おおばか』の四文字だけだった。

 どうやらこれは無関係だったらしい。


 馬と人参の線は無い。


 まあ確かに、じゃあ虹はなんぞやって話になるか。


 となると…………もう、無理な気しかしないんだけど?


 だって、レーゲンボーゲンが何を意味するのか。

 それがわからなきゃ話にならないんだろ?

 でもそのレーゲンボーゲンが何なのか、僕には皆目見当もつかないんだ。


 検索してもわからないなら、何か、僕と唯に繋がりがあるのか?

 それこそ、昨日の会話に何か虹的なワードはなかったか?


 昨日の会話を思い出せ。

 昨日の会話……


 ……なんて、そんな全部覚えてられるわけない。

 都合よく思い出せるほどの記憶力なんて、僕には無い。

 お互いの身の回りの話とか、趣味の話ぐらいしかしてないとは思うけど、にしたって、そんな詳細に覚えてられない。


 推しと推しカプについても話したりはしたけど、僕達は別にカプ厨じゃないし、左右でもめたりもしてない。


 虹に関する何かしらも、トラブルらしいトラブルも、何も無かった。

 健全で平和な話をしていただけだ。


 ……それでも唯は怒った。


 何でなんだろう。

 唯が……いや、女の人が急に機嫌が悪くなることって考えると、月一のやつだった……とか、考えらないか?

 でもそれだと「気にしてる」と「レーゲンボーゲン」が残るんだよな。



 んんんん…………



 駄目だ。わからない。



 素直にギブしてもいいかはわからないけど、とりあえず、もう一度凛々に聞いてみよう。



 「ごめん、なんて言うか、もう何もわからないです」


 「ギブです」


 「もう少し分かりやすいヒントをお願いします」



 するとすぐに既読が付いた。


 待つこと数秒。



 『愛瑠のターン』



 ……は?

 どういうことだ?



 と思ったのも束の間、愛瑠からメッセージが届いた。



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