十二話 ハジメテの呼び方
◆◆◆◆
エレフェリア帝国帝城皇帝執務室
第三皇子ルカルージュ=アルテール=エレフェリア
「ルカ!! 今までどこに行っていたんだ? 俺は心配しすぎて、貧血になっちゃったんだぞ!!」
父様が俺にむぎゅっと抱きついてくる。
ああ……髭が絶妙にジョリジョリ。
「うん。父様ごめんなさい。だけど、外に行ってみたくなっちゃって」
俺はまず、父様に謝る。
流石に悪いなと思ったから。
だって、いくら心配性だとしても体調崩して倒れるなんて思わないよ。
そこまで心配させちゃったんだ。だから……流石にね?
「そうか! なら、今度は事前に報告してほしいな!」
「そういう話は後にしてください。とりあえず、今日何があったのかを聞くつもりだったんですよね!」
ラドルさんがツッコむ。
ああ、タイミングの悪いところで。
俺は、心の中でラドルさんの悪口を言う。ああ、そうだ。もし心の中でラドルさんの悪口を言うときは絶対に守らないといけないことがある。それは、絶対に顔にそのとき思ったことを出したらいけないと言うことだ。
もし、少しでも出てしまうと、あっという間に気づかれて、ラドルさんの機嫌が悪くなる。
ちなみに、ラドルさんの機嫌は、目が冷たい時の口角の角度によってわかる。口元だけにっこり笑っていれば笑っているほど、機嫌が悪いのだ。
はぁ……、本当に今のラドルさんはタイミングが悪かった。
もし、今の父様の言葉に返事ができていれば、事前に報告すれば外に出られることになったはずなのに。
俺は、ものすごく重要なタイミングを見逃してしまった。
次は逃さないようにしっかりチェックしないと。
「ではルカさん。何があったのかを話してください」
「うん」
俺は、今日一日、何があったのかを話し始めた。
話してみると、ラドルさんと父様の反応がものすごく似てて面白かった。うっかり吹き出しそうになった。
フグって声が聞こえた気がして、その声が聞こえた方向を見えみたら、口を押さえてプルプル震えている騎士団長がいた。そっと視線を戻して、みなかったことにした。
だって、それを周りに言いふらしたら、せっかくかっこいい騎士団長の威厳がなくなっちゃうから。ギャップっていうことで受け入れられるかもだけど、それが原因で舐められちゃうことになっても困るからね。
「今日はね、庭から城壁に上って外に出たんだ!」
「なんだって!?」
「ルカくん! なんて危険なことを!」
ラドルさんは父様が心配性すぎるって言ってるけど、人のこと言えないと思うんだ。ラドルさんは父様以上に心配性なんだと俺は思う。
だって、反応がいちいち大袈裟すぎるから。
「それで、街を歩いて美味しい果物屋さんを見つけたんだ。そのあとは、冒険者ギルドに行って登録しようとしたんだけど……「「ちょっと待て」」ん?」
父様とラドルさん。二人同時に話を止められた。
急になんだろうか。すごい慌ててるけど……。
二人同時に話を止めたから、ラドルさんが代表して思っていたことを言った。
「まさかルカくん、第三皇子ってことバラしてないですよね?」
「……あっなんだそのことか。うん。もちろんバラしたりなんてしてないよ? それに、お金がなかったせいで登録はできなかったしね」
「ああなるほど。ルカは金稼ごうとして外に出たところを誘拐犯に狙われたのか」
「護衛してくれた冒険者の人が誘拐犯だったんだよ」
父様はものすごく察しが良かった。なんでお金がなくてギルド登録できなかったってところから、お金稼ごうとして外に出たら誘拐されたにつなげられるんだろう。
これが、大人の力だったりするのかな?
「で、最終的に誘拐犯はどうなったんですか?」
ラドルさんが聞いてきた。
誘拐犯、誘拐犯……ガウル……破壊した建物…………
「あっ!! 忘れてた!」
思い出した!
絶対に父様とラドルさんに伝えようと思ってたのに、なんで忘れちゃってたんだろう。
「そういえば父様、俺は誘拐犯に誘拐されたんだけど、そのあと全員で脱出して、組織はしっかり潰したよ!」
「「なんだってー!!」」
俺は慌てて耳をふさぐ。
うう……。塞ぐのが遅かったせいで、まだ耳がキーンていっている。俺、人よりも耳がいいからさらにうるさく感じる。
「二人とも声が大きいよ。もっと小さくして……」
「「すまない……」」
父様とラドルさんは、なんだってからすまないまで、息ぴったり同じだった。
「そのあとの誘拐組織はどうなったんだい?」
「ああ、組織の建物は灰のように粉々にして、誘拐犯は精神を壊しておきました」
実はこっそりやってたんだよね。
もし脱出されても、他の街にも同じ組織があったとしても、またおんなじことができないように、しっかり精神を破壊したよ。悪人の精神をね。
心から悪人の人は廃人になっちゃってるかもしれないけど、善人の部分が少しでも残ってたら、いつかは回復すると思う。多分……。
「おいラドル……、うちのルカ、天才すぎやしないか?」
「そうですね。まさかここまでとは思ってもいませんでした」
二人ともしっかり聞こえてるよ?
小声で言っているつもりでも、俺の大きい耳にはしっかり届いてしまっているのだ。
俺は、二人の会話を盗み聞きしている。話を聞いていると、いっぱい褒めてくれていて、嬉しいけどちょっとだけ照れちゃう。
「だが、精神を破壊してるのは怖いな……」
「もうちょっと命の尊さなとを学ばせた方がいいでしょうか」
これもしっかり聞こえてるよ……?
うん。まあ、精神破壊はやりすぎました。ごめんなさい。かな?
俺は、悪人だったら、悪人の部分だけを壊せばいいと思ったんだけど、二人から見ると少し違うらしい。俺には何が違うのかがわからないから、少しずつ教えてほしい。
だけど、命の尊さくらいはわかる。
簡単に片手間で命を蘇生させたりしたらダメだってことぐらい俺にもわかる。
「父様? ラドルさん?」
ずっと二人でヒソヒソしているせいで、俺の話が全く進まない。今日会ったことを話してる途中なのに。
「ああ、ルカ。すまない」
「ルカくん。ごめんね。話を続けようか」
「うん」
◆◆◆◆
「……それでね、みんなで帝都に帰ってきたんだけど……その時にね」
「どうした?」
急に元気がなくなった俺に、父様は声をかけてくれる。
ねえ父様。父様は皇帝だけど、こう呼んでもいいのかな?
俺は皇子だけど、もっと気軽な呼び方をしてもいいのかな?
「平民の子たちはね、親のことを様付けで呼ばないんだって……。だから……父様のこと、お父さんって呼んでもいい?」
最後の方は声がものすごく小さくなってしまった。
だけど、最後まで言い切れた。
父様は、俺のことを抱きしめた。
さっきの思いっきりなむぎゅっじゃなくて、優しく包み込むようなぎゅだった。父様にぎゅってされていると、何かに守られているみたいでものすごく安心する。
「もちろん。俺も堅苦しいのは苦手だから、遠慮なく呼んでほしい」
「……!! ありがとう。お父さん!」
俺は、父親のことを、初めて父様以外の呼び方で呼んだ。
試しにお父さんって言ってみたけど、なんかすっごく恥ずかしい。顔が熱い。恥ずかしいから、次からは父様呼びに戻そうと思った。
「あれ? 父様? 大丈夫?」
父様の反応が何も帰ってこなかった。
父様は気絶していた。
◆◆◆◆
これは父様のことをお父さんと呼んでから一日。
ラドルさんに声をかけられた。
「ねえ、ルカくん。昨日、リベリオのことをお父さんと呼んでいただろう?」
「ラドルさん。それがどうしたの?」
「いや、私のこともラドルお兄さんって呼んでくれないかなって」
ラドルお兄さんか……。
そういえば、ラドルさんは父様と同じ年だったはず。
父様は、お兄さんというよりかはイケおじだ。ジョリジョリの髭がかっこいいおじさんだ。父様がおじさんってことは、ラドルさんもおじさんになるんじゃないかな?
「いいよ。ラドルおじさん!」
「……何でおじさんにしたの?」
「えっ? だって、父様と同じ年で、父様はおじさんだからだよ?」
「…………そ、そっか。ありがとうね、ルカくん」
昨日の父様みたいに少し呼び方を変えてみたのに、いまいち喜んでくれなかった。
なんでだろうな?
おじさんがいけなかったのかな?
「……おじさんもかっこいいと思うんだけどな」
ラドルさんが去っていった後、俺はポツリと呟いた。
おまけ
ルカの母様について
俺が父様をお父さんと呼んだあと。
「なあ、シャルラ。今日俺な、ルカにお父さんって呼んでもらったんだ」
父様は母様に今日のことを話したらしい。
「ねえ、あなた? なんでルカの初めての思い出話に私を誘ってくれなかったのかしら? しかも自分だけお父さんと呼ばれて。私もお母さんって呼ばれてみたかったわ」
「ああ……シャルラ、すまない」
「謝るなら、ルカに、今度お母さんと呼んでほしいと伝えてちょうだい!」
「ああ、了解だ」
その後、俺は母様のことをお母さんと呼んだ。
母様はニッコニコの笑顔で、手作りお菓子をくれた。
母様がくれたお菓子はおいしかった。
次から二章に入ります。
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