十一話 ハジメテの帰城



 ◆◆◆◆



 エレフェリア帝国帝城


 第三皇子ルカルージュ=アルテール=エレフェリア



 ーーコンコン


 廊下にやたら豪華で固い扉に何かが当たる音が響く。

 その扉がある場所は、人が通るだけの廊下でも、ものすごく豪華だった。廊下では、メイドさんが慌ただしく動いていて、何かの準備をしている。何かの準備は、おそらく夕食の準備だろう。

 突然脱走してごめんなさいとあとで謝っておかないと。

 食材が勿体無いから、次からは事前に報告しておきますとも。


 この豪華な扉の先には、皇帝の執務室がある。いろんな仕事を皇帝にさせるための部屋らしい。もちろん優秀な親友という見張り付き。


 ん?なんで俺がこんなに詳しいかって……?


「陛下、皇子を捕獲してきたので報告します」


 実家ならぬ実城だからだよ。


 現在、俺は騎士団長に捕まっている。捕獲された時は、副団長が捕まえていたが、持ち上げて運ぶには、身長が足りなかったのだ。だから騎士団長が俺を持ち上げている。

 引き渡しの時に逃げようとしたけど無理だった。

 なんなのあの馬鹿力。ゴリラか何か?

 そう勘違いしそうになる程、騎士団長の力は強かった。


 ーーガチャ


 豪華な扉が開いて、皇帝である父様の親友ラドルが顔をだす。

 その顔の目元にはクマができていて、顔色もひどいものだった。


「ああ……助かったよ。そうだ、今、リベリオは体調を崩してるから、代わりに僕が対応するよ……」

「あ……おう。了解した、ラドル。陛下……いや、リベリオも、これで体調が良くなるといいな」

「そうだね……。とりあえず、中に入ってよ。その後リベリオ呼んでくるから」

「体調悪いんじゃないのか?」

「体調不良の原因が帰ってきたんだからすぐに飛んでくるよ」


 ラドルはそう言って、俺の方を見た。

 ねえ、なんで俺の方を見るの?その顔で見られると怖いんだけど。

 

 少しずつ、少しずつ、ラドルは扉の外に出てこちらに近づいてくる。さっきまでも結構近い距離だったのに、それ以上だ。

 そして、そっと、騎士団長と副団長を掴み、扉の中に引きずりこむ。

 

 ーーバタン、ガチャ


 すぐに扉を閉め、鍵を閉める。

 それは果たしていいのだろうか。

 ここ、皇帝の執務室だけど、皇帝が入れない状態にしていいんだろうか。俺はどうしてもそのことについて気になってしまった。


 鍵を閉めた後、騎士団長は俺を離す。

 久しぶりに自由に動けるようになった。

 だけど、もう転移するつもりはないよ。だって、もう日が暮れてるから。

 その後騎士団長と副団長は、それぞれ扉の両脇に移動した。


 それにしてもなんで扉の鍵を閉めたんだろう。

 ラドルさんは俺の目の前の椅子にどっかりと腰をかけた。


「皇子……いやルカくん。座って」

「うん」


 怖い……。ラドルさんの顔が怖いよ。今までに見たこともないような顔だよ。

 怖くて、俺はすぐに椅子に座る。

 床じゃなくて良かった。流石に椅子に座らせてもらえたから少しホッとした。

 

「私が言いたいことは何か分かってるかい?」


 ラドルさんがそう、静かに聞いてくる。

 うん、俺は分かってる。きっとこう言いたいんだなと分かっている。だけど、それを認めることはしたくない。なぜなら、それを認めてしまえば確実に怒られるからだ。

 怒られると分かっているのに、なぜ今思っていることを正直にいう必要がある。

 誰かが思っていることを完璧に理解するなんて、できるものじゃない。それなら、本当に思っていることを隠して、思っていないようなことを言っても問題ないんじゃないだろうか。


「わかるわけないよ。だって、ラドルさんは俺の考えてることがわかるの? わからないよね。それと同じで、ラドルさんの考えてることが俺にはわからないんだよ。だから分かってないね」


 俺は流れるように言い訳を口から出していく。我ながら、速攻でここまでの言い訳を噛まずに言えるのは、すごいのではないかと思う。

 今話したことは言い訳だが、全て本当のことだ。だって、相手が考えていることを完璧に理解することなど、特殊な技術やそれ用の魔法を使ってもできるわけがないのだから。


 さあ、この言い訳にラドルさんはどう返してくる?

 今言ったことは言い訳だと言ってくるのだろうか。まあ実際言い訳だけれども。

 それとも、言い訳ではなく本当に思ったことを言いなさいと言ってくるのだろうか。

 さて、どうなる?


「そんな理論関係なしで、私が今言いたいことは誰にでも理解できますよね」


 今言いたいことは誰にでも理解できますよね?ってなんだ。

 わかるわけないよ、今回のことを除いたら!

 今回は、どう考え方を変えようとしても嫌でも理解できてしまう。自分がやったことに対して怒っていることぐらいは、いくら空気が読めない俺でも理解できる。だけど、それを認めたくない。認めたら絶対怒ることも想像できる。

 もし、ラドルさんが怒らないなら言ってもいいかもしれないけど……。


「ラドルさんは怒らない?」

「ルカくん。なぜ私が怒らないかもと考えたんだい? そんなのありえないじゃないか。今回のことのせいで陛下が倒れやらないといけないことが全然進まなかったんだから」

「………………」


 ラドルさんが怒ることは決定事項らしい。

 父様が倒れて、やらないといけないことができなくなった。

 やらないといけないことは、きっと帝国にとって大切なことだからそれが後になるのは困るのだろう。迷惑をかけた。

 それはごめんなさい。

 だけど、怒られるのは嫌です。今になって謝れば許してもらえるのだろうか。

 ラドルさんの酷い顔を見てから、ずっと下を向いていた俺は、思い切ってラドルさんの顔を見る。顔を上に上げた途端、ラドルさんと目が合った。

 

「………………ヒッ」


 ラドルさんは、俺が予想していたような怖い顔はしていなかった。顔は相変わらず疲れ果てた酷い顔だが、眉間に皺を寄せたりあからさまに不機嫌だという表情はしていなかった。

 ラドルさんは笑っていた。ただし口元だけ。

 目は全く笑っていなかった。動きが全くない。風が全く吹いていない時の湖みたいに凪いでいる。お湯みたいに暖かいのに、氷みたいに冷たくて鋭い。

 なんだそりゃと思うかもしれない。だけど本当のことだ。

 とても暖かいいつもの優しいラドルさんの目なのに、それは表面だけで、奥には冷たい氷のような棘が存在している。


 騎士団長さん、副団長さん、助けて!


 騎士団長さんと副団長さんがいる扉の方を向いて、助けを求める。 

 だが、二人はお互いそっぽを向いていた。俺のところからだと、目を合わせることができない。見て見ぬふりをしている。

 声を出して助けを求めることはできない。だから、身振り手振りで伝えるしかないのだが……助けを求めている相手二人がどちらも目を逸らしているため伝わらない。


「…………。……っ!!」


 顔を、ラドルさんが座っている方向に戻すと、戻している途中で、ラドルさんが俺の肩を掴んでガッと顔を近づけてきた。

 そして、今でも笑っている(目以外)顔で、さらににっこり笑顔を作ってこう言ってきた。


「分かってますよね?」

「…………はい」


 なんのことについて分かっているかを聞いてきたかは分からない。だが、はいと返事をするしかなかった。いいえや、わかりませんと答える選択肢は存在していなかった。

 最終的に、俺はラドルさんのゴリ押しで、怒られる理由を認めることになった。


 


 怒られている間、俺は、決意したことがある。


 今日俺は、書き置きの紙だけを残して、誰にも相談せずに外に飛び出した。だが、それが原因で怒られている。それは、誰にも言わずに行ったせいでたくさんの人を心配させてしまい、さらにたくさんの人に迷惑をかけたからだ。


 だが、そのたくさんの人の心配と迷惑はたった一つの行動で解決する。

 それは誰かに外に飛び出すと事前に伝えておくことだ。しかし、それは誰かに言いふらさない人でないといけない。誰かに伝える人、伝えないといけない人に言った場合、事前に阻止されてしまうからだ。


 俺はこれから、ラドルさんに事前に伝えておこうと思った。

 だって父様は心配して止めてくるし、メイドさんは父様やラドルさんに報告しないといけないから。


 黙っていてくれそうなのはラドルさんしかもういない。

 だからこれから同じようなことをするときはラドルさんに事前に伝える。何をするのか、どこに行く予定なのか。

 まあ、多少は寄り道するだろうからそこまでは伝えられないけれど。


 ラドルさん。これからよろしくお願いします。


 延々と怒られている中、俺はそう考えていた。

 



 

おまけ

 現在思っていること

  ルカ:ラドルさんが……怖い  

  騎士団長フリード&騎士副団長アンネロッテ:私は何も知らない。

                       何も見ていない。

                       何も聞いていない。

  ラドル:ほんっとこの自由すぎて周りに迷惑をかけるルカの性格は

      父親(皇帝)譲りですね。

 

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