二話 皇子の退屈な日々



 ◆◆◆◆



 エレフェリア帝国帝城書物庫


 第三皇子ルカルージュ=アステール=エレフェリア



「皇子って退屈だな」


 俺は書物庫の本で遊んでいる時にそう呟いた。

 いや、呟いたじゃないな。今この場に誰かいたら絶対に聞こえていたくらいはっきりした声で言ったな。聞かれてなくてよかった。もし聞かれてたら…、また文句を言われるところだったよ。


 本をくるくると回転させる。最近伸ばしっぱなしにしていた爪が引っかかってうまく回らない。

 少しイラついて本をポーンと高く投げる。ちなみに本は量産できないためものすごく高価な貴重品だ。そんなものをなんの遠慮もなくポイっと投げ捨てる。

 すると、不自然に空中に浮かび上がり、シュッとすばやく最初に置いてあった場所に戻っていった。


「ハァー……。ほんっとつまらないな」


 皇子という立場のことを羨ましいと言うものたちも多くいる。だけど、そう思うならこっちから譲ってやりたいよ!俺はいらねえよこんな立場!産んでくれた母様には悪いけどさ!


 叫ぶことはできないので、一通り心の中で怒鳴り散らす。

 寝転がってバッタンバッタンと暴れる。

 不満を叫び終えて、ふう……と落ち着く。


「ハァー……」


 そりゃあ、皇子として生まれてよかったと思ったことはあった。

 例えば生活の良さ!

 皇子だからもちろん城暮らしだし、ご飯も美味しい。お風呂ももちろんあるし、生活を手伝ってくれる使用人もいる。家族もたくさんいるし、城の中で大体は揃えることができる。

 ほんと生活はものすごく便利だよ。


 だけど、皇子として生まれない方がよかったと思ったことの方が多い。

 そのうちの一つが今いるこの書物庫だ。最初は面白くて楽しかった。帝国一本がある場所で、知識を吸い取ることができる。自分の頭と時間が埋まっていくのは本当に最高だった。だけど、それは本を読み切ってしまうまでの話で、読み切ってしまった後の話ではない。そもそも、書物庫って言うのは読み切った後のことを全く考えていない。

 そう。俺は書物庫に保管してあった本を全て読み切った。そのあとの書物庫と言うのはただの人が入ってこない静かな部屋だ。どっかに本を動かしたら部屋が現れたりとかする秘密の部屋とか、カモフラージュされた隠し部屋とかがあったらよかったのにと思って隅々まで探してみたが見つからなかった。少しだけ隠し部屋かと期待した本棚の扉や地下があったりしたが、全く隠し部屋ではなかった。

 俺が求めてた隠し部屋は、一冊の本のあるページにある暗号を解き、時終わった後に魔法陣が俺の足元に現れ転移するとかそんな部屋だったのに、何もなかった。そもそも瞬間移動ができる魔法すらなかった。


 ああ〜まただ……。また理想が高くなりすぎる。

 理想も予想も期待も高くしすぎている。


 ほんと迷惑だ。全てこいつのせいだ。理想と予想と期待が高くなるのも、知識を求めるのも、楽しいことがなくなって退屈になったのも、全てこいつが悪い。これがなかったら俺は今でも楽しく毎日を過ごせていた。退屈に悩む必要なんてなかったのに……


「これがなかったらよかったのに……ほんと気持ち悪い」



 ◆◆◆◆



 二年前 


 

 それは突然俺の中に降ってきた。

 

 それが降ってきたのは、三歳になってすぐの日。俺はその日、突然の熱で倒れた。それから三日三晩意識が戻らないままうなされ続けた。

 熱が出てから四日目の朝。俺は目覚めた。その時にはすでにこれがあった。

 俺の頭の中に、知っているはずのない記憶が入り込んでいた。記憶の量は膨大で、これが入ってきたせいで倒れたんだと理解できた。

 

 その時点で俺はおかしいと気づいた。だってそうだろう。三歳になったばかりの子供がその情報の内容を理解できるはずがないと。俺は頭の中に存在している情報を見られる上に理解していたのだ。知らない記憶があって、それを完璧に理解している。それが俺にはものすごく気持ち悪かった。


「ヴッッ……ッグ ハッ、ハァ」

「ルカルージュ様!大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫。ハァ……」


 俺は一気に気分が悪くなって、膝から倒れ込んだ。それから…まあ耐えられなかったと言っておく。本当に気持ち悪かったんだ。

 そして、そのまま寝込んだ。



 ◆◆◆◆



 以降、俺の頭の中には、身に覚えのない記憶が大量に存在しているようになった。

 誰に聞いてもそんなものはないと答えた魔法、聞いたことがないと否定される二酸化炭素という存在。知らない記憶が俺のものと混ざり合った結果、俺は教えてもらってもないことをあっという間にできるようになり、誰も知らない知識がわかるようになった。


 それ以来、俺は今までの生活を退屈だと感じるようになった。

 退屈を感じないようにしようと、自分の頭の中に全くない剣を新しく始めてみた。騎士たちの訓練にくっついて、一緒に素振りをしたり、振り方を教わったりした。少しずつ体力がついていって、日に日に強くなっているのが感じられて、とても面白かった。


 だけどさ、素振りだけって飽きない?

 振っているだけだ。それもものすごく大事だが、やっぱり実践したくなる。見習い騎士と模擬戦とか、そういうのもできると思う。だから、俺はやりたいって言ってみた。

 許可……もらえなかったよ?

 子供だからダメだって。

 当然だよね。俺その時まだ三歳だったし。

 

 許可をもらえなかったから、俺はまた一人で素振りをやるようになった。

 それからまた少し経ってから。騎士団がドラゴンを狩って持ち帰ってきた。

 その時俺ははじめて魔物のことを知った。俺は外に出て魔物を倒してみたいと思った。だから頼んでみたよ。

 ん?許可は……もらえなかったよ?

 流石にこれは酷いと思って文句を言った。皇子だからまだ出るなってさ。


 剣は無理だった。子供だから、幼いから、皇子だからって理由で実戦が一回もできなかった。させてもらえなかった。

 だから、剣は、実践させてくれるまでお休みすることにした。


 俺はまた退屈になった。


 だから今度は書物庫の本を読むことにした。四歳になったばかりのことだった。

 もう知っている知識もあるが、知らない知識もたくさんあったからなかなか面白かった。最終的に読み切っちゃったけどね。

 だけど新しく気になるものも見つけることができた。

 それは世界を自由に旅をする冒険者。本で、世界を自由に冒険し、その記録を記したものがあった。それを読んだおかげだ。 

 俺もそんなふうに自由になりたい。そう思った。

 だけど、第三皇子という立場がそれを許さない。


 だが、退屈に耐えるのはもう嫌だ。とにかく何か面白いことがやりたい。興味を引くものが欲しい。

 そう思ってしまった俺は、最終手段を使う。最も楽しくて、最も面白くて、最も迷惑をかける方法だ。


 

 五歳になってすぐの日、俺は帝城から脱出した。はじめての家出だ。いや、城出と言った方がピッタリだ。

 方法は簡単。何も言わずに部屋から出て、隠れて庭に移動。そのあと人がいないのを見計らって城壁の上に。そもまま飛ぶ!これだけだ。あとは、一応の報告。書き置きも残しておいた。

 外で遊んでくる。と一文。


 

 外に出た時、馬鹿野郎という大声が聞こえた気がした。

 

 


 

あとがき

一話目の最後を回収!


おまけ:現在思っていること

 皇子ルカルージュ:退屈→刺激が欲しい

 皇帝&ラドル:嫌な予感

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る