某日某所での戦闘記録










――西ベガニシュ(旧バナヴィア王国)総督府の直轄地ロシュバレア。





 どっぷりと深い夜闇の下、明け方にはまだ早すぎる時刻――アスファルトがすっかり剥げて、道路のあちこちに穴が開いているような有様の街道を、数両の軍用車両が走行していた。

 装甲化された偵察車を先頭にして、大型トレーラー二台がそれに追従している。

 月明かりだけが煌々と大地を照らし、民家はおろか街灯すら整備されていない本物の田舎道だった。


 車両群はヘッドライトを点けていなかった。

 いずれも暗視装置を使っての無灯火運転だった――管制灯火された車両は、電動であるがゆえに恐ろしく静かに道路を走る。

 その巨体に反して、大型トレーラーはほとんど物音を立てなかった。


 やがて目的地に到着して、トレーラーの一台が停車する。周囲は鬱蒼うっそうとした森に囲まれており、木立が背の高いトレーラーの存在を完全に隠していた。

 装甲トレーラーの後部ハッチが開き、ゆっくりと身長四メートルの巨人が降りてくる。

 数は四機。


 ベガニシュ帝国製バレットナイト〈アイゼンリッター〉――死に装束にも似た灰色の装甲を身にまとい、巨人が地面を踏みしめる。

 典型的な治安維持部隊の装備だった。

 右手には刀身に反りの入った片刃剣型メッサーの超硬度重斬刀、左手には殴打用のスパイクが付いた実体盾、胸部ハードポイントには増加装甲、背部ハードポイントには小口径のガトリングガンと発煙弾発射機――バレットナイトを小回りが効く装甲車両として扱う装備。

 僚機も似たり寄ったりの装備だったが、分隊のそれぞれの役割に応じて二〇ミリ電磁機関砲や低圧散弾砲を持っている。

 レーザー通信で分隊長が確認事項を口にする。


『我々の任務は生け捕りだ。対象は四〇代男性、バナヴィア人。元バナヴィア陸軍少佐、戦傷を理由に退役後は故郷ロシュバレアに帰ってきた――軍人崩れのテロリストだ。ベガニシュ帝国に対する反乱の煽動、テロ攻撃の容疑がかけられている』


「わかりませんね、どうしてそんなクズ肉が生きてるんです? 軍人だの教師だの知識人インテリだの――処刑するなり強制収容所にでもぶち込むなりすればいい」


 アントン・ザハト軍曹は率直な感想を述べた。

 道徳的にも人道的にも最悪の発言だった。しかしながらこれは、決してベガニシュ帝国では珍しい発想ではない。

 かの国は最も優れた科学技術を持ちながら、最も後進的な――中世暗黒時代から抜け出していない、極めて暴力的で残忍な論理を保持している。

 占領した地域の軍人、知識人をまとめて集団処刑するのは、征服者にとっての当然の振る舞いだと考えているのだ。


 特にバナヴィア王国のように、独自の思想が強く民族意識も高い国では、これを解体するために高等教育を受けた人間を根切りにするのは有効な手段だ。

 思想は猛毒である。それは時に革命を誘発させる。しかしながら伝播させる媒体となる人材を皆殺しにしてしまえば、何の成果ももたらさないのだ。

 残酷さとは野蛮だけを意味しない。ことさらに残酷であることそのものが、戦場では強い武器となる。

 権力におもねり、暴力を振りかざすことに何の疑問も持たない平凡な兵士――それが特殊部隊に属する青年の人物像だった。


『ザハト軍曹、口を慎め。帝国に対する意見か?』


「――失礼しました、曹長」


 アントン・ザハトが所属しているのは、西ベガニシュ総督府の管轄する特殊作戦課である。

 彼らの任務は治安維持作戦、特に反体制勢力やテロリスト――バナヴィア独立派と呼ばれる抵抗運動組織レジスタンスへの対策である。

 いつもならば賊どもの拠点を襲って、多少の巻添え――どうせ死ぬのはバナヴィア人だ――を承知で掃討戦をやるのだが。

 今回、彼らが襲うのはそういう十把一絡じっぱひとからげの相手とは異なる。


 恐ろしいほどの確度で要人暗殺を繰り返し、ベガニシュ帝国側の軍人や役人に死傷者を続出させているテロリストの親玉――バナヴィア独立派の幹部と目される人物を、ようやく捕まえられる機会なのだ。

 生きたまま捕縛して、拷問にかけて情報を絞り出す。

 そういう薄暗い目的のため、特殊作戦課の部隊は投入されていた。



――まあ、仕事は歩兵どもがやるさ。



 遠方から回転翼の音が聞こえてくる。先行して配置についていたバレットナイト部隊に追い付く形で、ティルトローター輸送機がやって来たのだ。

 夜間の急襲である。輸送機の腹の中には二〇名あまりの隊員が乗せてある。

 目標である民家までは一キロメートルも離れていなかった。


「暗視装置、集音装置、電波探知に異常なし。ドローンの類はありません」


『了解。バレコフとラングは車庫を見張れ。ザハト軍曹、ついてこい』


「了解」


 四機の〈アイゼンリッター〉は静音性を重視したセッティングの足裏で、土の地面を踏みしめながら民家に接近する。

 平屋建ての平凡な民家だった。石造りの壁、ソーラーパネルの取り付けられた屋根。家の前には広々とした畑が広がっており、夏野菜が育って青々とした葉を広げている。

 中年男が一人で暮らすには広すぎるだろうな、と思える一軒家には車庫と思しき小屋が付属している。

 何かあるとすればこの小屋だった。

 対象が自動車で飛び出してくる可能性を考慮して、二機のバレットナイトが車庫を取り囲む。バレットナイトの瞬発力とパワーならば、急発進した自動車ぐらいなら取り押さえられる。

 分隊長とザハトが、それぞれ民家の玄関と裏手に回り込む。



――兵隊どもがやってきた。



 畑のすぐ脇を着陸地点に定めたティルトローター機が、ゆっくりとホバリングして着地する。後部ハッチから黒ずくめの兵士たちが降り立つ。

 特殊作戦課の戦闘員たちは重装備である。防弾仕様で感覚器を保護するフルフェイス型ヘルメット、胴体を覆う分厚い防弾鎧、四肢の関節まで支える人工筋肉のサポーター。

 手にはベガニシュ帝国製の騎兵銃。〈K54騎兵銃〉と呼ばれるそれを構えて、一個小隊の歩兵部隊が民家に接近する。

 ザハト軍曹は手はず通り、農家の一軒家の玄関にその巨体を近づけ――盾でぶん殴り、施錠されたドアを吹き飛ばした。

 〈アイゼンリッター〉のパワーで殴りつけられた民家のドアは、壁ごと剥がれ落ちるようにして崩れた。


『――突入する! 行け、行け!』


 騎兵銃を手にした兵士たちが、そうして屋内に踏み込んでいく。

 バレットナイトによる進入路確保ブリーチングは、ベガニシュ帝国で発展してきた歩兵との連携方法の一つだ。戦闘機動中のバレットナイトに接触すれば、歩兵は容易く死傷するから、この二つの兵科が至近距離で同時に行動するのは危険が伴う。

 しかし特殊作戦課のように訓練された部隊ならば、こういう運用が可能だった。

 バレットナイトは閉所に入り込み、人間以上のパワーで進入路を切り開けるのだ。

 戦闘車両による砲撃のように壊しすぎることなく、人間が通れる程度の穴を壁に空けることなど造作もない。



――ドアに爆発物はなしか。



 拍子抜けだった。ザハト軍曹の〈アイゼンリッター〉が左腕に実体盾を装備しているのは、そちらの方が歩兵との共同任務に適しているからだ。

 高エネルギー粒子を使ってバリアを形成する光波シールドジェネレータは、人間に接触すれば跡形もなく消し飛ばす恐れがある。

 その点、質量のある複合装甲の盾であれば、ある程度の安全地帯を作ることもできる。進入路確保の際にドアに仕掛けられた爆弾から味方を守るのも、その想定している任務の一つだ。


 彼が所属する分隊とは別に、もう一分隊は街道を封鎖するために展開している。アントン・ザハトは油断なく民家を見張っていた。

 逃げ道はないはずだった。

 そのとき通信の向こうから声が聞こえた。


『待て、何かおかしい――』


『――時限装置!?』


 次の瞬間、白い光が爆ぜる。目の前の民家の窓という窓、玄関から爆風が噴き出す。突入した部隊が粉みじんになって民家の壁や家具と一緒に破砕される。

 平屋建ての民家を構成する外壁が、内側からの圧力に耐えきれずに崩れ去る。

 凄まじい爆轟波ばくごうはだった。一瞬で一軒家が消し飛び、その破片が散弾となって〈アイゼンリッター〉に浴びせかけられる。

 咄嗟に構えた盾でそれらを防ぐ。〈アイゼンリッター〉の影に隠れていた控えの兵士たちが悲鳴を上げて地面に倒れ込む。

 ザハト軍曹は優秀な兵士だった。突入した歩兵部隊は壊滅した。

 敵の罠だ。


「分隊長!」


『バレコフ、ラング! 車庫を撃――』


 瞬間、車庫の壁を突き破って何かが現れた。農業用トラクターや自家用車をしまっておくためのスペースから飛び出してきたのは、月夜の下でなお映える鮮やかな深緑の装甲だ。

 それは軍用兵器に施される塗装のオリーブドラブや森林迷彩の緑ではない。

 深く寒々しい色でありながら、人を惑わすように明るい魔性の色だ。

 人間の二・五倍以上はある巨人だった。


 大きい――間違いなくバレットナイトだったが、〈アイゼンリッター〉型より頭一つ分は背が高い。

 目につくのは、まるで鴉のくちばしのように、口吻のようなパーツが突き出た独特の頭部形状。ゴーグル型のカメラアイが、夜闇の中で妖しく煌めいている。

 あるいは先史文明種のデータベースに詳しいものがいれば「母星のペストマスクのようだ」とこぼしたかもしれない。

 深緑の巨人/鴉頭の機体は、その右腕に長大な剣を握っていた。左腕には身を隠すように大きな盾、明らかに白兵戦に特化した装備のバレットナイトだ。


『しまっ――』


 最初に狙われたのは、二〇ミリ電磁機関砲を保持するバレコフの機体だった。地を這うような低姿勢での突撃――二〇ミリ電磁機関砲の引き金が引かれた刹那、鴉頭が右手を前に伸ばした。

 放たれたのは鋭い刺突の一撃だ。

 超硬度重突剣エストック――刀身の長さが四メートルにも達する刺突長剣が、銀光と共に闇を切り裂いて。

 一瞬で胴体を刺し貫かれ、バレコフの〈アイゼンリッター〉が即死する。

 エーテル粒子の飛沫をまき散らし、爆発を起こして機体が地面に倒れ込む。


『バレコフッ!』


 車庫の側にいた僚機、ラングの〈アイゼンリッター〉が低圧散弾砲を発射する。至近距離ならば十分な制圧力を発揮する多目的散弾砲であり、現在は成形炸薬弾が装填そうてんされていた。

 砲弾は発射された。その速度は超音速、ラング機と敵機の相対距離は一五メートルにも満たない。身長四メートル大の巨人兵器にとっては至近距離と言っていい。

 だが、鴉頭の剣士は常軌を逸していた。




 銀光が閃く――




 信管の動作すら許さぬ精密極まりない破壊。

 ゆえに無力化された。


『なっ!?』


 ラングは動揺しながらも冷静だった。自動装填装置による次弾を待ちながら、横っ飛びに跳んで敵機の機動から逃れる。

 左手に装備した複合装甲の盾を構え、散弾砲を照準したその瞬間。

 深緑の巨人が跳躍――それまでの直線的な動きが嘘のように、軽やかにその身をひるがえした。


 まるでサーカスの軽業師のような軽やかさ。

 人工筋肉によって、人間とは比較にならない運動性能を有するバレットナイト――その機動概念を体現するがごとき速度、蝶のように宙を舞う軽やかさ。

 それは人外の機構なしにあり得ぬ動きだった。

 電脳棺の自動照準システムが機能する暇もなかった。ラング機の胴体が刺し貫かれ、大穴の開いたバレットナイトが吹き飛ぶ。


『ラング!』


 民家が爆弾で吹き飛んだ衝撃から立ち直った矢先、隊員を殺傷された分隊長が叫んだ。二〇ミリ電磁機関砲が発射される。

 プラズマの尾を引きながら吐き出される機関砲――そのすべてがエネルギーバリアに弾かれる。

 深緑の巨人の肩部から展開された粒子防御帯が、超高速で投射される機関砲の嵐を防いでいるのだ。


「光波シールドジェネレータ!? テロリスト風情がッ!」


 ザハト軍曹は仲間の仇を討たんと飛び込んだが、敵機は彼を相手にもしなかった。まるでバッタか何かのように地面を飛び跳ねて、そいつはティルトローター輸送機の方に跳躍する。

 鴉頭の剣士は、分隊長とザハト軍曹を嘲笑うようにその身をひるがえして。

 ホバリングして地上から飛び立とうとしていた輸送機のローターブレードと片翼を、超伝導モーターごと一撃で破砕した。

 輸送機が墜落する。

 生き残っていた歩兵たちは、頭の上から突っ込んできたティルトローター機に押し潰されて絶命した。


『ザハト軍曹、合わせろ!』


 二〇ミリ機関砲を撃ちながら、分隊長が指示を飛ばす。その意をくんだアントン・ザハトの〈アイゼンリッター〉が、銃撃の切れ間に合わせて、超硬度重斬刀メッサーで敵機に斬りかかった。

 片刃長剣が大気を切り裂く。

 ザハト軍曹とて反乱勢力の掃討作戦で腕を鳴らした猛者である。テロリストの手に渡ったバレットナイトとの白兵戦とて、幾度も経験している。

 彼にはこれまで、それらの賊を蹴散らしてきた自負があった。



――なんだ、俺は何と戦っている?



 ザハト軍曹は恐ろしい予感に震えていた。今の自分にできるありったけの殺意と戦技をぶつけているのに、死の予感が止まらなかったのだ。

 斜め方向の一撃目、返す刃での二撃目、そして最後のダメ押しの三撃目。

 大抵のテロリストは、この目にも止まらぬ三連撃に追い詰められ、あえなくその命を散らしてきた。

 だが、そのすべてが通じなかった。



――バカな。



 袈裟懸け、逆袈裟、横薙ぎの一閃を軽々とかわして、深緑の巨人が反撃を見舞う。

 鋭い斬撃と刺突の嵐が、襲い来る。

 一撃目――盾を構えていた左腕が跳ね上げられた。

 二撃目――突き込まれた刺突によって防御の剣が弾かれた。

 三撃目――アントン・ザハト軍曹の〈アイゼンリッター〉はバイタルブロックを破壊された。


 彼の意識が最後に目にしたのは、底冷えするような冷たい目の死神だった。







 かくしてテロリスト捕縛のため投入された特殊作戦課――西ベガニシュ総督府の手勢は壊滅した。

 その被害は次の通りである。


 輸送用大型トレーラー二台および高機動戦闘車両四台の搭乗員一〇名。

 バレットナイト〈アイゼンリッター〉八機および搭乗員八名。

 ティルトローター輸送機が一機とその操縦士二名。

 対反乱作戦用コマンド部隊二四名。

 全部で四四名の死亡が確認された。


 現場からの無線通信は強力なジャミングで妨害されており、西ベガニシュ総督府が事態を把握したのは翌日の朝になってのことである。

 被害状況から見て、バナヴィア独立派による待ち伏せ攻撃を受けたのは明白だった。

 あってはならないことである。

 どこからか状況が漏れて、ベガニシュ帝国が誇る精鋭が皆殺しにされたなど――あってはならなかった。


 この甚大じんだいな被害と、その責任追求を恐れた総督府は事態の隠蔽いんぺいを図った。ベガニシュ本国と西ベガニシュ管区に領地を持つ貴族に対して、情報の封鎖を行ったのである。

 その間に適当な爆弾テロを捏造し、今回の死者はそこで生じたことにするという卑劣な工作活動が行われた。

 かくして本来、指名手配が行われるべきバナヴィア独立派の幹部は、しばらくの間、ベガニシュ帝国側に認識されなかった。













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