悪鬼と巨神
さかのぼること一〇分ほど前――無事に空輸されてきたバレットナイトを受け取った少女は、大急ぎで戦場に向けて高速巡航していた。
世にも珍しい、飛行機と合体したような見た目の機体である。一見すると翼を雑に生やしたような感じだが、これはこれで科学的によく考えられた設計なのである。
まずエルフリーデの駆る〈アシュラベール〉の推力は、初陣の時よりも向上している。そして本来、あくまで弾丸じみた跳躍しかできない機体に、揚力を付与する主翼が生えたことで安定性が大幅に向上した。
その結果として多数の武装を搭載した上で、時速七〇〇キロオーバーでの高速巡航が可能になった――というわけである。
地面効果と呼ばれる原理(地面すれすれを飛ぶと、いい感じに気流が主翼を持ち上げて揚力が大きくなるらしい)を応用しているが、あまり搭乗者に優しくはない。
考えてもみてほしい。世の飛行機乗りたちに「対地高度三メートルか四メートルをずっと水平飛行してください。時速七〇〇キロオーバーの速度で」と言って機嫌良く頷いてくれるだろうか。
おそらく無言の拳が顔面に叩き込まれるはずだ。
水平に飛ぶだけなら機械的に自動制御できるはずだ、と思うかもしれないが、地面の上には地形の凸凹や人工物があるのだ。
普通に自殺行為である。
そしてエルフリーデ・イルーシャはそういう行為を、息をするようにできる一握りの怪物だった。
『――要点から話そう。先ほど、GCIの記憶装置から敵兵器のスペックが一部判明した。〈イノーマス・マローダー〉は胴体に一二〇〇ミリ破城砲〈バタリング・ラム〉を内蔵している。我々の勝利目標は、この怪物的な巨大砲の発射阻止だ』
クロガネが無線で話しかけてくる。ブリーフィングの時間も惜しいので、現場に急行しながら打ち合わせしているのだ。
正気の沙汰ではなかったが、エルフリーデもクロガネもそういう意味では常人ではなかったので、涼しい顔をしている。
「一二〇〇ミリって……使い物になるんですか?」
『すでにフィルニカ王国軍に対して砲撃が行われ、甚大な被害が出ている。計算してみたが、軽く半径一〇キロメートル圏内が危害半径になるはずだ。この兵装が王都パシャヴェラに対して使用されれば、万単位の死傷者が出るだろう」
気が重くなる話だった。
つまりリザ・バシュレーの乗った超巨大人型兵器は、すでに結構な数の死傷者を出している。
果たして彼女を、顔見知りという理由だけで助ける自分が、道徳的に正しいのかは大いに疑問である。
正義の
「そうなる前に止める、か――構造上の弱点は?」
『狙うのは頭部のセンサーユニットだ――フィルニカ王国軍の受けた被害から見て、敵機は数百キロメートル離れた場所に砲撃を当てている。何らかの方法で観測していなければ、絶対に不可能な精密攻撃だ。設計上、〈Eマローダー〉に通信設備を積むなら頭部が最も効率がいい』
「その観測に使ってる機材……偵察ドローンとかを撃墜するっていうのは?」
『おそらく使用されているのはガルテグ連邦の軍事機密〈イーグル・アイ・システム〉だと推測される。大陸間戦争のとき、ベガニシュ海軍に壊滅的な被害を与えた精密砲撃の秘密だ――今の我々にはそれを捉える手段がない』
聞いたことがある。ガルテグ連邦軍は海戦において無敵に近い戦果を誇ったが、それは水平線の向こうから、一方的にベガニシュ海軍の艦艇を砲撃できたからだ。
偵察機は影も形も見えないのに、敵から一方的に長距離砲撃を喰らうのだから勝てるわけがない。
ちなみにガルテグが大陸遠征軍を作りあげ、東海岸に上陸してきたときはこういった現象は起きなかった。このことから何らかの運用制限がある観測装置を、ガルテグ連邦は保有しているというのがベガニシュ側の推測だった。
クロガネにも排除できないとなると、下手をすれば先史文明種の遺産とかじゃなかろうか。
大地の上を高速で飛翔しながら、エルフリーデは思いつきを口にした。
「直接、一二〇〇ミリ砲を破壊しちゃうのはどうです? あとは……関節を狙って破壊してみるとか?」
『やつの主砲は分厚い装甲の内側に守られている――〈Eマローダー〉の装甲は最も薄い部位でさえ戦車の正面装甲を
頭部を狙う以外に道はないようだ。しかしエルフリーデには疑問があった。たぶんクロガネも理解はしているはずなので、基本的なことを尋ねてみる。
「わかった、頭を集中攻撃するのが一番早いわけか……ねえこれ、頭部コフィンに入ってるリザも死ぬよね?」
『頭部装甲の厚みから判断して、九〇ミリレールガンでは貫通できない。だが、通信機器は電磁装甲の外側に配置するしかないからな――先にセンサー周りだけ潰せるはずだ』
言外に「俺を信じろ」と言われている感じだった。エルフリーデとしては最悪の結末――リザたちの駆る〈Eマローダー〉が大量虐殺を完遂する――を回避するために戦うのだから、仮に頭部コフィンを撃ち抜いてしまっても問題はない。
しかしまあそれは少々、後味が悪すぎる。ろくでもない輩がやらかした後始末で、そんな後味が悪い結末はごめんだった。
冷徹な打算はある。リザの弟たちまで救えるとは正直、エルフリーデ自身思ってはいないのだ。
場合によって彼らだけを殺すことになるかもしれない。それは凄まじく恨みを買うだろう、いっそ姉弟そろって殺された方がマシだという感想だって出るかも。
さて、自分はどこまでなら救えるのだろうか――さっぱりわからない。
『いいニュースもある。〈Eマローダー〉の近接防御は手薄だ。射程の順に並べれば、やつには近距離用ミサイル八〇基あまり、五七ミリの頭部機関砲、そして対地攻撃用の三〇ミリガトリングガンしか武装がない。これらの武装の射程は、多めに見積もっても一五キロメートル以内だと推測される』
エルフリーデは困惑した。どう考えても八〇発のミサイルと大口径機関砲で武装してるのは、いい知らせではないと思う。
「結構な重装備に聞こえるけど?」
『〈Eマローダー〉の兵装は、あくまで自衛用のレベルに留まるということだ。一二〇〇ミリ破城砲の運用にリソースが割かれた結果、遠距離に届く射程二〇キロメートル以上の武装が存在しない。ミサイルに関しては、〈アシュラベール〉に搭載されたレーザー式ジャミングポッドが役に立つはずだ』
「あなたのお得意のすごい装備か。うん、信頼してます」
クロガネの技術力を、エルフリーデ・イルーシャは高く買っていた。現在、地表すれすれを高速飛行している〈アシュラベール〉を作りあげたのは、彼が集めた技術者たちなのだ。
ならばそのジャミングポッドとやらだって信頼できるだろう。
そして最後に、男は少女に対して万全の信頼を込めた言葉を贈ってきた。
『近接防御用の機関砲に関しては、お前の方がよく対処法を知っている――〈アシュラベール〉ならば対処可能な相手だ』
◆
そして現在、接敵から数十秒後。
群青の巨神の視線が〈アシュラベール〉に向いた。次の瞬間、地面に大穴を
五七ミリ機関砲はその名の通り、直径五七ミリの砲弾をぶっ放す機関砲である。一般的なバレットナイトの携行する機関砲が、二〇ミリから三〇ミリ程度の弾頭なのを思えば、とにかくデカくて強い。
そして何より〈イノーマス・マローダー〉の頭部機関砲は、バカみたいに砲身が長い。長砲身ということはおおむね、より高速で砲弾を発射できる砲システムということだ。
装薬式にせよ電磁加速式にせよ、砲身が短い火砲はどれだけ口径が大きくても弾頭が遅くなる。炸薬を使う場合は燃焼ガスの膨張を上手く利用できないし、電磁加速式なら電磁バレルの長さが足りなくなるせいだ。
その点、〈Eマローダー〉の頭部機関砲は四メートル近い砲身があった。
高初速で高質量の弾頭が、降り注ぐ――大地が揺れる。徹甲弾の雨が〈アシュラベール〉の進路上にばらまかれる。
――気軽に言ってくれるなあ、クロガネはっ!
光波シールドジェネレータを起動させる。〈アシュラベール〉の両肩に装備されたエネルギーバリアの発生装置が、エーテル粒子を利用した障壁を生み出す。
飛び交う徹甲弾の雨を防ぐのは、物質と相互作用する状態に励起された粒子防御帯だ。高エネルギーを帯びた粒子の被膜が、五七ミリ砲弾を弾いていく。
身長五〇メートルの巨神〈イノーマス・マローダー〉から見て、身長四・五メートルしかない〈アシュラベール〉は小さな的だ。捕まえさえすれば、片手で握り潰せるほどの大きさの違いがある。
搭載している火砲一つ取っても、単発式の九〇ミリ電磁投射砲と連射可能な五七ミリ機関砲では、投射できる破壊力の桁が違う。
だが、〈イノーマス・マローダー〉を動かしている双子の兄弟、ミロとシリルは決して戦闘のプロではない。
彼らは所詮、機体の制御システムと強制的に融合させられた子供に過ぎないのだ。電脳棺の優れた自動照準機能によって、それでも圧倒的な火力を振るえてしまうことに、此度の惨事の原因があったのだが――非常識な高推力・高速度で空飛ぶバレットナイトに対して、彼らの対応は稚拙極まりなかった。
『なんだよこいつ! 死ね! 死んじゃえ!』
『殺せるもんなら殺してみろ!』
自動照準システムがそうするがままに、闇雲に五七ミリ機関砲を掃射する。
それは大抵の機甲戦力を打ち砕くに足る破壊の雨だったが、エルフリーデ・イルーシャを仕留めるには至らない。二基の光波シールドジェネレータを備える〈アシュラベール〉は、その主翼を守りながら地面ギリギリを飛翔する。
七〇〇キロオーバーはあくまで巡航速度である。
瞬間的な加速によって到達する最高速度はそれ以上――ほとんど亜音速域に達するスピードで、深紅の悪鬼が巨神に突っ込んでくる。
『なんだよこいつっ!? なんで弾が当たらない!?』
『空を飛ぶロボットなんておかしいよ!』
九〇ミリ五〇口径大型電磁投射砲――つまり砲身の長さは四・五メートル――を構える。
何十トンもの重量がある戦車で用いるような高密度・高質量の九〇ミリ砲弾を、その主砲以上の速度で撃ち出す高出力レールガン――当然ながらその反動は想像を絶する。まかり間違っても高速飛行中の機体で使うべきではない程度に。
だが、エルフリーデのほとんど正気ではない操縦テクニックと、〈アシュラベール〉の規格外の性能はこれを可能とする。
そう、意外とお手軽なのだ。九〇ミリレールガン発射の瞬間に電気熱ジェット推進機構を最大出力で動作させ、反動を相殺するだけの推力を逆方向に噴射。
それだけでいい。
言ってみれば無反動砲と同じ原理である。
もちろん断じてぶっつけ本番で成功させる機体制御ではなかった――普通のバレットナイトや飛行機の搭乗員一〇〇人にやらせれば、九九人はミスをして墜落死する類の曲芸だ。
――推進方向と射撃方向のベクトルが一致した、今!
九〇ミリ砲弾が射出される。凶悪な反動に合わせて左右の電気熱ジェット推進スラスターバインダーを最大出力で噴射――駆動フレームに響き渡る衝撃を殺しきって、失速からの墜落を回避する。
攻撃は巨神の頭部に着弾した。瞬間、バレットナイトの装甲と同じエーテル粒子の爆発が見えた。
――やっぱり思った通りだ。
大電圧・大電流を装甲材に流す電磁装甲は、鋭敏な感覚器であるセンサー群を守るのには向かない。〈イノーマス・マローダー〉の頭部装甲はバレットナイトと同じアルケー樹脂で構築されているのだ。
おそらくクロガネの推測は正しい。通信設備の類は、二階建て住宅ほどもある頭部に内蔵されているはずだ。
まずどうやってリザを助け出すか、なんて話は置いておく――主砲である一二〇〇ミリ破城砲の運用能力を喪失させるのが先決だった。
着弾点の周辺でカメラアイが吹き飛び、複眼の一部を損傷した〈Eマローダー〉がうなり声をあげた。
『……させ、ない。私はもう、二度と……失いたくないんだ……!』
地の底から響くような声だった。
それまでの素人臭い動きが嘘みたいに、〈Eマローダー〉の足取りが変わった。巨神の右脚が持ち上げられる――振り下ろされる。虫けらのように踏み潰されそうになった〈アシュラベール〉が、間一髪でそれを避けた。
複眼のカメラアイが、危険な敵意に満ちた赤い光を放つ。
『姉ちゃん!?』
『なんでっ!? 僕らの制御を奪い取るなんてできるわけ――』
『私は……お姉ちゃんだからっ! 守るんだ、私が守るんだっ!!』
相手側の並列起動コフィンは様々な機能が壊れているらしく、エルフリーデの側にまで声が聞こえてきた。たぶんクロガネに説明を求められれば、エーテル粒子の共鳴現象とか何とか、空想科学小説じみた原理を説明してくれるだろう。
だが、エルフリーデにとって重要なのは、どんなに有害な電磁波がまき散らされていようと、自分の声が相手に届いていることだった。
「その痛みで
答えはない。
次の瞬間、地表を高速巡航するエルフリーデ目がけて機関砲弾が撃ち込まれた。偏差射撃まできっちりこなしてくれる自動照準機能は、どんなに搭乗者が激昂していても正確さを失わない。
弟たちの凶行で精神を打ち崩され、
涙に濡れた叫びが、ほとんど金切り声で放たれた。
『うるさい、うるさいっ! 黙れぇえええ!!』
群青の巨神が、そのダークブルーの巨体を横倒しにする。直立二足歩行から四足歩行への形態変化――抗重力場機関で自重を軽減している〈Eマローダー〉は、一万トン超の自重にもかかわらず、むしろ軽やかに地面を蹴って跳んだ。
着地の刹那、大地が震える。
四肢の触れた先にクレーターを穿ちながら、装甲と重火器の塊が襲い来る。
その巨躯ゆえに、〈Eマローダー〉の馬力に任せた機動は脅威だった。たとえ人間でいう早歩きほどの速度だったとしても、五〇メートルある巨神の場合、末端の速度は音速を超える。
衝撃波を発生させ、大地を踏み砕き、怒り狂う――群青の巨神が地面を四つん這いで動き回っていた。
エルフリーデの駆る〈アシュラベール〉EF装備は、時速七〇〇キロメートル超過の高速飛行が可能だ。第三世代バレットナイトと飛行翼、そして各種武装すべての重量を足しても、〈Eマローダー〉のそれには到底届くまい。
しかしそれゆえの問題もあった。速すぎるのだ。現在の〈アシュラベール〉の飛行速度では、ほんの数秒で一キロメートルの距離が開く。
距離が開きすぎれば、エルフリーデとて機関砲の雨を避け切るのは難しい。かといって速度を落とせば、暴れ回る猛牛じみた巨神に捕まって一巻の終わりだ。
『エルフリーデ、あなたの経歴は知ってる! 帝国の英雄として名を馳せて! とっても待遇がいい上級貴族のお抱え騎士になって! あなたは運がよかっただけだ! なんでそうなったのが私じゃない!? 善意の誰かに助けてもらったくせに! 今さらわかった風な口を利かないでよ!』
参ったな、と少女は思う。困ったことに反論する余地がなかった。
実際問題、クロガネがいなければエルフリーデ・イルーシャは殺されていただろう。ティアナ・イルーシャも不幸な末路を辿ったはずだ。
「……弱った」
『減らず口を!』
巨神の頭部から五七ミリ機関砲が撃ち込まれる。あるいはその腰部に接続された砲塔、三〇ミリガトリング砲が火を噴く。膨大な量の超硬化結晶弾体が襲い来る。
そのすべてを光波シールドジェネレータで防ぐことはできない。エネルギーバリアにも耐久限界と言うべきものは存在している。
シルードジェネレータは被弾時に負荷が増大するため、一定時間内に過負荷をかけられた場合、純然たる機械的限界としてバリアの展開ができなくなるのだ。
――こうして、ある程度は回避するしかない。
スラスターバインダーを基部から可動させ、推力偏向ノズルを使って噴流の向きを調整。
うねうねと気味が悪い軌道を描いて、深紅の翼が地面すれすれから高度三〇メートルほどに飛び上がる。敵の機銃掃射が地面に当たって砕ける。水平方向だけの進路予測に基づく偏差射撃を、垂直方向の動きを組み合わせることで回避したのだ。
機体にかかるGを承知で、空中で姿勢変更――電気熱ジェット推進機構を最大出力で噴射。
取り込んだ大気を高温・高圧の噴流にして吐き出すジェットエンジンが、莫大な推力で〈アシュラベール〉を疾走させる。
常識外れの戦闘機動、みしりと軋む機体主翼――約二〇Gの負荷に耐える構造体は、〈アシュラベール〉とエルフリーデ・イルーシャの組み合わせで予想される負荷の予想範囲内。
ミトラス・グループの極めて高度かつ異常な設計技術、そして遺跡由来の素材工学の発展なくして実現不可能なものだ。
それまで帯びていた運動エネルギーは無視できないから、推進方向が直角に折れ曲がるなんてファンタジーはないが――それにしたって小気味いい方向転換。
弧を描くようにしてUターンした機体が、群青の巨神と向き合う。ターンの瞬間を狙った機銃掃射を、光波シールドジェネレータの展開で弾く。第三世代バレットナイトの絶大な防御力は、このエネルギーバリアによってもたらされていた。
再び高度四メートルの超・超低空に戻った深紅の悪鬼――推進方向を射線と合致させる。〈Eマローダー〉の上下に揺れる頭部を狙う。
撃った。
直撃だった。九〇ミリ砲弾がアルケー樹脂装甲を打ち砕く。また頭部装甲が弾け飛び、今度は五七ミリ機関砲そのものが機能不全を迎えた。
歪んだ砲身が弾詰まりを起こす。砲身が爆発する。当然のように〈Eマローダー〉頭の右半分が崩れ去る。
まるで人間の眼球が垂れ下がるように、複眼のカメラアイの右半分がケーブルを伸ばしてぶら下がった。
さて、リザはまだ生きているだろうか。
「そうだね、わたしはとっても幸運なやつなんだと思う。きみがわたしに抱いた怒りはきっと、間違いなんかじゃない――もし妹が同じようになっていたら、わたしはこの世界で息をしてる人間全部を憎んだと思う」
動きでわかった。
まだリザ・バシュレーは無事だ。おそらくもう頭部センサー群の大半が死んでいる状況でなお、〈Eマローダー〉はその動きを止めない。
頭の半分を吹き飛ばされているのに、その頭部コフィンは無事なのだ。砕け散った装甲の隙間から、エーテル粒子の
それは人間の魂の輝き、意識活動を通じて無限のエネルギーを虚空から取り出す魔法だ。
四つん這いから二足歩行に巨神の姿勢が変わる。一対二本の前脚を、駄々をこねるように地面に打ち付けて――少女は泣いていた。
『……ならっ、どうしてっ!』
リザの声。
たぶん彼女はもう冷静ではない――フィルニカ王国軍に対する攻撃を主導したのが、リザなのかその弟たちなのかはわからない。
しかしおそらく、仮にどれだけ殺戮に手を染めていようと、リザにとって弟たちは守るべき家族なのだ。
道徳的には褒められたものではあるまい。肉親の情に溺れた末路だと断罪することもできよう。だけどエルフリーデは、そんなありきたりのスカッとする結末がほしいわけではなかった。
九〇ミリ大型電磁投射砲を構える。
携行火器に
「でも今のわたしはそうじゃない。だから、きみを、きみたちを止める」
傲慢すぎる言葉だった。
まるで自分が死なないと思っているかのような物言いに、リザは逆上した。
『ふっざけるなぁあ!!』
――ぶおおおぉおぉおぉおおおん!
〈イノーマス・マローダー〉が絶叫する。
その四肢に搭載された自重軽減用
振り下ろされた拳を避ける――大質量の暴力とすれ違った。
それでもなお、衝撃波で機体が揺れる。音速を超えた巨神の拳を受けて、大地に亀裂が走った。
すでに戦略的な勝敗は決した。頭部センサー群と通信ユニットを破壊された〈Eマローダー〉に、数百キロ先を砲撃する能力はない。
猛り狂う巨神はその実、もうすでに敗者となることが確定した存在だ。
伝わってくる。
もうどこにもいけないと嘆き苦しむ、見知った少女の絶望――エルフリーデと一体化した深紅の悪鬼は、祈るように言葉を重ねた。
「どうしても止まれないなら――わたしが殺してあげる」
そうはならない未来を願って、焔のような翼が空を舞う――ここにあるのは、切なる願いだけだった。
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