第3話 おもてなし

「あっ! そうだ! お野菜も採って来ないと! ちょっと家庭菜園の方に行ってきますね」


 私って段取り悪いな〜と苦笑いしつつ、エルメルさんに告げると、


「それなら一緒に行って手伝うよ」


 彼も腕まくりしてついて来てくれた。



 家庭菜園は、テントの裏手にある。


 三坪ぐらいの小さめの畑だ。

 私は初心者だし、週末しか来れないから、あまり広すぎても管理しきれないし、このぐらいが丁度いい。


 家庭菜園には、タマが持って来てくれた謎の種を蒔いたり、自分でホームセンターから買って来た苗を植えたりしている。だから、ダンジョン野菜と地球の野菜が入り乱れてるんだ。


 ダンジョン野菜は、「ペポル」っていう小さくて皮の柔らかいかぼちゃと、「ピニャ」っていうほうれん草のような葉物野菜、それから「ソルトプラント」っていうアイスプラントみたいな肉厚でしょっぱい味の野菜が生えてる。


 あとは、自分で持ち込んだミニトマトとナスの苗が、ぷっくりした実をいくつもつけてた。


 それから、そこら辺の藪を探せば、ダンジョン特有のハーブも採れたりする……本当に食べても大丈夫かは、図鑑と睨めっこが必要だけどね。


 ダンジョン野菜はとっても活きがいいみたいで、時々勝手にわさわさ動いたり、鳴き声を発したりするけど、「そういう生き物だから」って、自分に言い聞かせて気にしないようにしてる。


「ペポルは丁度食べごろだな。よく鳴いてる。ピニャも美味しそうだ」


 エルメルさんが楽しそうに目を細めて言った。


……やっぱり、ペポルって鳴くよね? むしろ、鳴き声が食べごろのサインなの??


 ペポルは最後の抵抗とばかりに、丸いオレンジ色の実が「ピギーッ!」と小さな悲鳴をあげて、ゴロゴロと転がり回っていた。


「じゃあ、そのペポルとピニャを採っていきましょう。あと、このミニトマトとナスも」


 私は収穫鋏で、食べごろのミニトマトとナスをパチン、パチンッと採って籠に入れていった。

 どれも瑞々しくて、ツヤツヤしてて美味しそうだ。


 そして、鳴かない、叫ばない、動かない地球の野菜に、なんだかホッとしていた。


「……アリサ……」


 急に気色ばんだエルメルさんの声がしたから、そっちの方を振り向くと、エルメルさんとタマが睨み合っていた。


「あ、タマ。ここにいたんだ。この子もうちの子だから大丈夫ですよ」

「ガルル」


 私がそう言うと、タマも「そうだよ」とでも言うように返事をしてくれた。


「……まさか、変異種のキラーベンガルまで。決して人には懐かないはずなのに……」


 エルメルさんは、警戒を解いて額の汗を拭っていた。


「タマはいい子ですよ〜。いつも畑の様子をみてくれるんです」


 タマは私の前では気まぐれなフリをしてるけど、裏では結構マメだ。


 特に家庭菜園はタマのお気に入りみたいで、この畑を耕す時に手伝ってくれたのも、雑草を掘り返して排除してくれてるのも、タマだ。


 あまりにもダンジョン野菜がうるさい時に、教育的指導をして静かにさせてくれるのも、タマだ——そう、とっても賢い良い子なのだ!


「タマもお肉食べる?」

「ガル!」


 タマの太くて長い尻尾が、機嫌良さそうに大きくゆったりと揺れた。


 私たちは採れたての野菜を洗うと、それぞれ食べやすい大きさに切っていった。


 次は火おこしだ。

 BBQセットに火おこし用の古新聞と炭を入れていく。


「何か手伝うよ」

「わっ! あ、ありがとうございます。今、火をつけますね。ピーちゃん、ちょっと来て!」


 私は、急にすぐそばまで近づいて来たエルメルさんにドギマギしながら、ピーちゃんを呼んだ。

 距離感が、日本人とエルフだと違うのかな……?


「ピルルッ!」

「ここに火をつけてもらえる?」

「ピッ!」


 ピーちゃんは、嘴からフッと小さい炎を吐いて、古新聞にだけ火をつけた。

 その後に、真っ白な翼をふぁさっと羽ばたかせて、ふわりと風を送っている。


 炭が少しずつオレンジ色になっていって、パチパチと小さな音がし始めた。


 ピーちゃんは、とっても火おこしが上手だから、BBQの時はいつも火をつけてもらってるんだ。


「……変異種の極楽鳥にこんな……」


 エルメルさんは口元を手で覆って何か呟いていたけど、あまりよく聞こえなかった。


 炭火が安定してきたら、金網の端にスキレットと火が通りにくい野菜を置いていく。


 スキレットでは、アヒージョを作る予定。温まるまでに少し時間がかかるから、先に種を取り除いた鷹の爪とみじん切りのにんにく、オリーブオイルを入れておく。


「エルメルさん、お肉はどれから焼きます? まずはタンやホルモン、カルビなんかがおすすめですよ!」

「あ、うん。じゃあ、それで」


 エルメルさんは珍しそうにウッドテーブルの上のお肉を眺めていた。そうだよね、ミュートロギアには、こういうお肉は無いもんね。


「ピィ!」

「そうだね、ピーちゃんはせせりだよね!」


 私はタン、ホルモン、カルビ、鳥せせりのラップを開けて、トングで金網の上に置いていった。

 お肉からジュウ……という美味しそうな音と湯気が立ち上がり始める。


「エルメルさんはお酒って大丈夫ですか? 今、これしかなくて……」


 私はクーラーボックスから缶ビールを取り出した。キンキンに冷えて、もわりと白く冷えた空気をまとってる。

 元々、カレンと一緒に飲む予定だったから、飲兵衛の私達用にロング缶だ。


「そ、それは、噂のビール!!?」


 エルメルさんが驚愕の表情で、缶ビールを見つめた。


「噂のビール?」

「人間がミュートロギアに持ち込んだ、最も罪深い麦の魔物と呼ばれている……」

「えぇっ!?」


 何それっ!?


「あらゆる酒飲みを虜にし、一度飲んでしまうと今までのエールには戻れないという……」


 エルメルさんが慄きながら、ゴクリと生唾を飲んでいた。


 確かに、ビール会社さんの企業努力って凄いよね。ビールだけでもいろんな種類もあるし。


「……いいのか? 高級品だぞ?」

「えっ、そうなんですか?」

「おそらくそのビール一本で、エールが十杯は飲める」

「えぇ……地球だとそんなに高くないですけど」


 何それ、ビール一本が高すぎない? ミュートロギアでは輸入品だから?


 とにかく、私はビールを一缶、エルメルさんに手渡した。

 エルメルさんの手は少し震えてた。


 プシュ。カシュ。


 二人してビール缶のタブを開ける。


「それじゃあ、「乾杯!」」


 ゴクゴクッという音と、お肉が焼けるジュウジュウという音だけがその場に響いていた。


「「プハーッ!!」」


 こういう所は人間もエルフも一緒だね。

 どちらからともなく、クスクスと笑いが溢れた。


「……これは確かにモンスターだ。もう今までのエールがただの水としか思えなくなる……」


 エルメルさんが、とんでもなく感動していた。あれ? ちょっと涙目になってない?


「あっ! ヤバい! お肉が焦げちゃう!」


 私は慌ててお肉をひっくり返した。

 端っこが少し……わりと焦げてるけど、本体がギリギリセーフだし、BBQって元々こういうのが醍醐味だよね!?


 スキレットのオリーブオイルもかなり温まっていたから、エビとアサリとミニトマトを入れる。お塩もパラリ。


 シェラカップには焼肉のタレを入れておく。


「焼き終わったお肉から自由に取って食べてくださいね。味が薄かったら、このタレを使ってください」


 私はトングと取り皿代わりのシェラカップを、エルメルさんに手渡した。


 私が見本を見せるように、トングで焼けたお肉をシェラカップに取って、箸でタレを付けて食べると、エルメルさんも見よう見まねでお肉を取り始めた。

 お箸は難しそうだったから、代わりにフォークを渡したら、普通に使ってくれた。


「旨いっ! 初めて食べた肉だが、変な癖がなくて食べやすいし、このタレも旨いな!」


 エルメルさんの顔色がパァッと明るくなった。次から次へとお肉を取っては、バクバクと平らげていく。


 やっぱり美味しいものって、みんなを幸せにするよね。見ているこっちまで嬉しくなるよ。


 野菜もアヒージョも丁度いい感じに焼けてきたから、そっちも勧めると、すごく美味しそうに食べてくれた。


「ピィ!」

「あ、せせりだね」


 私がトングでせせりを掴んで、少しフーフーと息をかけて冷ましてあげると、ピーちゃんが器用にトングからせせりを攫って行った。


 ピィーッピュルルル……、と嬉しそうな鳴き声が、上空から聞こえてくる。


「ポチはホルモンで、タマはお肉ならなんでもOK、ドラ男はエビさんだったね」

「ワフッ!」

「ガル!」

「クルル!」


 みんなにフーフーして冷ました物をあげる。ポイッて投げると、上手に口でキャッチするんだよね。なんだか、イルカとかアシカのショーみたいで、ちょっと面白い。


「……アリサは変わった餌のあげ方をするんだな……」


 エルメルさんが、ポカンと私達の様子を眺めていた。


「いつもこんな感じですよ」


 うちの子達にご飯をあげた後は、私もお肉を堪能する——くぅーっ! やっぱ、BBQサイコーッ!!!



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