ちきゅううり

押田桧凪

第1話

 いい感じの人の数、熱気と湿気が押し寄せる土地だと認識していたが、台湾の夜市は違った。狭い、いや、昼間の人の混みとは桁違いの往来でぎゅうぎゅうの通路。息子の手をとって、ちびちびと歩きながら所狭しと並ぶ屋台を私たちは見ていく。


 日本でいう花火大会の露店が立ち並ぶ光景に近いが、売られているモノ、そして『におい』が明らかに違う。「ああ、臭豆腐チョウドウフか」と思いながら息子はわけもわからず顔をしかめた。出どころは至るところにあって、その形容しがたいにおいが辺りに立ち込める。逆に、「夜市に来たなあ」と感じるのもこの独特なにおいのおかげであり、興奮が身体に満ちていく。


「おかーさん、たこやきー!」「あっほんとだ。ソースの匂いも似てるねー」


『たこやき』と書かれた看板を発見し、こういう夜市ではかき氷よりも逆にこっちの人にとって珍しげなモノを売るのだろうと合点がいく。鉄板料理のメニュー表には『大阪焼』『広島焼』という日本人が見れば分断を感じそうな字面を発見しつつも、その隣にある屋台、1つ80元の大きな大鶏排ダージーパイを注文した。


 お店のおばさんはササッと包丁でバンバンバン! と揚げた鶏肉をまな板の上で切るとすぐに袋に入れてくれた。骨のある箇所とをより分け、串に刺して口に入れるとじゅわっと肉汁とカリカリの食感が同時に味わえる。タレの味も美味しい。ジャージャーと油の撥ねるような音が後ろの大きな鍋から聞こえてきて、次々と鶏肉が揚げられていくのを見ていると、ますます心が躍る。私たちが並んでいた後ろにはもう長い列ができていて、日没直後の平日でもその盛況ぶりに驚いた。


 次に見たのは「ちきゅう?」と首を傾げて指をさす息子の背中を追ったところで見た屋台だ。地球瓜。何だか以前流行った地球グミみたいな名前だな、と思いつつ読み返すと「地瓜球ディーグアチョウ」と書いてあって「地球瓜ちきゅううり」では無かった。


 地球の文字の間に「瓜」が挟まっていて、意味を調べると『さつまいもボール』と言われる揚げ物らしい。一袋30元で、買ってみると黄色と紫色のボール状になっていて、カラフルでかわいい。中は空洞だが、サクッとしてこれがまたクセになる。さつまいもの甘さを球体に閉じ込めていて、だけど噛むともちもちした弾力があって、たまらなく美味しい。


 パクパク食べているうちに、すぐに無くなって「まだ食べたい!」と息子は言った。それは当然私も同じ気持ちで、だけど屋台からは遠ざかってしまったし、また同じ店で買って「おっ、沼にハマったな日本人」なんて思われるのも恥ずかしかった。というかこの思考自体が日本人の内向的な性格をあらわしているような気がしてやきもきしていると、気づけばまた違う所の「地瓜球」のお店が見つかった。


 そうだ、この広大な区画の中で屋台が被らないはずが無い。というか、広すぎて迷子になるぐらいだから日本で「きゅうりの一本漬け」の屋台デジャブが起こるくらいの確率で地瓜球に出会えるのだ。なんてことはない。そして、幸せだ。今度は50元でしっかり二袋買った。ひとり一袋、食べることにする。


 あちちっ、と言いながらはふはふする間もなく私たちは口に放り込んでいく。「うまいうまい!」と笑い合った。そうやって三泊四日の台湾旅行中、夜市巡りをしているといつの間にか帰国の日がやって来た。


「また食べたいね、ちきゅううり」「ディーグアチョウ、ね」「でぃーぐあ……」「ちょ」「ディーグアチョウ」「アチョウッ!」「ねえポーズするのやめて」「アチョウッ!」


 絶対、これ日本で作ってやる! と意気込んで帰国後、私は検索窓に作り方を打ち込むと、すぐにクックパッドでヒットした。ざっくり言うと『さつまいもを潰す→砂糖と混ぜる→生地を作る→丸める→加熱』という流れのようだ。おっいいじゃん。これからやって来る秋にピッタリって感じ? 揚げる前の工程は子どもと一緒に作れそうだし……って、「ねえまだ家庭科の宿題終わってなかったよね、あの何か作るのお手伝いしましょうってやつ。これ手伝って? どう、よくないー?」と(残念ながら旅行の日程と被っていて行けなかった)出張から帰ってきた夫と息子の顔を交互に見比べながら、レシピの画面を見せた。


「いいねぇ、おいしそうだ。ちきゅううり、って読むの? これ」「ディーグアチョウ、って読むらしいよ」「アチョー食べたい」「あー、もう」


 私はスーパーへ向かう支度を始めた。

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