第1章
1.体調不良の天使様。
「高坂さん、大丈夫? 少し顔色悪いけれど……」
「え……えぇ、すみません。元々、貧血気味なので」
「もし体調悪くなったら、いつでも私たちを頼ってくれて良いからね!」
ある日の休み時間、教室での出来事。
海晴は女子友達に囲まれて、いつものようにチヤホヤと可愛がられていた。何やら血の気が引いた顔色をしていたので、心配されているらしい。それに対して海晴が事情を説明すると、周囲の全員が疑うことなく納得していた。
なるほど『儚い天使様』は、身体が弱いのだ。
体育の授業も見学が多く、保健室に通うこともある。それは周知の事実として扱われており、確固たる真実であるとも考えられていた。
だが――。
「いやいやいやいや……」
俺は知っている。
あれは、事実無根の嘘偽りである、ということを。
これについては一度、しっかりと話しておいた方が良いかもしれない。それがきっと海晴の今後のためであり、指摘できるのは俺しかいないのだから。
◆
そんなこんなで、俺は一日を終えて帰宅した。
小萌は今日、何やら家の用事があるそうなので、ここへはこないだろう。それなら一対一でしっかり、海晴の間違いを指摘できるはずだ。
そう考えながら俺は彼女をくるのを待ち、やがて当たり前のように――。
「うーっす、邪魔するよー」
「パンツを脱ぎながら入室するな、この破廉恥娘が」
――高坂海晴、登場。
歩きながら自身の下着を脱ぎ、放り投げながら彼女はクッションに顔を埋めた。うつぶせの状態になり、例によってスカートも捲れ上がるが、俺は上手く視線を逸らす。その上で、彼女にこう告げるのだ。
「なぁ、海晴。話があるんだけど」
「……ん、なに?」
すると幼馴染みその一は、意外にも素直に座り直す。
そして、小さなテーブルを挟んで向かい合った。何かを期待するような視線に違和感を覚えつつも、俺は咳払いを一つしてから切り出す。
「今日、学校で言ってた『貧血』ってのは嘘だよな?」
「んだよ、そんなことか……」
すると、儚げな天使様は途端に死んだ目になって舌打ちをした。
どうやら図星であり、かつ触れてほしくないことらしい。不貞腐れた表情になった海晴がまた、クッションに顔を埋めようとするので、それを呼び止めるように訊ねた。
「なんでお前、最近になって頻繁に保健室行くんだよ」
「あー……? いいだろ別に。眠いんだから、寝かせてくれって」
「眠い、ってなんでだよ」
「……仕方ないな」
海晴は重たい瞼を持ち上げるようにしつつ、一言こう説明をする。
「最近、ペケモンの新作出ただろ? アレの厳選が終わらなくてさ」――と。
それだけで、すべてが理解できた。
こいつは間違いなく、ただシンプルにゲームのし過ぎで寝不足なだけだ。もとよりゲーマー気質であるのは知っていたが、いったい何時までやり込んでいるのか。
そう思って訊ねると――。
「ちなみに、昨夜は何時まで?」
「えっと、五時くらいか」
「それ、朝」
想像以上の馬鹿だった。
ペケモンの新作が発売されてから、と考えると、かれこれ三週間ほど。彼女が保健室に行くようになったタイミングとも重なった。つまるところ、このアホは三週間もそんな狂った生活を送っていることになる。
俺は呆れてため息をつきつつ、無理は承知で諫めることにした。
「聞く耳は持たないだろうけど、それじゃあ本当に身体壊すぞ?」
「うるさいなー、いいんだよ。アタシは、ここで寝るし」
「だから、他人の部屋で勝手に寝るなって」
こちらの忠告を無視し、海晴はわざとらしく大の字になる。
すると当然、スカートから見えそうになるわけで――。
「だー! やめろっての、お前は!?」
「あー、もう! ホントにうるさい、バカ知久!」
「なんで逆ギレしてるんだよ!?」
「いま寝ないと、夜の厳選ができないでしょ!?」
「だから、なんでそっちの比重がそんなに大きいんだよ!!」
いつものように、口喧嘩。
しかし、さすがの海晴もそれでは眠れないのか苛立ち始めた。ただそれでも、幼馴染みの体調を憂う者としても、ここは引けない。むしろいま寝たら、こいつはまた夜中にペケモンの厳選を始めてしまう。
その生活リズムをいかにして、強制するべきなのか……。
「寝かさない、ってなら……スカートも脱ぐよ?」
「……へ?」
などと考えていると、何やら座った眼差しで海晴が言った。
俺は意味が理解できずに間抜けた返事。すると彼女はスカートのホックに手をかけながら、ゆっくり立ち上がるのだ。
「知久が部屋からいなくなれば、アタシは寝られる。……ふ、ふふふふ」
「お、おいやめろ。さすがに、見境がないだろ……!?」
「さぁ、どうする? 残り十秒、九、八――」
そして一歩、また一歩と接近しながら数を口にする。
残り五秒。俺はもう、敗北を認めるしかなかった。だから、
「分かったから! だったらせめて、ちゃんとベッドで寝てくれ!?」
「え……ベッドで、寝る?」
そう進言し、俺が普段使いしているベッドを示す。
布団に包まったら、スカートの中も見えないはずだった。しかし、
「え、ふえ……ええぇ、知久のベッド……」
「なんだよ。嫌なのか?」
「………………」
何やら、海晴の様子がおかしい。
いつになく顔が赤い。もしかしたら、寝不足が限界なのかもしれない。
「ほら、寝るならさっさと寝ろって。時間になったら起こすから」
「………………うん」
そう思って布団を捲ると存外、素直に幼馴染みは横になった。
そして、モゾモゾと身を丸くし始める。
「……なんだってんだ?」
そんな彼女の様子に、理解が追い付かない俺は首を傾げるしかなかった。
――
次回、短くなるけど海晴パート書きます。
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