第1章

1.体調不良の天使様。








「高坂さん、大丈夫? 少し顔色悪いけれど……」

「え……えぇ、すみません。元々、貧血気味なので」

「もし体調悪くなったら、いつでも私たちを頼ってくれて良いからね!」



 ある日の休み時間、教室での出来事。

 海晴は女子友達に囲まれて、いつものようにチヤホヤと可愛がられていた。何やら血の気が引いた顔色をしていたので、心配されているらしい。それに対して海晴が事情を説明すると、周囲の全員が疑うことなく納得していた。


 なるほど『儚い天使様』は、身体が弱いのだ。

 体育の授業も見学が多く、保健室に通うこともある。それは周知の事実として扱われており、確固たる真実であるとも考えられていた。

 だが――。



「いやいやいやいや……」



 俺は知っている。

 あれは、事実無根の嘘偽りである、ということを。

 これについては一度、しっかりと話しておいた方が良いかもしれない。それがきっと海晴の今後のためであり、指摘できるのは俺しかいないのだから。





 そんなこんなで、俺は一日を終えて帰宅した。

 小萌は今日、何やら家の用事があるそうなので、ここへはこないだろう。それなら一対一でしっかり、海晴の間違いを指摘できるはずだ。

 そう考えながら俺は彼女をくるのを待ち、やがて当たり前のように――。



「うーっす、邪魔するよー」

「パンツを脱ぎながら入室するな、この破廉恥娘が」



 ――高坂海晴、登場。

 歩きながら自身の下着を脱ぎ、放り投げながら彼女はクッションに顔を埋めた。うつぶせの状態になり、例によってスカートも捲れ上がるが、俺は上手く視線を逸らす。その上で、彼女にこう告げるのだ。



「なぁ、海晴。話があるんだけど」

「……ん、なに?」



 すると幼馴染みその一は、意外にも素直に座り直す。

 そして、小さなテーブルを挟んで向かい合った。何かを期待するような視線に違和感を覚えつつも、俺は咳払いを一つしてから切り出す。



「今日、学校で言ってた『貧血』ってのは嘘だよな?」

「んだよ、そんなことか……」


 すると、儚げな天使様は途端に死んだ目になって舌打ちをした。

 どうやら図星であり、かつ触れてほしくないことらしい。不貞腐れた表情になった海晴がまた、クッションに顔を埋めようとするので、それを呼び止めるように訊ねた。



「なんでお前、最近になって頻繁に保健室行くんだよ」

「あー……? いいだろ別に。眠いんだから、寝かせてくれって」

「眠い、ってなんでだよ」

「……仕方ないな」



 海晴は重たい瞼を持ち上げるようにしつつ、一言こう説明をする。



「最近、ペケモンの新作出ただろ? アレの厳選が終わらなくてさ」――と。



 それだけで、すべてが理解できた。

 こいつは間違いなく、ただシンプルにゲームのし過ぎで寝不足なだけだ。もとよりゲーマー気質であるのは知っていたが、いったい何時までやり込んでいるのか。

 そう思って訊ねると――。



「ちなみに、昨夜は何時まで?」

「えっと、五時くらいか」

「それ、朝」



 想像以上の馬鹿だった。

 ペケモンの新作が発売されてから、と考えると、かれこれ三週間ほど。彼女が保健室に行くようになったタイミングとも重なった。つまるところ、このアホは三週間もそんな狂った生活を送っていることになる。

 俺は呆れてため息をつきつつ、無理は承知で諫めることにした。



「聞く耳は持たないだろうけど、それじゃあ本当に身体壊すぞ?」

「うるさいなー、いいんだよ。アタシは、ここで寝るし」

「だから、他人の部屋で勝手に寝るなって」



 こちらの忠告を無視し、海晴はわざとらしく大の字になる。

 すると当然、スカートから見えそうになるわけで――。



「だー! やめろっての、お前は!?」

「あー、もう! ホントにうるさい、バカ知久!」

「なんで逆ギレしてるんだよ!?」

「いま寝ないと、夜の厳選ができないでしょ!?」

「だから、なんでそっちの比重がそんなに大きいんだよ!!」



 いつものように、口喧嘩。

 しかし、さすがの海晴もそれでは眠れないのか苛立ち始めた。ただそれでも、幼馴染みの体調を憂う者としても、ここは引けない。むしろいま寝たら、こいつはまた夜中にペケモンの厳選を始めてしまう。

 その生活リズムをいかにして、強制するべきなのか……。



「寝かさない、ってなら……スカートも脱ぐよ?」

「……へ?」



 などと考えていると、何やら座った眼差しで海晴が言った。

 俺は意味が理解できずに間抜けた返事。すると彼女はスカートのホックに手をかけながら、ゆっくり立ち上がるのだ。



「知久が部屋からいなくなれば、アタシは寝られる。……ふ、ふふふふ」

「お、おいやめろ。さすがに、見境がないだろ……!?」

「さぁ、どうする? 残り十秒、九、八――」



 そして一歩、また一歩と接近しながら数を口にする。

 残り五秒。俺はもう、敗北を認めるしかなかった。だから、



「分かったから! だったらせめて、ちゃんとベッドで寝てくれ!?」

「え……ベッドで、寝る?」



 そう進言し、俺が普段使いしているベッドを示す。

 布団に包まったら、スカートの中も見えないはずだった。しかし、



「え、ふえ……ええぇ、知久のベッド……」

「なんだよ。嫌なのか?」

「………………」



 何やら、海晴の様子がおかしい。

 いつになく顔が赤い。もしかしたら、寝不足が限界なのかもしれない。



「ほら、寝るならさっさと寝ろって。時間になったら起こすから」

「………………うん」



 そう思って布団を捲ると存外、素直に幼馴染みは横になった。

 そして、モゾモゾと身を丸くし始める。



「……なんだってんだ?」



 そんな彼女の様子に、理解が追い付かない俺は首を傾げるしかなかった。



 

――

次回、短くなるけど海晴パート書きます。


面白かった、続きが気になる。

更新頑張れ。


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