1.三人の関係性。
――戦略的撤退を兼ねたコンビニで、ふと俺は考える。
そもそも、どうして彼女たちは俺の部屋に入り浸っているというのか。それはとても単純な理由で、二人の家が俺の家を挟んでいる。つまるところ両隣が二人の家であり、彼女たちは俺の幼馴染みなのだ。
仮に二人の家が隣同士であれば、俺はこんな目に遭っていなかっただろう。
すなわち、俺がこんな憂き目に遭う理由は立地的なものだった。
「さて、と。……そういえば、何が良いか聞いてなかったな」
俺はコンビニの冷蔵スペースの前で、ボンヤリと考え込む。
かれこれ十数年の付き合いではあるが、二人の好みというのは良く分かっていなかった。というか、なるべく意識をしないようにしていた、というのが正しいか。
とにもかくにも、分からないなら聞けばいいだろう。
そう思った。しかし――。
「……いや、やめておこう。アイツきっと、俺からの着信嫌いだし」
そこでふと、以前に小萌に用があって連絡した際のことを思い出す。
何やら取り込み中だったのか、ひどく声を荒らげて罵倒された。そして念を押すように、二度とかけてくるな、と言われたのだ。
それはさすがに無理だろうが、とは思いつつも、自ら火中の栗を拾う必要はないのも事実。なので、俺は次に海晴へ連絡しようとして――。
「あー……アイツも、小萌の話題出すと不機嫌になるか」
先日の何の気なしの会話を思い出す。
俺は学校の課題のことで、海晴にいくつか質問をした。しかし勉学については彼女よりも、小萌の方が優秀ではある。なので、小萌の名前が出たのだが……。
「烈火のごとく、怒られたな。……何故だ」
おそらく、大切な親友に俺という害虫が付くことを嫌ったのだろう。
しかしながら理由はまだ、判然としていなかった。だったら、こちらについても下手に刺激しない方が良いだろう。
そう考えた結果、俺はまた冷蔵スペースを眺めて唸った。
「まぁ、炭酸ジュースで良いだろ。……あと、海晴の分も買おう」
下手に一人だけハブると、それはそれで軋轢を生むに違いない。
俺はそんな細心の注意を払いつつ、ようやくコンビニを出た。
◆
「……遅い!」
「ぐは!?」
――で、部屋に戻ったら右ストレートがどてっぱらに。
あからさまに苛立った様子の小萌が、開口一番にそう言いながら打撃を加えてきたのだ。俺は思わず身体をくの字に曲げながら、衝撃を堪える。
そしてすぐに、
「お前なぁ!? 誰のために片道十分のコンビニに行ったと思ってんだ!?」
「それにしても遅い。なんなの、知久はナメクジか何か?」
「お、おのれぇ……!」
言い返すが、鼻で笑われながら罵倒される。
コイツ――女の子でなければ、マジで殴り合いの喧嘩だぞ。
「それで、ジュースは?」
「……あぁ、これだよ」
俺は額に青筋を立てながらも、ぐっと堪えて。
手にした袋から炭酸飲料を差し出した。
すると彼女は、ムッとして――。
「私、炭酸飲めないんだけど」
「…………はぁ?」
こちらに突き返しながら、そう言うのだ。
なんだ、この女ァ……!?
「じゃあ、どうするんだよ」
「仕方ないから、知久が飲めば? 私は水で我慢するから」
「………………」
なんだその『私は殊勝な態度を取っています』みたいな言い方は。
思わずそうツッコみかけたが、俺は呑み込んだ。
そして、もう一人の幼馴染みに声をかける。
「おい、海晴。炭酸ジュースだけど、いるか?」
「ん! 飲む飲む、あんがと!」
すると海晴は素直に、ニカっと笑いながらペットボトルを受け取った。
そして、勢いよく蓋を開けて――ブシュウウウウウウウウウウ!!
「おわ!?」
「きゃああ!?」
先ほどの小萌との争いで若干だが振れていたのか。
炭酸飲料は一気に噴き出して、海晴の制服をぐしゃぐしゃに濡らした。夏服の白いそれは水で張り付いて、肌が透け――。
「うぎゃああああああああああ!?」
――このバカ女、ブラすら付けてねぇのかよ!?
俺は肌色を視認した瞬間に身体を回転させ、ベッドにダイブ。毛布を頭からかぶって、視界を完全にシャットアウトした。
すると、聞こえてきたのはこんな会話。
「あちゃー、どうしよう。……これ」
「海晴、はい」
「お、小萌あざっす」
そして、何やら衣擦れする生々しい音が聞こえた。
それすらなくなってしばらく、俺は恐る恐る毛布から顔を出す。
すると、そこには――。
「ぶふっ!?」
俺のワイシャツだけをまとった海晴の姿があった!
小柄故に、俺のそれだけで全身が隠れている。
だが、これは刺激が強す……ぎ――。
「……がくっ」
そこで、俺の意識は途切れた。
――
初心すぎる主人公である。
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