第20話

 サラを拒絶すれば、この世界に呼ばれることはない。サラの声は僕に届きはしないだろう。

 知らないふりをしていればいい、カナメの存在もサラの願いも紗羅には話さずにいる。 


「螺子、サラを助けるんでしょ?」


 ルイスの問いかけが僕を震わせる。

 助けられっこない、助けたら僕が……紗羅を失ってしまう。


「そうすれば短命じゃなくなるの。私達、ずっと一緒にいられるのよ」


 紗羅のそばにいたい。

 だけど……ルイスと過ごした日々。ルイスは僕をどれだけ助けてくれた? 


「サラは幸せになれるのよ、彼と一緒に」


 ——僕のすべてを賭けて螺子を愛し抜こう。


 紗羅の言葉が僕を巡る。


 繰り返す転生なんて、僕には関係ない。

 生きられるうちに、愛せるだけ紗羅を。


 紗羅は言ったんだ、僕の温もりを求めると。

 大事なのは過去じゃない、僕達の今じゃないか。女のように紗羅を受け入れることは出来ない。

 それでも。


「……僕は」


 絞りだした声は驚くほど掠れている。


「僕は紗羅と」


 答えるだけでいいんだ。

 そうすればもうカナメに会うこともない。死ぬまで紗羅のそばにいられる。


 もう、ルイスに隠すのは限界だ。

 ごめん、ルイス。

 こんなことで驚かせるなんて。


 サラには渡さない。

 彼は、僕のものだ。


「紗羅と……なんだ?」


 僕と同じ顔でカナメは微笑む。

 僕の心を見透かすように。


 言うんだ。

 死ぬまで紗羅のそばにいる。

 僕の死後、誰が紗羅に愛されようと——


「紗羅と……一緒に」


 長い時の中紗羅は生き続ける。

 その間に……僕の温もりを忘れてしまったら。僕の想いは過去に追いやられてしまうのか?


 嫌だ。

 僕の温もりが誰かに消されるなんて。


 嫌だ。

 僕に向けられた想いが誰かに奪われるのは。


 心が掻き毟られる。

 愛することも愛されることも幸せなはずなのに。

 嫉妬が……僕の中を巡る。


 許せない、僕じゃない誰かが愛されるなんて。


「他に……選択は?」

「何を望むの? 螺子」

「決まってるだろ? 何か……違う形の」


 カナメが顔を寄せ、唇が僕の耳をなぞる。


「あるとすれば、君の中のサラを殺す。そして……転生の巡りを君が繰り返すの」


 ルイスには届かない囁き。


「それが意味するのは、サラと同じ地獄を味わうこと。君の嫉妬は呪いとなり、転生した者達を殺していく。君は耐えられる? 嫉妬し、苦しむ中で、彼がもうひとりの自分と出会う。そして……愛し、愛されることに」


 辛い。

 悔しい。


 そんなの……嫌だ‼︎


 サラはずっと苦しんだのか。

 長い時の中で、僕のように。


 サラが選んだ死。

 もしかしたらそれは、彼女が見いだした希望だったのか。


 いつかの未来、生まれ変わる時がくる。

 違う命と体で、何処とは知らない世界で彼を見つけだしたなら。

 記憶も約束もない。

 それでも彼は、彼なら気づいてくれる。

 どんな姿になっても……きっと。


「螺子? 螺子、大丈夫?」


 カナメが離れてすぐ、近づいてきたルイス。


「どうするの? 螺子、サラを」

「ルイスは変わらないよね、何を知っても」

「……え?」

「僕を嫌ったりしない、絶対に」


 信じよう。

 ルイスは受け止めてくれるって。


「カナメに答えるのはあとだ。……ルイス、僕は紗羅を愛している。誰にも渡したくない」

「何を……言ってるの?」


 ルイスの顔に浮かぶ困惑。

 赤みがさした頬と、戸惑いがちにカナメへと向けた顔。


「サラの願いなんてどうだっていい。僕は自分の想いを大事にしたいんだ、紗羅のために生きて死ぬ。……そう出来たらどんなにいいか」

「螺子……?」

「紗羅も僕を想ってくれてる。理性を捨ててでも僕を求めようとして。僕達の……今の繋がりを誰が壊せるだろう」


 見上げる巨大な月、それはなんて鮮やかに見えるのか。

 ルイスの手が僕の頬をなぞる。

 戸惑いが浮かぶままの顔。

 ルイスの手に触れた。

 僕の手の温もりは、ルイスにどう伝わっているだろう。


「それでも壊さなきゃいけないんだ。サラのためじゃない、僕が……僕を守るために」

「螺子、それじゃあ」


 うなづいた僕を前にカナメは目を細める。

 僕と同じ顔で、僕を嘲るように。


「止めるよ、サラの転生の巡りを」

「それでどうする。望むなら、君にふたりの記憶を」

「いいよ、覚えてても会えなきゃ意味がないんだから」


 忘れたくない、僕を愛してくれた大切な彼を。

 だけど忘れなきゃ。

 そうすることで、たどり着ける未来があるなら。


「カナメ、僕が言うことを聞き入れてほしい。新月の世界に戻ってすぐ、紗羅をこの世界に呼び寄せないでくれ。空夜と麻莉亜のことを話しておきたい」

「新たな命に生まれ変われば、彼はふたりを忘れてしまう。それでもか?」

「もうひとつ、僕と紗羅に時間を。少しでいいんだ、会えなくなる前に……出来る限りの」


 愛を伝えたい。

 僕達が互いに忘れてしまっても。


「いいだろう、君の覚悟は見届けた。さぁ、獣よ。向かいなさい、ご主人様が待つ世界へと」


 グルルル……


 ロイドの声が響く。

 もうすぐ、紗羅が待つ世界へ帰る。


「ごめん、ルイス。今まで黙ってて。怖かったんだ、ルイスにどう思われるのか」

「まだ信じられないけど……ひとつだけはわかるわ。螺子は悩んでたのよね、自分の想いに戸惑って」


 ルイスは僕を引き寄せ抱きしめる。

 柔らかな温もりの中で目を閉じた。


「あったかいな、ルイスは」

「何があっても大丈夫。私はずっとそばにいるから」

「ありがとう……ルイス」


 安堵が僕を包む。

 ルイスの優しさは、僕が帰れる場所だ。




 僕を待つ紗羅との別れ。

 そして……未来を手に入れる。









 次章〈ラストロマンティック〉

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