無垢な歪み
第18話
ルイスにこんな顔をさせたくなかった。
だけど僕の死はルイス悲しませる。ルイスが受け止められるよう……話しておかなくちゃ。
「サラは二十歳になる前に死んだ。彼女の命を秘め、生まれ変わった者達も同じ、二十歳を迎える前に死んでいる。だから僕も」
「同じように死ぬって言うの? そんな……簡単に言わないでよ」
落ち着こうとして、ルイスは息を整える。
「そんなこと信じないから。繰り返される
「……ルイス」
「やめましょう。話すことは他にあるはずよ、大切なのはこれからなんだから。螺子はどうするつもりなの? 私達が知ったこと、紗羅に伝えたあと」
「……それは」
紗羅のそばにいたい。
だけど気になるのはサラの想いだ。
綺麗な自分を取り戻したい。そして、新たな運命を彼と共に——
僕はどうすればいいんだ? サラの想いと僕の想い。大事なのは、生かすものはどちらなのか。
それに紗羅はどう思うだろう、サラが望むことを知ったなら。自分とは違う望みを前に冷静でいられるのか?
グーキュルル……
空腹を知らせる音。
今鳴らせたのって。
「螺子ったら。お腹が空いてるなら言えばいいのに」
「違うよ、今のはルイスじゃないか」
「私じゃない、螺子のお腹の音よ」
「ルイスだってば、絶対」
どちらともなく吹きだし笑い合った。『食べられるうちは大丈夫』。母さんが言っていたことが僕を安心させる。僕にはまだ笑える余裕があるんだ。
「家を出てから何も食べてなかったわね。食べながら話そうか、螺子」
ルイスの提案に乗り粘土を捏ねる。
作りだしたのはパンと野菜のスープ。それとダリアが好きそうな大きな骨付き肉の丸焼き。
「このお肉、ふざけてるの?」
呆れながらも肉にかぶりつくルイス。
「これからのことだけど、ルイスは家に帰ったほうがいいと思う。僕は新月の世界で過ごすつもりだ。母さんと羅衣羅、ルイスとダリアには時々会いに行ければいいし。僕が生きてるうちは」
「もうっ、駄目だったら。生きるも死ぬも禁句よ禁句っ‼︎」
「ごめん。つい」
「どうしてそう思うの? 新月の世界にいたいなんて」
紗羅のそばで、生きられるだけ生きていたい。
彼のために何が出来るかわからないけど……それでも。死ぬまでには見つかるかもしれないんだ。サラとも女達とも違う、僕なりの愛し方が。
早まる鼓動と体が帯びる熱。
こんな理由、ルイスには絶対に言えない。
「こ……心が落ち着くんだよ。ダリアに買われてからの日々、父さんへの憎しみでいっぱいだった。父さんへの復讐が物乞いを演じる励みになってたし。元の世界から離れるのは僕のためなんだ。父さんのことを考えずにいられるんだから」
「私達と家族になるのはどう? お母さんと喧嘩したり酒場を手伝ったりするの。それだけで気が紛れると思わない? お母様と妹さんにはいつでも会いに行ける。お父様がいても大丈夫、私が力づくで遠ざけてあげるから」
「ルイスは……僕と離れたくないの?」
「あたりまえでしょ? 螺子が可愛くてしょうがないの。螺子が帰らないなら、私も新月の世界にいる。追い出そうとしても無駄なんだからっ‼︎」
ルイスってば、駄々っ子じゃあるまいし。
「お母さんにも念を押されてるもの、螺子を守れって。それに」
銀縁眼鏡をかけ直し、ルイスはスープを飲む。
「私達が一緒にいるのは、生まれる前からの約束。私はサラの子供の生まれ変わりだもの」
ルイスに重なるルイの面影。
サラが死を選ばなければ、ルイと助け合える未来が訪れただろうか。ルイと共にサラが取り戻せた自由が……もしかしたら。
出会ってから、ルイスに何度助けられたかわからない。これからもそうだ、ルイスは何があっても僕を助けようとする。ルイの想いを引き継いだまま。
「ルイス、サラのこと聞いてくれるかな」
「なんでも話して。ただし、禁句以外のことよ」
「わかってるよ、最初に知ってほしいのは紗羅のこと。彼の本当の名はカイト」
「空夜の思い出の中にいた彼ね? 驚いたな、今の姿と違うんだもの」
「サラの死後、彼が望んだのは彼女の髪の色と同じ顔。そして、生まれ変わった彼女と巡り会うことなんだ。何度でも……繰り返し」
「一途な人なのね。そういえば落ち込んでたわ、螺子が男の子だと知って」
微笑むルイスを前に不安がよぎる。
僕の紗羅への想い、気づかれないよう説明出来るのか?
「一途なのはサラも同じなんだ。だけど望むものは彼と違う。強いられた結婚、サラは汚された自分を許せずにいる。だから」
「わかるわ、綺麗な自分を取り戻したいのね。愛する人のために」
「サラが望むのは、彼との新たな未来……なんだけど」
ひとつの疑問が浮かぶ。
ずっと考えずにいたことが。
「ルイスはどう思う? サラはどうやって、綺麗な自分を取り戻すのか」
「さぁ、想像もつかないわ」
夢の中で会ってからサラの声は届かない。
カナメに止められてるのか、僕と話すことを躊躇ってるのか。
「本当なら僕は女として生まれるはずだったんだ。男として生まれたのは、サラがそう望んだから」
「それは嫌だったのよ。生まれ変わり、彼に愛される別の自分がいるなんて。綺麗な自分を求めながら、嫉妬していたの……もうひとりの自分に」
「そうなの……かな」
サラは優しい少女だ。
誰かを妬むようには思えないけど。
「自分のことだと考えてみて? 螺子はどんな気持ちになる? 私だったら絶対に嫌、私じゃない私が……愛する人と幸せになるなんて」
ズキリと心が痛む。
だけどサラは?
ルイスが言うとおり、もうひとりの自分を妬んでいたとしたら。
「それじゃあ、僕が男に生まれたのは」
「彼に愛されるのをやめてほしかったのよ。もしかしたらサラは」
夜の闇の中、鳥が鳴く声が響く。
「ずっと願ってたのかもしれないわ。男として生まれ変わることを。彼に気づいてほしかった、愛してくれるからこその……一途さゆえの過ちに」
過ちか。
サラを大切に想うからこその。
紗羅が願い叶えたものは……無垢な歪みを秘めている。
僕の紗羅への想い、サラはどう受け止めているだろう。男として生まれていたら、彼を愛し愛されることはない。そう思っていた中で、僕は……紗羅を愛してしまった。サラは僕を憎むだろうか。
「螺子? どうしたの?」
ルイスがそばにいる。
目の前に顔を寄せ、体をぴったりくっつけて。
随分と無防備だ。
僕を弟みたいに思ってる、とはいえ僕達は赤の他人なのに。
「ルイス、くっつきすぎ」
「何よ、心配してるのに。もしかして、私を女として見てくれてるの?」
「これでも僕は、年頃なんだよ」
ルイスを押しのけ見上げた紺碧の空。
気のせいか?
鳥の鳴き声がやけに響く。
「螺子、少し眠らない? 私……なんだか眠くて」
土の上にルイスは横たわる。
「ルイス、服が汚れる。今……寝具を」
捏ねようと取り出した粘土。
月明かりが照らすのは、僕達に絡みだした黒いもの。
ロイドが迎えに来たのか。
「ルイス、ロイドが来たよ」
返ってくる声はない。
眠ってるのか。
ロイドに身を委ね目を閉じる。
考えるのは、紗羅に話すこと。
グウウゥ……
ロイドの声がする。
気のせいか?
何かを……威嚇するような響き。
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