第14話
頬を撫でる風と、僕を包み込む静けさ。
「螺子」
ルイスの声がする。
見えるのは朝靄に包まれた町。そばにいるのはルイス、他に見える姿はない。
「ロイドは?」
「いないわ、元の世界に戻ったんじゃないかしら」
「そっか」
少しの時間も無駄には出来ないな。
「これからどうするの?」
「町のことを調べる、と言いたい所だけど」
遠のいた日々の懐かしさ。
少しだけは許されるだろうか。
「母さんと妹に会いたい。少しでいいから家に」
「何処なの? 螺子の家は」
ルイスに答えようと町中を見回す。
似たような家が並ぶ中、見つけたのは空へと突き伸びた大きな木。あの近くに僕の家がある。
「ついてきて、ルイス」
家に向かい歩く道。
思いだすのは、ダリアに出会い町から連れ出された日。僕とダリアに向けられたざわめきと好奇な目。
自分に起きたことが信じられなかった。父さんに売られ見知らぬ場所へ連れて行かれるなんて。
ダリアに腕を掴まれて歩く中、振り返ることが怖かった。母さんと羅衣羅が、どんな顔で僕を見てるのか。林道で乗せられた馬車、その中で募らせた父さんへの憎しみと復讐心。
「静かな場所ね、私の町は色々なお店が並んでるのに」
「離れた先に住民達の畑がある。あとは……牛と鶏、町ほどじゃないけど、肉料理は美味いんだ」
薄れていく朝霧と僕達を包む風。
緊張が僕の中を巡る、父さんはいるだろうか。父さんを前に僕は冷静でいられるのか……それとも。
「誰が広めたのかしら、この町で螺子の噂を」
噂……ダリアが耳にしたものか。
富を呼び寄せる者が現れた。
神が作りだした美しい少年。
ひとつの考えが浮かぶ。
僕とルイスは生まれ変わりだ、サラとサラを慕っていた
家を前に立ち、落ち着こうと息を整える。
鳥が鳴いた。
屋根の上に見える青い鳥。バタバタと家の中で物音が響く。
「鳥さんだ。今日も来てくれたよ、お母さん‼︎」
無邪気な声が僕を震わせる。
羅衣羅だ。
「おはよう、鳥さんっ‼︎」
開けられた戸と飛び出してきた羅衣羅。
僕を見る目が大きく見開かれた。
「お兄ちゃんっ‼︎」
叫ぶなりしがみついてきた羅衣羅。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ‼︎」
「元気だったか? ……羅衣羅」
僕の問いに答えるように、羅衣羅の手に力が込もる。
「螺子? ……どうして、螺子が」
信じられないものを見るように、母さんが近づいてくる。少し痩せた、無理もないよな。
「お母さん、帰ってきたんだよ‼︎ お兄ちゃんが」
「……螺子」
「心配かけてごめん。休みがもらえたんだ、仕事をがんばったから。だから……母さんと羅衣羅に会いたくて」
「大丈夫なの? 嫌な思いを」
「何もないよ、良くしてもらってる。紹介するよ、彼女はルイス。働き先で僕の世話をしてくれてる」
ルイスを前に母さんは微笑む。
僕が大好きな柔らかな雰囲気。
「父さんは?」
「いないわ、何日も帰らないままよ」
女の所に入り浸りか。
この先も仕事をせずに、父さんは。
僕がいなくなってもダリアは金を送り続けるのかな。こんなんじゃ、父さんは駄目になっていくばかりだ。
「何してるの螺子、入りなさい。さぁ、お客様も」
母さんに言われるまま入った家。
吸いなれた空気と居心地の良さ。帰ってきた実感が僕を包み込む。
「すぐに朝ご飯の支度をするわ。羅衣羅、鳥に餌を」
「うんっ‼︎」
「あの、私に手伝えることがあれば」
遠慮がちに声をかけたルイス、『どうするの?』と言いたげに母さんは僕を見る。
「手伝ってもらってよ、ルイスは器用なんだ」
僕に微笑み、ルイスは台所へと向かう。
外から響く鳥の鳴き声と、外を歩く住人達の声。
朝の食事を待ちながら座った椅子。心地よさの中、僕を包み込む睡魔。
「母さん、何を作るの?」
「そうね、螺子が食べたいものを」
瞼が重い、どうして……こんなに眠いんだ?
「食べたいものは何?」
「なんでもいいよ、母さんが作るものは」
僕にとって……みんなご馳走だから。
力が抜けていくのを感じる。
睡魔に……抗えな——
巨大な月が見える赤みがかった世界。
何処かで見覚えがある。
そうだ、サラの過去を知った夢の中だ。
「どうして、ここに」
「寝ぼけたことを言わないでくれる? 私が導いたからよ」
現れた蝙蝠が、軽々と僕の肩に乗る。
「私の世界へようこそ、螺子」
僕を見上げる深紅の目がキラリと輝いた。
何を考えてるんだカナメは。
僕は……フルームのことを調べなきゃいけないのに。
「お前の世界には興味ない。僕は忙しいんだ」
「わかってるわ、調べに来たのでしょう? 新月の女神セレス、彼女を生みだしたものがなんなのかを」
体がこわばるのを感じる。
どうしてこいつが知ってるんだ?
「手がかりは何もない状況。だから私が手助けにと」
蝙蝠の口が笑うように形を歪ませる。
なんなんだよカナメの奴、蝙蝠の格好で。僕を馬鹿にしてるのか? こんな奴信じられっこない。手がかりがどうとか僕に構うなよ。
「自分でなんとかする、ほっといてくれ」
「与えられたのは五日間、気に入らなければ三日だったかしら。彼は随分と、君を大事にしてるのね」
なんで知ってるんだ? 紗羅が僕に言ったことを。
まるで……僕達の話を聞いてるみたいに。
——闇を媒介にこの世界を見始めた者の存在だ。
紗羅の声が僕の中を巡る。
こいつなのか?
新月の世界を見ていたのは。
「お前、見てるのか? 僕と紗羅のこと……セレスの世界を」
「えぇ、眠りに導く闇を媒介に。目的はひとつ、サラのためよ」
「……サラ?」
「彼女の願いは転生の巡りを断ち切ることよ。そして、サラとカイトの繋がりを捨てる」
「なんでだ? 紗羅はずっと、サラを求め続けて」
「彼を求めるのはサラも同じよ」
苛立たしげに蝙蝠は羽ばたく。
「わかるはずよ、サラの屈辱と悲しみが。サラは汚されたままの自分が許せずにいるの。だから願っている、綺麗な自分を取り戻すことを。サラの記憶と命を捨てて、新たな運命を……彼と共に」
「お前、何者だ? どうして、そんなにもサラに」
「今は語る時じゃない。螺子がここに来た目的は? 私を知ることではないでしょう?」
そうだ、今はフルームのことだ。
五日間のうちに、調べられるだけのことを。
「手がかりをあげるわ。湖の跡地へ行きなさい、そして見つけるのよ。湖の奥底に消えた、神が眠る棺を」
神が……眠ってる?
こんな、田舎町に?
そんなことあるはすが。
「食事の準備が出来たようね。湖の跡地、何処にあるかは母親にでも聞けばいい。目覚めなさい、螺子」
僕を包む料理の匂い。
テーブルを囲む母さんと羅衣羅、それにルイス。
「起きた? 旅の疲れが出たのかしら」
微笑む母さんを前に、カナメの声が僕の中を巡る。
湖の跡地……神が眠る棺か。
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