第13話
ルイスを追うように入った部屋。
座るなり僕を包んだスープの匂い。
「美味しい。螺子、食べて」
ルイスに言われるまま口に運んだスープ。
スパイスが効いた少し濃いめの味。懐かしさを感じるのは僕の中のサラがそうさせるのか。カイトとして生きていた頃に彼が作っていたもの。
サラと向き合い、カイトが食べている姿を想像する。静かな日々の中、ふたりはどれだけの幸せに包まれていたのだろう。王の欲望がふたりの運命を変えるまで。
「螺子、ひとつ確認するが。お前が生まれ育ったのはフルームという田舎町。間違いないな?」
「どうしてそんなことを?」
「転生した者達は皆、フルームで生まれ育っている」
「……え?」
なんだよ、それ。
生まれ変わる場所が決められてるような。
「フルームはサラの祖父が生まれた場所でもあるんだ。世界から消えた花と呼ばれるもの。フルームは、最初に花が消えた場所だとも言われている」
「なんだか……気味が悪いな」
訪れた沈黙の中スープを口に運ぶ。
偶然にしては出来すぎてる気がする。こんな話誰が信じられるんだ?
生まれ変わりを繰り返す場所。
サラの祖父が生まれた……花が最初に消えた場所か。
「ひとつ聞いてもいい?」
遠慮がちにルイスが声を上げる。
「前に言ってたわよね、広場に訪れた理由を。螺子を見つけるため、セレスが告げた時刻にあの場所へ」
僕と向き合う水晶の人形。
鮮やかな深紅の目。それは出会った夢魔、カナメの目の色を思いださせる。
「同じ顔と髪の色。知らせを待たなくても、フルームに行けば螺子を見つけることが出来たんじゃ」
言われてみればそうだ。
僕を見つけようとするなら、いつでも訪れることが出来たはずなのに。僕は二十歳まで生きられない、子供の頃にでも出会えていたら……もっと長くそばにいられたじゃないか。
「セレスは恐れてるのさ、フルームという町を」
「恐れるって……どうして?」
女神が何を恐れることがある?
「セレスを飲み込もうとする何かがある。だからセレスは認めないんだ、僕がフルームへ行くことを。僕に何かあればセレスの身が危うくなるからな」
「セレスの魂が、人形の中にあるのは何故だ?」
「螺子は見たか? 夢の中、セレスの姿を」
「真っ白な体をしてた。目の色は……人形と同じ深紅の」
翳りを帯びた紗羅の顔。
話すことを躊躇うように、人形へと向けられた目。
「セレスは新月を象徴する女神だ。人の願いを叶える力を持っている。……だが」
箱を開け、粘土を取り出すなり捏ねだした紗羅。
床に投げられたそれは、一瞬にして姿を変えた。
セレスと同じ姿に。
真っ白な体と翼を持つ美しい女神。深紅の目と僕に微笑みかける綺麗な顔つき。
まさか、女神の正体が粘土とか言いださないよな?
「セレスが最初に叶えた願いは僕のものだった。わかるか? それが意味するものを」
「そんなのわかるもんか。僕が知ったのはサラの過去、セレスのことなんて何も」
「僕はサラの帰りを待ち願い続けた。僕とサラが共に生きる未来を」
紗羅の指の動きに合わせ、床に舞い落ちるセレスの羽根。
「フルームにある何かが、僕の願いを叶えた。セレスという名の、女神を生みだした形で」
「そんなもの、何が」
フルームは静かな町だ。
人を集める観光地なんてない。何かを生みだせるものがあるとは思えないけど。
「僕が導かれた新月の世界。ここは隠れ蓑としてセレスが作りだした場所だ。この世界を脅かすものは何ひとつなかった。僕が螺子と出会う……少し前までは」
紺碧の
サラの生まれ変わりを待ち続ける彼と、新月が地上を照らす夜、人が抱く願いに引き寄せられ、地上へと舞い降りていくセレスの姿。
ピキ……ピキ……
微笑む顔が音を立ててひび割れていく。
セレスの背後に立った紗羅、固く握られた彼の右手。
手が開かれたのと同時に粉々になったセレス。床に落ち散る粘土のカケラ。
「セレスが僕に告げたものはふたつ。僕と螺子が出会う時刻、そして……闇を媒介にこの世界を見始めた者の存在だ」
「誰が……そんな」
「おそらくはセレスを生みだした者、あるいは……セレスと共に生みだされた何者かが」
今も見られてるのか?
闇を媒介って紗羅は言った、この世界の何処に闇がある? 部屋じゃないなら窓の外の宇宙、見えるのは散りばめられた星。
闇なんて……何処にも。
グルル……
『落ち着け』とでも言うようにロイドが鳴いた。
僕を見上げる蒼い目と、黒く艶やかな毛並み。ロイドは闇を媒介に何処へでも行ける。目につく闇があるとしたらロイドくらいだ。
「まさかな」
呟いて自分に言い聞かせる。
ロイドは紗羅の味方なんだ、僕達を監視をしてるはずはないと。
「セレスが体を捨て、人形に入り込んだのは僕と螺子が会ったあとのことだ。浄化の力に満ちた水晶。何かがあったとしても……この中でなら危機に晒されることはないと」
「お前は大丈夫なのか? この世界で何かあれば」
紗羅だけじゃない、下手をすれば僕とルイスも。
「なんのためにロイドがいる? 粘土からはなんでも作りだせる。何が来ようと恐れることはない」
今はまだ見られてるだけ。
だけどいつ、紗羅とセレスに何が起きるかわからない。
僕に出来ることはなんだ?
紗羅を守るために……出来ることは。
「フルームに行ってくる。調べてくるよ、セレスが恐れるものがなんなのか。何がセレスを生みだしたのかを」
知らなくちゃいけない、フルームにある秘密を。
知るべきことは他にもある。
——変えたいと思ったの。彼と私の出会いの形を。
サラが何を考えているのか。カナメと名乗った夢魔、彼女とサラがどう繋がってるのかも。
「疑うつもりはないが。フルームに帰る口実じゃないんだな? そのまま、家族の元へ」
「ちゃんと帰ってくるよ。約束する」
帰ってくる。
どんな理由であれ、巡り会えた紗羅の所へ。
考えるんだ、生きているうちに……彼のために何が出来るのかを。
何かを考えるように紗羅は目を閉じる。
沈黙の中、気を紛らわせようと口に運ぶ冷めたスープ。
「五日間だ、送り迎えはロイドに任せる」
「それだけか? 何もわからないままじゃ」
「無理に知る必要はない、言っただろう何も恐れることはないと」
「だけどそれじゃ」
紗羅のために出来ることが。
「五日が気に入らないなら三日だ。三日でも不満なら、フルーム行きは無しだ」
「ねぇ、私が一緒に行くのは?」
「許可しよう、ルイスがそう言うのは想定済みだ」
僕から離れ、窓のそばに立った紗羅。
「ルイス、旅に必要なものはあるか?」
「そうですね、食べるものと水。それと着替えだけれど」
「持ち歩くのは面倒だろう。好きなだけ粘土を持っていけ。その都度、捏ねて作り出せばいい」
「ありがとうございます。螺子、いつここを出るの?」
「すぐに行くよ。……僕は」
出来るだけのことをするんだ。
限られた命を受け入れた訳じゃない。
だけど、この運命を変える方法がないのなら。精一杯足掻くしかないじゃないか。
「ロイド、僕達を連れて行ってくれ」
溶けだしたロイドを前にルイスと手を取り合った。
闇に導かれ、向かう先は……僕の故郷、フルーム。
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